第十九部「夜叉の囁き」第2話 (修正版)
現代のこの国でその存在を知っているのは
代々受け継がれてきた〝
ここには、厳格なしきたりが存在する。
総ては、〝鬼〟を育てる為。
神社を
歳の差は必ず五才。
一五才で成人とみなされた。同時に幼名から新しい名前へ。
長男の名を決め、五年後に長女の名。
その名前を決めるのが、当主の最後の仕事。
長男が二〇才、長女が一五才。
同時にそれは、二人の子供が────両親を
二人も、神社を引き継ぐと同時に自らの両親を
そして今は、自分たちが子供たちに殺される時。
世代が変わる。
そして、新しい〝鬼〟が生まれる。
夜。
祭壇に向かい、
二人はそれぞれ、
深夜はすでに過ぎていた。
静かな夜。
風も無い。
その中で、不自然なほどに祭壇前の
天井までも明るく照らされた。
板戸を開け放たれた本殿には、虫の音すら入らない。
そんな音すら大きく聞こえた。
そして、
隣で
朝までに、裏山の先祖代々の墓に両親を埋めた。
そして、朝日が本殿に差し込む中、大量の血を吸った祭壇前の板間を綺麗に拭き上げる。
そのまま、
☆
静かな日だった。
風もない。
カーナビも使えないままに四人はその神社に辿り着いた。
地図にも存在しない場所。
まだ昼時を過ぎたばかり。
幹線道路からの入り口はすぐに見付かった。しかしそれは能力者でなければ見付けることは難しかっただろう。決して物理的な何かで隠されているわけではない。しかしそこには分かりやすいほどの〝結界〟が存在していた。
しかし運転席の
助手席の
大きな二本の木の間。
「普通の人がここを通っても森が続くだけ」
車一台が通れる幅の砂利道。
左右は深い森のまま。
唖然とする
「入ったね」
距離的にはそれほどではなかった。
急に開けた空間に出たかと思うと、目の前には大きな鳥居。そこからまっすぐ続く階段が見えた。
「どこまでが見せられてる部分だと思う?」
最初にそう口を開いたのは
反射的に
「綺麗過ぎるね…………〝幻〟の作り方としては完璧だ…………」
人の訪れることのない森の中の神社。綺麗な石の鳥居。綺麗な石の階段。それは不自然な均整に見えた。ここまで管理するとなれば、相当の人手と手間が掛かるだろう。
鳥の鳴き声さえも聞こえない静寂。
木々の葉が僅かに揺れるだけ。
そして緩やかな風を感じ始めた。
山の中の風にしては、ぬるい。
「私たちに反応してるのかな? 風が出てきた────行くよ」
そう言った
かなりの段数があった。真っ直ぐな階段。辛うじて一番上の鳥居が見えるが、そこはかなり上。
空気の動きを感じない。
それでも周囲には、木々の葉が
普通の空間ではなかった。
急な階段。
しだいに足から全身に疲労が伝わる。
やがて、半分も登った頃だろうか。
空気が緩やかに動き始めた。
〝力〟を感じた。
横からの風が、
上の鳥居。
そこにある人影に、
一瞬だけ遅れて最後尾の
人影の長いストレートの髪が、ゆっくりと風に
僅かな逆光に、その女性の緩いシルエットが浮かんでいた。
ショート丈の黒いジャケットにスリムなパンツ。何かを隠すような細い眼鏡が両眼を影で覆う。
その姿がゆっくりと階段を降りてくる。
──…………もう一人、いる……………………
しだいに近付くその人影に、
その
近付き、その表情が見えてくる。
眼鏡のレンズを通した細い目が、
そしてゆっくりと階段を降り続ける。
擦れ違いざま、
やがてその姿が階段の下へ。
小さくなった頃、小さな
「…………総合統括事務次官────
相手を読み取るのは
「さすが
「……違う…………向こうから教えてきた…………」
「何よそれ…………」
反射的に
「…………能力者ね」
僅かに背中を丸めて身構える。
すると、同じ何かを感じた
「
そこに
「なめられたもんだね」
左右の森がザワつく。
葉と葉が大きく
続く枯葉を踏みしめるような音。
無数。
それはしだいに早く、そして増えた。
空気までもが小刻みに震える。
心無しか、空からの陽の光までもが暗くなった。
森の暗さが増す。
その暗さが、少しずつ黒いモヤのようになっていった。
やがて、それは太い帯のように、輪になって四人を取り囲む。
そこに
「私だけで充分」
途端に周囲に明るさが戻り始める。
黒いモヤが薄れていく。
そして元の空気が戻った。
「これが武闘派? 幻を見せてるだけ…………子供騙し」
「…………私たちにはね」
そして、全員が顔を上げた。
一番上の鳥居に向けて階段を登り始める。
──……もう一人は……誰だ……………………
しかも、それは
鳥居からは、空間が開ける。
真っ直ぐ続く参道は長い。その先に本殿が見えた。広い空間が開放感を感じさせるが、人気は無い。
静かだった。
聞こえるのは僅かな風に揺れる木々の葉の音だけ。その風に地面の小さな塵が転がる。
四人は石畳の参道を歩き始めた。
特別何かを感じるわけではない。
全員が〝武闘派〟という言葉に引っ張られていた。
広く平らな土地。
ここが山の上であることを忘れた。
しかし広い空は低い。いつの間にか厚い雲が埋め尽くしていた。
少しずつ大きくなってくる本殿は板戸が開け放たれたまま。正面だけでなく左右も大きく開けられている。
影に包まれた本殿の奥には祭壇らしき物。
そこには動かない人影が一つ、こちらを向いて立っている。
顔は影で見えない。
その人影だろうか、本殿から声が届く。
「…………お待ちしておりました…………」
女性の声。
小さな声にも関わらず、なぜかその声は外まで響いた。
そして四人は本殿の少し前で足を止める。
祭壇の前には
そこに再びの女性の声。
「…………どうぞ……こちらへ…………」
女性はそう言うと、そのまま腰を降ろした。
──……なるほど……武闘派だ…………
すると、背中を向けていた人物が体の正面を向けた。まだ若い男性だった。
しかも、その線は細い。
こけた頬の上の細い目が
──…………嫌な目……………………
「わざわざお越し頂けるとは…………」
意外にも、決して弱々しい声ではない。
その声が続く。
「我は
すると、それに対して声を上げたのは
「────では、我々が本日ここへ来た理由をご存知でしょうか?」
「
そう応える
それに全員が不気味さを感じていた。その中で
「それならば、こちらの
「はて…………
「
「無駄なこと…………我らの神は我らのもの…………誰にも操られはせぬ…………」
そう応えた
その目は
しばらくの静寂の後、口を開いたのは
「出てきなよ」
直後、
影とも
それは〝威圧感〟そのもの。
強力な存在感を伴っていた。
「…………やっぱりね……」
まるで〝
この世のものではない。
まるでその影に覆われるかのように、周囲までもが暗くなった。
〝 ────誰だ…………見えぬ──── 〟
低い声。
それが四人の頭の中に響く。
そして、
「私は…………
続けて
「
さらに
「
ゆっくりと
そして
「…………お前は…………誰だ──────」
その時、
両手を胸の高さへ。
手を叩いた。
乾いた音────。
四人の目の前の光景が変わる。
それはあまりに突然だった。
いつの間にか、四人がいるのは参道の上。
正面に本殿が見えた。
胸の位置で両手を合わせたままの
小さく呟く
「……どうして────」
まるで魔法でも見せられたかのよう。
突然、自分たちの居場所が移動した。
「────……引くよ────」
間合いを取りながら、少しずつ後ろへ。
反射的に
「────いやだ……!」
が、
「…………今引かないと…………次が勝てない……………………」
その声に焦りは無い。
背後から
「
続く
そして、
「…………大丈夫…………見えてるよ……………………」
少しずつ後ろに足を動かすと、途端に風が動いた。
その
そして呟く。
「……〝
☆
とは言え、
今回、
総合統括事務次官の中で情報が共有されたが、今後の対策は
その時、本殿で出迎えたのは
「
──……まるで子供扱いね…………
その
「
「……その程度のこと…………わざわざ御苦労様にございますね」
──……電話線くらい引きなさいよ…………
警備の職員に伝言を頼むわけにはいかない。警備の理由を知らないだけでなく、二ヶ月もすれば交代となる程度の警備職員。何も聞かされずに形だけ置かれている職員に過ぎない。むしろ内閣府としては知られたくなかったのだろう。そうしてでも
しかし、帰り際、
──……まさかこんなに早く来るなんて…………
能力者でもある
もちろんそれまで会ったことはない。報告書で写真を見ていただけだ。
正直、
この国を動かせるほどの人物に興味があった。
──……気付かれてる…………
全身に鳥肌が立つ。
──……これは…………なに……………………?
恐怖ではない。
圧力のようなものでもない。
むしろ、何の〝力〟も感じない。
しかし、階段で顔を上げる
初めての感覚でしかない。
総てを見られているような感覚。
──…………何者…………?
これから何が起こるのか、予想すら出来ない。
──……周りの使者は…………三人だけじゃない…………
一通り事務処理を終わらせてマンションに帰ったのは夜の八時を過ぎた頃。
「ごめんなさい
ドアを開けると、ソファーから立ち上がったばかりの一〇才になる娘────
「ごめん…………今日も遅くなって……」
そう言って大きく息を吐く
「大丈夫だよ。でもごめんなさい……お腹空いたから昨日の残り少しだけ食べちゃった」
「いいよいいよ。ごめんね────」
「明日はお休みだから……ずっと一緒にいようね」
なぜか寂しさが
急に道路に飛び出すこともない。言いつけは必ず守った。もちろん
その
「うん……お母さんはいつも大変なお仕事してるから、明日はゆっくり休もうね」
──…………私…………怖かったのかな………………
気持ちが張り詰めていたのだろう。
──……怖かったのかもしれない…………
──…………なんて存在なの……………………
「よし。夕ご飯作るね」
──……大丈夫…………私には
「うん。簡単でいいからね」
「すぐ作るからね」
そして
冷蔵庫の材料を眺めながらメニューを考えていると、再び
「……中にいると見えないこともあるよね…………」
──………………?
「外から見てみて」
「え? どうしたの?」
「……お母さんが信じてるのは、だれ?」
娘の純粋なその目に、
「かなざくらの古屋敷」
〜 第十九部「夜叉の囁き」第3話へつづく 〜
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