第二一部「堕ちる命」第3話 (修正版)
その雑誌社は、
フリーのジャーナリストになる以前から仕事上で世話になっている所でもあるが、それは多分に父親の影響が大きい。編集長の
この日、
時間は深夜。
外の弱い月明かりが部屋中の影を濃くしている。
部屋の天井の蛍光灯はどこか薄暗かった。
それなりの広さのある部屋であるにも関わらず、大きな棚ばかりで狭苦しい部屋。そしてその棚には古い紙の束が雑然と並べられていた。本と言えるような物は決して多くはない。スチール製の引き戸は所々が錆び付いたまま。そこからの古い鉄と埃の匂い。僅かに煙草の匂いも染み付いているようだ。古くは大勢の職員の情報の中心になっていたことが
多くの歴史が
それが長い歴史を持つ場所の宿命なのだろう。
「国に登録されていない島なんて本当にあるのか? しかもこの時代に……」
そう言う
それに対して古い紙の束をいくつも目の前に重ねたままの
「調べてみたら確かに行政には登録されていませんでした。場所も分かっています」
日本本土から遠い沖合にある島々は火山を中心に構成されていることが多い。そう言った地殻変動等に関するニュースや、もしくは島での事件等の取材に必要だったのだろう。そういった島々となると行くのも簡単ではない。本土と違って場所の把握すらも難しい。そういった理由だろうと思われた。
しかしやはりその資料にも
朝の内に行政で調べても確かに見付けられないまま。
見付けられなかったことが、それが現実であることの証拠となる。
──……でも、これが私の役割…………
「ただの都市伝説じゃないのか?」
そう言いながら煙草に火を付けた
「登録されていない意味が分からん。領海のことを考えたって…………」
「陸の孤島よりホントの孤島のほうが……何かを隠しておくには最高じゃないですか」
そう応える
すると天井に向けて大きく煙草の煙を吐き出した
「何を隠すって言うんだ……」
「────この国の、秘密とか……」
そう即答した
その目を見ながら、
「お前……また何かヤバいネタに足突っ込んでるわけじゃないよな…………いきなり船が欲しいなんて何事かと思ったが…………」
すると目線を外した
「まあ…………今回は記事には出来ませんね…………」
「──何のためにそんなこと────」
その
「自分のためです────私は今……大きな組織に所属しています…………詳しくは話せませんが…………」
「まさかお前……おかしな宗教とか…………」
すると、そう言う
「……違います。そのおかしな宗教に対抗する組織です」
「みんなそう言うんだ!」
叫んだ
そして続ける。
「……誰も……自分が間違っているなんて
「内閣府にマークされてることは知ってます…………」
応える
それを感じ取ったのか、
「それじゃテロ組織じゃないか⁉︎ お前の親父さんの墓に何て報告すればいいんだ…………」
すると
その強く真剣な目に、
そして
「……父は……必ず理解してくれます」
「
その
そこに
「……お前がそう思いたいだけなんじゃないのか…………?」
「…………そうかも、しれませんね………………」
──…………そうなのかな……………………
──……他の人から見たら…………そうなのかな……………………
「…………船が……欲しいのか?」
「え?」
「船を手に入れたって、どうやってそんな島まで行くつもりなんだ……」
続けながらも、
そして
「……そう……ですよね…………」
「どうせそれを頼みたくて来たんだろ? 確かに俺なら何とかならなくもない…………」
「……お願い出来ますか?」
「今回も内閣府絡みなのか?」
「…………まあ……そんな感じです」
「なら高くつくぞ」
「構いません」
「口止め料も必要になる」
「お金ならいくらでも…………」
例えどんな覚悟も、絶対に不安の無いものなど存在しない。それでも進もうとするからこそ、それが覚悟になる。それは
「明日……いや明後日だ…………ここに来い。時間はまた連絡する」
そしてその
覚悟はある。
迷いは無いはず。
それでも、
☆
舗装されていない砂利道に入った。
それでも
しばらく無言のまま。
助手席には
そして後部座席の
「急に何なのよ
車が大きく揺れる。
その直後、やっと
「……あの島の前に…………どうしても調べることがある……」
「にしたってどうして
「今まで私も気が付かなかった……
「……うん……それはそうだけど…………それが一体…………」
次の大き目の振動が三人の体を揺らす。
それはまるで会話を邪魔するかのようだったが、ここまで何時間も運転を続けてきた
言葉で簡単に説明の出来ることではない。
実際に〝目〟にするのが一番だと
確かに
あと少し。あと少しであの島の核心まで辿り着きそうな時、まさかの過去が
多くのことが見えた。
まだ自分でも整理などついてはいない。
自分でも未だ信じられない部分のほうが多い。
それでも
それならば、
いや、
──…………私は…………
やがて到着したのは、
早朝。すでに周囲は薄らと明るくなってきていた。
目の前には住み慣れたいつもの家。
静かだ。
今、誰もいないことは三人にも当然分かっていること。
しかし、何かいつもとは違って見えた。
少なくとも
──……ここが…………何なのよ………………
なぜか車を降りることが出来ないまま。
やがて、ゆっくりと、そして静かに
そして庭の中央まで歩くと、自然と縁側に体を向ける。
いつの間にか心臓の鼓動が大きい。
そして
「…………ここが…………本殿………………」
──………………え…………?
「……ここはただの家じゃない…………神聖な場所………………」
「…………なによ……それ………………」
やっと
そして、次の
「……ずっと……
──……………………
「例え意図していなくても……
そして、やっと
「……
すると
釣られるように
そして、違和感を感じた。
玄関は古い家特有の曇りガラスの引き戸が二枚。
何もおかしな所は無い。
──…………あれ?
おかしかった。
いつも玄関の出入りのために開け閉めしているのは左側の引き戸。
右側は元々の引き戸が取り外されて板が
それは
冬に冷たい空気がなるべく入り込まないようにと、動かす左側の引き戸と接する部分にスポンジを貼り付けて対策がなされていた。それでも猫用の扉から僅かに空気の出入りがあった。
しかし、今、そこに板は無い。
曇りガラスの引き戸が並ぶだけ。
そこから感じた寂しさに、
リビングに続く大きな窓ガラス。
その向こうには茶色のカーテン。
見知らぬ人が立ち寄るような所ではない。いつもガラス窓には鍵を掛けることもなかった。
無意識に
縁側に登り、ガラスを開けた。
そのカーテンに手をかけ、開けると、いつものリビングは静かだった。
外はまだ薄暗い。家の中は影に覆われている時間。
──………………どこ…………?
そこにはいつも、猫用の大き目の座布団が一つ。三匹が丸まって乗れる大きさの物があるはず、だった。
しかし今は何も無い。
その横にあったはずの
途中で視線を左へ向け、リビングから玄関へと続くドアにあったはずの猫用の扉が無くなっていることを確認しながら、
そこには常に猫用の缶詰が常に保管されていた────はずだった。
あるのは不自然に開けられた空間。
──……どうせ…………どうせ玄関に置いてあった猫砂も………………
体が震えた。
今、自分の目で確かめた。
そして、非情にも、理解は出来た。
しかし、気持ちは納得出来ない。
指が震える。
口元が震えていた。
──……そうだよね……
そして、意外にも最初に口を開いたのは
「…………幻…………全部…………
その言葉に、
僅かに震える声で返した。
「……何のために…………」
「
──…………やめて…………
「
「────騙されたなんて、言わないでよ……」
その声は、震えていた。
「……私は…………楽しかったよ…………家族だったからね…………絶対に忘れない…………どんな幻だって……記憶からは消せない…………私が一番よく知ってる…………」
「そうね…………今はまだ……
「あの子猫の兄弟は、
「……
「…………どうして
「────あれ?
その
「……大丈夫…………あそこしかないよ」
現実と幻の区分けなど誰にも出来ないことを
何が現実か。
何が幻か。
だからこそ
──……どうして…………幻は記憶から消えてくれないの………………
〝
──……このままじゃ…………みんなを守れない………………
竹林の中の開けた空間。
その中心にある小さな古い
朝日がだいぶ登ってきたのか、薄暗い周囲に、竹と竹の間を縫うようにして弱い陽の光が差し込む。
二人は
なぜかそれ以上近付き難い。
──……大丈夫…………私は
そう思った
「……全部…………見えたよ…………」
その
しかし
「ここを守っていたのはその
それに気付いた
「……
そして、
「〝あなたが
それはまるで、
「…………会いに行かなきゃ…………きっとあそこに…………あの子たちがいる…………」
その
「……命とは…………違う存在………………?」
その
「……あの子たち…………誰なの? …………教えてよ…………お母さん………………」
☆
平安時代末期。
西暦一一八五年三月。
しかしその
人を探すも誰も見付からないまま、島で暮らすのは小動物と様々な昆虫、渡り鳥。
人の暮らした痕跡も無い。
食べられそうな木の実、草の根を食べた。
それによって命を縮めたであろう者もいた。
それでも、人々はここで生きることを決めざるを得なかった。
体力や食糧のことを考えれば、これ以上別の島を探す余力は誰にも無い。
そして生活の拠点を作り始めた。
初めから家と呼べるような物があったわけではない。
海辺や山肌の洞窟等、雨風を凌げる場所を転々としながら、建物を建てられる場所を探した。出来るだけ平らな場所を見付けて、太い木を斜めに組んだ。草木を乗せ、そこで闇を凌いだ。
誰かが畑を作ることを提案したが、野菜の種子は無い。
最初は魚を主な食料とした。
やがて食べられる果物や野菜を山の中から見付け、その種子から畑を作ることに成功するまで二年程。
しだいに集落と呼べるものが形作られていった。
直接人々に脅威となる動物もいない。
少しずつ人口が増え、社会が出来上がっていく。
その中ではもちろん問題も発生する。その度に厳格な決まりを作り続けていった。
それから二〇〇年以上。
室町時代中期。
西暦一四二四年。
すでに社会基盤の作られていた島に、一人の兵士が流れ着く。
意識を失ったまま海岸で見付かったその兵士は、早朝に漁に出ようとしていた島民が見付けた。
刀こそすでに持ってはいなかったが、
それでも、島民は兵士を介抱した。
しかしそこには、情報を聞き出したいという思惑もあった。すでに長く本土との交流は無い。世の中がどうなっているのか知りたいというのも真実。
やがて兵士が息を吹き返す。
兵士は敵兵から逃げる為に小舟に乗った。しかし潮の流れに逆らえずに沖へと流され、戻れないまま、食料も無く体力が奪われていく。やがて嵐に巻き込まれて舟が沈む。重い
そして断片的な記憶が欠落していることが判明する。
名前は
精神的な戸惑いは見受けられたが、感じのいい若者だった。
そしてそんな
ミヨ────一七才。
若く、美しい女性だった。
「かなざくらの古屋敷」
〜 第二一部「堕ちる命」第4話へつづく 〜
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