モエル・タンストフロガ

財前 さとみ

ショーン・ペンと墓石

 荒井君が私の方に歩いてくる。ちゃんと来てくれた!一週間もかけて、何回も書き直した全然ラブレターに見えない私的な恋文には、


「今日の放課後、墓地に来てください」


としか書けなかった。好きだという思いを文章にしようとすればするほど、どんどん手が動かなくなり、ぼーっと窓の外を見つめ、荒井君のことを想像してニヤニヤして、これじゃだめだと、焦りはじめ、親友の春ちゃんに相談すると、


「あんたさー、手紙なんてそんな辛気臭いことするからだめなのよ。面と向かってちゃんと言いなさいよ。好きですって!もしも、荒井君と付き合い始めて、あんただけ何も言わずに隣でニヤニヤしていたら、気味悪がられるよ。とりあえず、どこかに呼び出して、その場しのぎで行けば、どうにかなるって。火事場のバカ力って言うコトワザもあるぐらいだしさぁ!あんたの顔はかわいいし、スタイルも抜群なんだからさ、大丈夫よ。それに、私が色々と告白方法を伝授するから、心配しなさんなって」


 春ちゃんの、強引な説得に押し切られ、指定場所のみを記した、どこからどう見たって到底ラブレターには見えない私的な恋文を、荒井君の靴箱に投函とうかん、ついにこの日がやって来た。


「よー!塔矢。急に呼び出して、どうしたんだ?」


 今まで一度も荒井君に名前を直で言われたことなんってなかったから、緊張の度合いが一気に増した。体中に火がついたように熱くなった。

頭の中では言いたいことがたくさん出てくるのに、それを言葉にしようとすると、体中が震えてしまう。

 春ちゃんが言っていた火事場のバカ力は、重いものを動かすとか、誰かを救出するとか、フィジカルなものには適用できるだろうが、よく考えてみると、火事の真っただ中で告白するバカはあまりいないだろう。ふっ、春ちゃん、あんたは甘いよ。っと、一瞬クールになったが、恋の劫火ごうかはそんな冷静さをもぶっ飛ばした。

 春ちゃんから伝授された、告白方法も、つけ焼き刃のように、無残にもぽっきりと折れて、からからに乾燥した口から出てくる言葉は、


「わっわっわっ、たたたっ、しぃぃぃ」


 これが最後のチャンスなのに、大好きな人にそのことさえ伝えきれない私は自分に嫌気が差した。


「ションベン」


 荒井君が何かぼそっと言ったので、私には、ショーン・ペンと聞こえた。


?俳優の?」


便!!排尿!!」


 荒井君は笑いながら大声で答えた。


「あっあっああっ、ションベンね、排尿。人間の摂理ね。私は大丈夫。さっき墓の裏でやって来たから。排泄済み...」


 はぅっ!!無意識の内に、口からスラスラでてきた言葉がこれ?告白相手に向かって私は何を言っているの?何よ、さっきはカラカラで何も出てこなかったのに、このバカ口!!


「塔矢のことを聞いているんじゃねーよ。俺がションベンに行ってくんの、ちょっと待ってて」


 自分の犯した失態で今度は、体中に悪寒が走った。もう駄目だ、センチメンタルで、はかなくもろいティーンエイジャーの、夢見ていたラブストリーが、のせいで台無しになっちゃう。

 あまりのことで、体がぐらついてしまい、私は墓石にもたれかかっしまった。墓石がぐらっと動いた。か弱いティーンエイジガールがもたれかかったぐらいで、倒れるとは、なんちゅうもろい墓石じゃ!けっ、せこい仕事しやがって、仏さんが泣いてるぞ!墓石職人!!

 墓石職人を呪いながら、私は、事の重大さを瞬時に分析し始めた。もし、誰かが見ていて、学校に連絡されたらやばい。お前はあんな場所で何をしていたのかと、色々聞かれたときに、して、荒井君に告白しようとして、緊張のあまりついつい墓石にもたれかかり、えっ!?すると荒井君にも火の粉が降りかかるわっ!!だめっ!これじゃあんまりだわ。か弱い乙女の恋心を、こんなちゃっちぃ仕事をした墓石職人ぐらいでは、ぐらつかせないわ!!あれ、ちょっと待って、荒井君は?げーぇ、墓石の裏でしてたんじゃないの?この間わずか一秒以下。私は電光石火で動いた。


「ふんがーっっっと」


 全身全霊で力をこめて、春ちゃんが言っていた、火事場のバカ力を愛の告白とは全然関係ないところで使って、墓石を受け止めながら、春ちゃんの説にも一理あるわなと、ふと頭の中で考えながら、かなり重い墓石を元に戻すと、荒井君が口をあんぐりと開けて、私を見ていた。


「塔矢なかなかやるじゃん」


「火事場のバカ力よ!こんなことで墓石を壊したら、仏さんに申し訳が立たないでしさ。それに、こんなのの下敷きになったら荒井君死んじゃうわ。初恋の人をこの手で殺してしまうのが、どんなに恐ろしいことかわかる?生きていけなくなっちゃうよ。好きってことを伝えられずに、最後に交わした言葉がションベンとか排尿じゃ、死んでも死にきれないわ」


 泣きながら、私は思いを伝えることができました。春ちゃんありがとう。

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