せんちめんたるマーボー豆腐

「お前の気持ちは、わかったよ。でも、俺やっぱり、留学することに決めたよ。前々から中国に行って本格的にマーボ豆腐の勉強しようと思っていたけど、なんか踏ん切りがつかなかったんだけど、今の出来事で人間の命なんて、いつどこで失われるかわからない、儚いはかなものだってことがよくわかった。命の恩人の気持ちに答えたいけど、こんな中途半端は状態じゃ、お前に失礼だ、すまん」荒井君はそう言い残して、墓地から駆け去っていった。


 ひとりぽっつんと残された、ゆみは呆然自失ぼうぜんじしつで、中華は絶対に中国より、日本式の方がおいしいし、フレンチとかイタリアンの修行でヨーロッパに行くのならならまだわかるけど、なんで中国なのよ!ネットでレシピを調べなさいよ。荒井君の本物志向ほんものしこうに強い怒りを感じた。

 むしゃくしゃして、さっき元に戻したばかりの墓石を思いっきり蹴りつけた。確かな足応えが、足から全身に伝わり、ズドーンという爆音をとどろかせ、真っ二つに折れて地面に落ちた。


「あー清々せいせいした。なんで墓地なんて選んだんだろう?こんな薄気味悪い場所を告白場所に選ぶなんて、春ちゃんの言うことなんて聞かないで、校舎の裏側でも空き地でもよかったのに。あーあぁ、私は大馬鹿女子だ。もうどうしようもないわ」途方に暮れて帰ろうとすると、


「あのーぅ、すいません」どこからかゆみを呼ぶ声が聞こえてきた。声が聞こえてくるほうを振り返ると、うっすらと青白い物体が見える。


「何よあんた?」


「よく聞かれる質問ですが、あなたがた人間さまに一番理解を得られる呼び名は死神だと思います。しかし、言っておきますが、わたくしどもは神さまの一種ではありません。ただ単に与えられた仕事を遂行すいこうしているだけです。今さっきあなたが命を救った方は、ほんとはここで死ぬ予定でしたので、命を回収するために墓石の中に隠れて待っていたんですが、あなたが彼を助けたために、運命の歯車を狂わせてしまいました。ですのでその責任をとって、あなたの命くれませんか?」自称死神は丁寧に聞いた。


「はーっ?ばかじゃないのあんた?誰がそんなこと信じるっていうのよ。あんたが死神っていう証拠を見せなさいよ。証拠を」


「それでは」死神が指パッチンをすると、さっきゆみが最高の蹴りをくらわせ、真っ二つに折れ地面に横になっていた、墓石がきれいさっぱり元に戻った。


「ヴぇー!?何したの?」たった今、目の前で起こった出来事が信じられなかった。


「ちょっと力を使いました」


「ちから?そんな力があるなら、自分でどうにかすればいいでしょ?人生これからって時に、誰が死神なんかに命を差し出すのよ!?」


「残念ながら、私が力を使って、直接手を下すことは禁じられています」


「じゃあ、他の誰かが死ぬのを待ってばいいだけじゃない?今まさにこの瞬間にも、誰かが死んでるわけでしょ?こんなか弱い女子高生の命を奪っていくなんて外道のやることよ」


「他の方には違う担当の者がついていますので、私がその仕事を奪うことは、私の死を意味するので、それはできません」


「死神が死んだらどうなるのよ?死神の死を待っている死神がいるの?」


「それは一度死んでみないとわかりません。とにかく、あなたは生と死のバランスを崩しってしまったので、それ相応そうおうの代償を支払わなければなりません」


「何が生と死のバランスよ?人間一人の命を救ったんだから、願いの一つや二つぐらい聞いてほしいぐらいよ。それに、あんた今さっき私がフラれたのを見なかったの?乙女のセンチメンタルな心は崩壊寸前ほうかいすんぜんよ。それを何?命をくださいですって?冗談を言うにも限度ってもんがあるでしょ?言葉遣いは嫌に丁寧ていねいなのに、言ってることはあまりにも図々ずうずうしいわよ」


「そうは全然見えませんでしたが、ごほんっ、それでは、あなたの願いを叶えれば命をくれますか?」センチメンタルな乙女を怒らせないように、咳ばらいをしてごまかした死神。


 この死神の持ち掛けてきた取引には、ゆみを引き付ける十分なうま味があった。十代の女の子には叶えたい願いがたくさんある。しかし、いくら願いが叶えられたとしても、その交換条件として、命を差し出さなければならない。それではあまりにも分が悪すぎる。ゆみは少し考えてから、こう切り出した、


「私以外の命でも大丈夫なの?」


「それはいけません。先ほども申し上げたように、他の方には担当の者がついており、その仕事を横取りすれば、生と死のバランスがどんどんおかしくなって、失ったバランス取り戻すために、破滅が起こる可能性が高くなります。」


「じゃあ、あんたは私の担当者でもあるってこと?」


「違います。あなたには別の担当者がいますが、あなたが死ぬのはこの先ずっとあとのことなので、別の場所で仕事をしているはずです。私が初めにあなたの命を頂いて、担当者に事情を説明して、それから上に判断を仰ぎにいきます」


「はぁー?話がおかしいじゃない?私が死んだとしても、その生と死のバランスの均衡きんこうが元に戻るってわけじゃないんでしょ?とうの昔に生と死のバランスは崩れているんじゃない?私には、どうも自分で掘った墓穴の埋め合わせしようとしている風にしか聞こえないのよね。かわいい乙女を生贄いけにえにして、ごまかそうたって、そうは問屋が卸さないわよ」


「おっしゃるとおりです。あなたお一人の命では、もうどうにもならないぐらい、バランスは崩れています。みんな死ぬ気で働いていますが、人間が勝手気ままに、戦争をしたり殺人なんかを繰り返すので、運命の歯車が狂ってしまい、急速に破滅へと突き進んでおり、それを止めようと、たくさんの命を奪う計画が進行中です。私はそれでは、あまりにも若い人たちが可哀そうなので、破滅を迎える前に、あの世へといざなおうと思っています」


「破滅って何よ?人がたくさん死ねば、その破滅ってやつは避けられるの?」


「人間界の破滅とは、人間の善意を総動員して、多くの罪のない人間を殺すことです。笑顔がこの世から消えます。笑いのない世界で生きるのはつらいですよ。死神の一部が人間と手を組み、良からぬことを企み、世にも恐ろしい計画を実行へと移すでしょう。人間がたくさん死ねば、いままで溜まったつけを返上できるので、死神社会は破滅しないで済み、人間の数が減れば、無駄な殺生も減る。運命も筋書き通りに進み、全てが安定する。その安定への捧げものとして、人間の命を差し出す」


「その破滅はいつから始まるの?」


「もうすでに始まっています」


 そして、破滅は信じられないところから、やって来た。


「えー、ここで突然ですが、臨時ニュースです。中国の重慶市で突如として発生したクソ87が、急速に世界中に広まり、世界健康機構は全世界に対して、感染拡大を止めるために、ロックダウンを強行する決議を全会一致で決め、EU各国では明日から、その勧告に従いロックダウンを急遽行うという情報が入ってきました。。日本も現在、緊急の国会が召集され、ロックダウンをいつから行うかが審議されています。えー、繰り返します...」


 クソ87は一週間前に急に出てきた単語であった。噂では、重慶市のあるレストランで、調理人が鼻くそをほじり、いつものくせでぴんーっと飛ばしてしまい、それが麻婆豆腐に混入、鼻くそいりの麻婆豆腐を口にした人の中から、次々と異常が現れ、恐ろしい勢いで全世界に拡散してしまった、極めて感染性の強い病気の総称である。


 それまでは鼻くそと認識されていたものが、急に名前をクソ87と名前を変えて登場。鼻がついいている人間には、絶対にある鼻くそが、伝染性のつよいウィルスだと言われ、鼻くそがついている鼻を持つ人間全てが、ウィルスの保持者になった。

 ネットを通してあっという間に拡散。気がついたら、学校は休みになる、外出は禁止、外出る時はマスク、あらゆるイベントの中止。今までに全例のなかった事態が発生していた。人前で、鼻を出すのはタブーとされ、マスクの着用の義務化、これで死神が言っていたように、笑顔が消えた。

 公共の場にいく際には、クソ87チェックが強制的に行われた。高性能の小型カメラを鼻に突っこみ、鼻くその有無を確認。もし、この検査にひっかかれば、強制収容所行き。

 

 

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