第二一部「堕ちる命」第4話 (修正版)
小さな港だった。
漁港の建物の周りは潮の香りに混ざって魚介類の生臭さが風に乗る。
細い三日月の晩。
暗い月明かりから隠れるように、大きな
「分かったな? プライベートな会話はするな」
そう言う
「…………はい」
「向こうはお前たちの名前すら尋ねようとはしないだろう……聞いてくるのは迎えの時間だけだ。金だけを渡せ」
「……そうします」
「しばらくは電話も無しだ……」
そう言いながら
「だから今夜もわざわざここに来た…………気を付けろよ…………」
そして
残るのは僅かな煙草の香りだけ。
昔ながらの煙草。
独特の強い匂い。
緩い風のためか、煙はすぐには消えなかった。それに合わせたかのように時間もゆっくりと流れる。
なぜか
待ち合わせの時間はもう少し。
しかし
一歩踏み出せば、もう元に戻れないことは分かっている。
表を堂々とは歩けなくなるかもしれない。
常に何かに怯えて生きて行くことになるかもしれない。
なぜそんな覚悟をしなければいけないのか、
──…………こんな生き方って………………
その時、数人の小さな足音が
闇から、三人の姿がゆっくりと浮かび上がった。
そこから聞こえてきたのは
「────準備はいい?
「はい。この向こうの
その三人の目は、
──……私は…………どんな目なんだろう………………
すでに二三時を回った頃だった。
多くの漁船が並ぶ船揚げ場の横を通り、その向こうの
静かな夜。
内閣府が絡んでいると読んだ上で、
船の持ち主がどういう人物なのか、もちろん
──……右側……五つ目の照明の下で…………
すると、
そこから届いた小さな声が、空気を震わす。
「────止まって」
女の声。
低い。若くはないようだ。
その声が続く。
「行き場所だけ聞いてる。あそこは地元の人間でも近付けない。
女の名は
〝
その言葉に
すると、その
驚いた
そして
「私は
すると
「神社ねえ……あんたら
敵か味方か、四人にとってはまだ測れないまま。
すると、僅かに口角を上げた
「……でもあんた…………いい目をしてる…………追い詰められた目だ…………」
すると
そして口を開く。
「迎えに来てくれた時に同じ物をもう一つ…………時間は船の上で伝える……」
「乗りな」
それだけ言うと、背後の船に乗り込んだ。
☆
室町時代中期。
西暦一四二四年。
ミヨも
島民も二人の仲を祝う。
この頃、
島を統治していたのは
しかし島に人々が渡ってきた経緯も、それが逃げ延びた
「そろそろ、貴殿も所帯を持ってはいかがか」
家の当主、
「そのような……私は皆様にこの命を救って頂いた身…………しかもまだ
「貴殿は島の者たちとも上手く付き合っておるではないか。皆、貴殿を受け入れておる」
「有り難き幸せに御座います」
素直な気持ちだった。
一度は死んだと思った命。それを救ってくれたばかりか自分に居場所まで与えてくれた。感謝以外の言葉が見付からない。
例え何世代も経過していたとはいえ、島民は元々迫害から逃れてきた血筋。生きることに対する苦労は血で受け継がれてきた。そして島を平和に導いてきた歴史があった。その気持ちが島民を繋いできた。
「しかし私にはまだ所帯など…………」
そう続ける
その気持ちに気付いてか、
「そうは言えど、
「いや……それは…………」
隠せるものでないことは
「ミヨ殿はそれなりの
「しかしミヨ殿もそれを望んでいるのならば、何も問題は無いであろうて」
やがて、島を上げての
そんな中、
「これは昨夜、
そう言って
そして続けた。
「これは〝水の玉〟……
「…………〝水の玉〟…………」
ミヨは呟きながら水晶を眺めた。洞窟の入り口からの日光が微かに届き、水晶を通り抜ける。
「私が預かる水晶はこれです」
〝水の玉〟より僅かに黒い水晶。
「────〝火の玉〟です」
ミヨは目を輝かせた。
そして顔を上げ、口を開く。
「……では……よろしいのですね⁉︎ 私達のことは────」
「もちろんですミヨ殿。私と……
「……はい…………喜んで…………」
応えたミヨの目が潤む。
その頃、
「……旦那様…………
そう言って使用人の一人が
家の座敷で、目の前に置かれた
その
そしてその
「……これは…………あってはならぬこと…………」
声を震わせながら、小さくそう言う
「……知らぬことにされては…………」
「…………ならぬ」
「しかし
「ならぬ!」
そして声を張り上げる。
「我ら
季節は秋。
すでに夜が早くなっていた。辺りが夕焼けに包まれ始める。
集落の至る所に
「……一体、何でしょう…………」
ミヨが不安気な言葉を発すると、
「何かあったのかもしれません……戻りましょう」
二人は集落の入り口まで急いだ。
そこにいたのは、門を塞ぐ島民達。それぞれが片手に
その異様な光景に、二人は身を硬くして足を止めた。
島民達の鋭く、冷たい目が二人に注がれている。
「────な……何があったのですか⁉︎」
その
奥から現れたのは
その
「……
群衆から歓声が上がる。
──…………
そしてまるで
──……そうか……私は………
群衆が二人に迫る。
「ミヨ殿!」
「はい!」
ミヨも
しかし、今、ミヨの手を握って前を走っていく者は、自分にとっては
──……
いつの間にか、二人の足元が明るくなっていた。
草原が、一面、黄色い菊に埋め尽くされる。
走る二人の周囲を〝菊〟の香りが埋め尽くした。
数名に追い付かれ、揉み合いになりつつも刀を奪い、
菊の
その途中で、
それに気付かないまま、やがて二人は、海辺の洞窟に逃げ込んだ。
「────
叫ぶミヨの目には涙が浮かぶ。
そして震える声が続く。
「……
ミヨは刀を持つ
その中には〝水の玉〟。
そしてその熱さを、二人は共に感じていた。
「いたぞ!」
追手の声が響いたのは洞窟の入り口。
二人がその姿に顔を向けた直後、突然の波が追手の男を
──…………そんな………………
ミヨがそう思った直後、二人の手に挟まれた〝水の玉〟から、水が溢れ出した。
二人が慌てて手を離す。
大量の水はあっという間に二人の腰までの高さ。
そして〝水の玉〟はその中へ────。
そこに流れてきたのは、追手が持っていた刀。
ミヨはそれを手に取る。
気持ちを決めた────。
刃先を
そして、涙の浮かぶ目を
「────…………
大きく頷き、刀の刃先をミヨの胸元へ。
「──……
そして二人は、同時に両手に力を込めた。
その頃、菊の花の中の〝火の玉〟が炎を上げる。
それは瞬く間に周囲の菊の花を燃やし、建物を焼き、やがてその炎は島全体を燃やした。
☆
室町時代後期。
一五二〇年。
その四年後、
その〝念の強さ〟を恐れ、自分たちへの災難を生む前に
しかし、それは一時凌ぎに過ぎなかった。
押さえ込まれた〝念の強さ〟は、その一〇〇年後から〝
☆
それは
島に初めて人間が渡った一番古い記憶。
そして〝
暗い船の上。
ライトは点けられていない。闇の中をコンパスとレーダーだけを頼りに船は進んでいた。
裏の世界で生きてきた
共有された情報がよほど重いものであることは、共有の出来ない
「…………ミヨ…………って………………」
まるで呟くような
「そう……〝
今、
「その時のミヨが気付いていなかっただけで、元々強い力は備わっていたと見るのが自然ね…………ただの水晶に力を込めることが出来たのもミヨの力…………その力を
そこに
「でもそれなら
「
「……リアルな話じゃ……ないね………………ミヨが救ってほしいのは……自分だけなの? 何かが足りないよ…………まだ見えていない何かがある」
船の前方に浮かぶ影。
黒く大きな塊。
その威圧感は、全員を圧倒するには充分なものだった。
灯りは見当たらない。
目に映るのは闇だけ────。
その闇の中に薄らと浮かぶ小さな
人影は見えない。
「明日の朝の四時でいいんだね……私はこうしてあんたたちに関わった。裏切らないよ」
四人が降りた。
船はすぐに動き出す。
その船を見送ることもせずに、四人は
──……ここに…………あの子たちがいる………………
そして、新しいイメージが
総てが、見えた。
──…………そんな………………
そう思った
──……本殿の奥………………待ってて………………
周囲に舗装された道路はもちろん無い。
足元と周囲を照らすのは、僅かな月明かりのみ。
砂利道から緩やかな丘が上へと続く。
それは月明かりで照らされた、黄色い丘。
よく見ると、周囲はその黄色で埋め尽くされていた。
「…………菊の花…………」
小さな菊の花が周囲を埋め尽くしていた。
四人はその菊の花をかき分けるようにして丘を登っていく。
見上げると、その上には、小さな人影が、三つ────。
「かなざくらの古屋敷」
〜 第二一部「堕ちる命」第5話(第二一部最終話)へつづく 〜
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