第七部「猫の目」第2話 (修正版)
すでに
国を追われておよそ
五人の落武者たちは、どことも知れない山の中を歩き続けていた。
途中で立ち寄った村では命を脅かされた。
しばらく何も食べていない。
川で魚を捕まえる体力も残っていなかった。
川の水と雑草だけで命を繋いでいた。
夜が明けた頃、一人が大木の側で目を覚ますと、目の前には一匹の黒猫の姿。
捕まえて食べてやろうかと思った。
しかし簡単には捕まらない。
他の四人を叩き起こして五人で追いかけるが、体力の落ちた五人には一匹の猫を捕まえることすら難しい。
猫は少し進むと止まり、また少し進むと止まり、その度に五人を確認するかのように振り返って進み続けた。
やがて五人の前に小さな村が現れる。
猫の姿はすでに無い。
その村の人々は優しかった。
村人は空いていた蔵に招き入れ、落武者に食事と酒を提供して匿った。
そして夜。
落武者が寝入ったところで五人を蔵に閉じ込める。
その夜の内に村人の一人が城下町まで走った。
奉行所に駆け込む。
翌朝には捕まった落武者たちは城まで連行され、そのまま打首となる。
切腹すら許されなかった。
そして村人たちは大量の賞金を得る。
しかし二日後の夜、村人の一人が黒猫に咬み殺された。
その翌日には二人目が噛み殺される。
一晩に一人ずつ、合わせて五人が殺され、村人はやっと黒猫を捕まえてそのまま殺した。
猫の
その
村の
いつの間にか
村の
そして
それ以来、村人が
☆
「けっこういいホテルでしょ?」
バイキング形式の朝食を三人で囲んでいると、なぜか自慢げな
クロワッサンをちぎりながら向かいの
「まさか
駅前のビジネスホテルということだったが、ロビーだけを見ても豪華な作りだった。場所的にリゾートホテルではないと言うだけで、規模もクオリティもそれに匹敵する。まだ作られて新しい。そもそもが市の再開発の一部として建設されたホテルでもあった。
朝食のバイキングスペースにしても、中庭から大きなガラスを通して入り込む陽の光が程よく暖かい。
「まあね。ご飯も美味しいし部屋は綺麗だしお洒落なラウンジだってあるし…………何かあった時に同じホテルのほうが動きやすいでしょ」
「そうだけど…………」
そう言ってコーヒーを一口含んだ
「あまり私と
「それなら心配ないよ。最近私、人気無いし。派手なパフォーマンスする霊能者のほうがテレビ的には受けがいいんじゃない?」
「なるほどね」
そう言って
隣の
「郊外の開発工事って今は止まってるんでしょ? 今日はとりあえずそこに連れてって。その村…………まずはそこを見てからじゃないとね」
「分かった。そうするとレンタカーだね。手配しとく。他に用意するものは?」
「そうだね…………キャットフードかな」
「は?」
☆
駅前からは車で一時間以上の道のり。
山へ向かい、そこに辿り着くまでの道路だけは立派だが、周囲に何かがあるわけではない。典型的な切り開かれた山。その山沿いに不釣り合いな広い道路が続く。中断された工事現場が広がる場所が、話の通りに転々と転がっている印象だった。ガードレールも未だ所々。
天気の良さが唯一の救い。それでも冬の雲。それだけでも涼しげだ。
しだいに標高が高くなってきたからか、車内の暖房もしだいに数字を上げざるを得ない。気が付くと周囲に僅かに残る木々の動きに風を感じるようになってきた。
レンタカーを運転していた
「もう少ししたら舗装してない道に曲がるよ」
やがて
すぐに砂利道の振動が車全体に伝わる。
先に口を開いたのは
「
「ん?」
「朝食…………コールスロー美味しかったわね……」
「ポテトサラダも美味しかったよ……」
「明日は和食?」
「そうだね……そんなに長居するわけじゃないから色々なバリエーションを楽しまないと……」
すると運転席から
「緊張感が無いんですけど」
さらに山道を三〇分。
途中の道路脇の資材や重機を横目に辿り着いたエリアは、まだまだ起伏が激しい。
いくつか古い建物が解体途中で残されているのが視界に残る。
三人が車を降りると、最初に動き始めたのは
しばらく歩いたところで、
周囲は掘り起こされたままの剥き出しの土がほとんど。雑草すら所々。
何の目印も無いようなところで
「買ってきてくれたキャットフードお願い」
「小さいのだけど、こんなので大丈夫だよね」
「バッチリだよ。レジ袋も頂戴」
立ち上がって呟く。
「ここだね…………
すぐ横で
「
近付いた
同時に全身に何かが流れ込む。
──……………………重苦しい…………
「……古いね…………」
思わず
そしてしばらく目を閉じ、
「大丈夫?」
そう声をかける
やがて口を開く。
「
心配そうに顔を向ける
「……ここに残ってる〝
そこに
「うん…………だから早く終わらせなきゃ…………
すると三人はほぼ同時に気が付いた。
レンタカーの後ろに、随分とレトロな車が停まっている。
──こんな山の中でチャールストン?
そう思った
そのエンジンが止まり、後部座席のドアが開くと、降りてきたのはこの季節に似つかわしくない紫のワンピースに薄手の白いロングコート。背の高い細身の女性。ツバの広い帽子のせいで見えるのは口元だけ。小さ目のハンドバッグだけを肩から下げ、レンタカーの横で立ち止まる三人の横を素通りしていく。
そして
「────チグハグだね…………」
砂利道の上の女性の足音が止まる。
「レトロなシトロエンのチャールストンなのにエンジンはフォードの六気筒。そもそもこの時期に乗るような車じゃないよ。寒くて仕方ない…………それなのに薄手のロングコートを重ねただけのワンピースに高いヒール…………歩きにくいよ。ここはまだアスファルトとは無縁な場所だ」
「霊能力者の観光だったら尚のこと…………服装は選んだほうがいいね」
さっき聞こえていた後ろの車に比べるとそのエンジン音は静かだ。
「さっきの人…………同業でしょ?」
「ああ……うん…………」
歯切れの悪いまま
「けっこう最初の頃から来てた人だけど、最近は私と一緒で人気ないよ。テレビでも見なくなったな…………私も会ったのは初めて」
「私たちより年上。四〇代半ば。そこまでは見えたんだけど、あの人…………私が話してる途中で〝壁〟作ったよ…………気付かれたかも……」
「気を付けないと…………」
そう呟いたのは
「そうだね……それなりな人も来てるみたいだ…………」
☆
三人は一度ホテルに戻る。
一階のカフェ。高い天井だけでなく、テーブルとテーブルの距離がさらに開放感を演出する。床とテーブルのダークブラウンの色調が落ち着いた雰囲気を押し上げていた。
「改めて、これが犠牲者のリスト」
そう言った
軽くそこに目を通しながら、
「合併前の最後の住民っていうのが、今の現状を〝呪い〟だって言ってる人たちなんだっけ?」
「そう……五人……その前に集落から街に出た人たちは他にもいるみたいだけど…………そういう人たちって、あまり表立って関わりたくはないみたい。集落の出身だっていうのを隠してる人もいるみたいだし…………」
すると、
「なるほどね。マスコミに出てるのも最後の五人だけってわけか…………」
「メインはその内の三人だけど、けっこうテレビには出てるなあ…………マスコミもネタが欲しいんだろうね」
「どうしてなんだろう…………どうしてカメラの前に出たいって思えるのかな…………敵を作る可能性だってあるのに…………」
そう言う
「自分たちは間違ってないと信じてるんでしょうね。だから支持されるはずだと考える…………訴えるだけじゃ、それを裏付けることにはならないのに…………まして〝呪い〟なんて目に見えないものなんて…………」
「〝呪い〟を裏付けて…………信じてもらおうとしたら…………どうするかな…………」
その
やがて、それを
「……嘘でしょ…………まさか…………」
しかし
「犯罪者って…………よく喋るよ…………嘘で真実を上書きするためにね…………」
「いや…………だって…………」
「会ったことは?」
「……うん、一度話は聞いた…………」
「じゃあ、もう一度会えるかな」
「それはテレビ局に頼めば出来ると思うけど…………」
「その前に、全員の名前と生年月日、住所をリストアップして。住所は古い物もね。夕方までにデジタルデータで。PDFよりテキストのほうがいいな。マスコミとか行政って何かするとすぐにPDFだから気を付けるように。データはSDカードでもUSBのフラッシュメモリでもどっちでもいいよ。メールはやめて。マスコミの人間のアドレスは情報流出が怖い。同時に五人にアポもお願い。出来れば明日。でも今回はテレビ局は同席させたくないから
「…………分かった」
そう応えた
夕方、テレビ局から送られてきたリストをタブレットで見ながら、
タブレットの画面を見ながら
「データ受信出来た? この人たちのことを調べて欲しいの。そう、五人」
『これって…………もしかして今度は〝
「うん、
『いいなあ、私も前から取材に行きたかったんですよ。でもお金は無いし取材費も出ないし』
「この五人の過去を色々と調べてくれたら
『マジすか⁉︎』
「いいよ。どうせ取材って言ったってあと二日か三日で解決だしね」
『えー、もうちょっと伸ばしてくださいよー』
「そんなわけにいくかい。で? いつまでに調べてくれるの?」
『そうですねえ、五人とも同じ村だし…………明日の夜には』
「さすがフリーは顔広いねえ。なんで彼氏出来ないかなあ」
『余計なお世話です。依頼料は週末に取りに行きますのでよろしく』
「はいよ。いつも悪いね」
『いえいえお安い御用で』
続くバスローブ姿の
「
すると
「明日の夜までには揃えてくれるってさ。あの子は私たちが何を求めてるか分かってくれるから助かるよ」
缶ビールの栓を開けながら
「いい仲間が出来たね……今回は私たちも動きにくいし…………」
そう言って大きくビールを喉に流し込む。
「そうだね。本来なら私たちみたいな裏の人間が関わる話じゃないよ。マスコミ関係が絡みすぎてる。でも同時に…………私たちじゃなきゃ無理だ」
「あんなもの見ちゃったしね…………もしかしたら本当に〝呪い〟かもって思ったよ」
「
「ほんの少しグレー……って感じ?」
「落とし所はそんな感じだろうね。でも、犯人は炙り出す。それが私たちの仕事」
そして
「ご飯食べに行こうよ。駅前に良さげな居酒屋があったし」
「たまにはいいね。せっかく遠くまで来たし」
しかし二人は、駅前の居酒屋で意外な人物と出会うことになった。
☆
その時間、家に誰もいないことは分かっていた。
元々は地主の大きな家だったが、現在はひと昔前の栄華は誇っていない。街が大きく改変されていく過程で半ば強制的に土地は切り売りされ、資産そのものは大きく縮小していた。
それでもかつて家主が起こした事業のおかげで近所でも有名な豪邸であることには変わらない。しかし何人もの使用人を抱えていた時代とは違う。豪邸とはいっても実質的には一部しか使用していないのが実情だった。
お互いに六〇を目前に控えた家主夫婦と、もうすぐ四〇を迎えるその息子は五年ほど前に離婚したばかり。別れた妻との間に一二才の息子がいる。
家の敷地はかなりの広さ。
その敷地の奥、今では家の人間もあまり近付かないような場所に、二つの蔵があった。特別古い物ではないためか、どちらも蔵としては小ぶりな大きさだ。
その日の夕方は雨が激しく降っていた。
秋の大雨。
学校からの帰り道に、その家の一二才の息子────
そして誰もが視線を落とす大雨。
拉致をするための条件は揃っていた。
目隠しと猿ぐつわをされ、両手と両足を縛られた状態で、自宅の蔵の中に押し込まれる。
本人にはそこがどこなのかも分からない。
恐怖で泣き叫ぼうとしているのだろうか、その
蔵の床にうつ伏せにされ、髪を掴まれる。
目隠しが外され、目を見開いた直後、右目に何かが突き刺さる。
猿ぐつわ越しの大きな叫び声と同時に、体が小刻みに震える。
続けて左目に激痛が突き刺さると、その波が再び訪れた。
すでに恐怖で痛みも遠ざかる。
耳に小さく誰かの声が聞こえた。
「早くしろ! お前の仕事だぞ!」
髪を掴んでいた手が離れ、顔が床に落ちた直後、再び髪を捕まれて頭を持ち上げられた。
その手は大きく震えていた。
「やれ!」
喉を何かが滑る。
呼吸が詰まる。
心臓の音が大きく響いた。
☆
地方都市と言ってもそれなりの駅だった。新幹線も通過する規模の駅で、隣接する駅ビルもそれなりの大きさだ。
しかし駅前の開発はまだ半ばといった印象だった。駅前だからと言って特別街の中心になっているわけでもなく。街一番の繁華街までは少し距離がある。いずれはそこまでの道なりも開発対象となっているのだろうが、そういう中途半端な所ほど古い店が集まっていた。
街がその風情を大事にしてそれそのものを売りに出来るか、もしくは新規の大手チェーン店だけで堅実な管理のしやすさをとるか、この街の未来を占う判断になるだろう。
チェーン店の飲食店にも確かに良さはある。
しかし、個人経営の店だから出せる〝技〟というものも事実としてあることを
良くも悪くも、二人は〝こだわり〟のないものは認められない性分なのだろう。
本人たちも自覚はしていた。
もっとも、お互いにそれを変える気はない。
ただ、地元の常連ばかりが幅を利かせているような店はあまり好きではなかった。〝ビジネス〟と〝ホームパーティー〟は切り離して考えたいのが二人の主義でもある。
そうすると、初めての街では気に入った店に出会うのは大体三軒目くらい。
しかし、その夜は二軒目でその人物に出会う事になる。
カウンターが一〇席ほど。テーブル席は四人掛けが四つ。
古さはあるが、酔っ払った中年のサラリーマンだけが居座っているような店ではなかった。カウンターを含め、テーブル席にもOL風の若い女性客がいるほどだ。静か過ぎず、それでいて決してうるさくはない。初めてでも居心地は悪くない。
居酒屋でのジョッキのビールはやはり家とは違う。雰囲気がそう感じさせるのか、おしゃれなレストランでのピルスナーグラスで飲むのとも違う。
そして二人の数席隣で上がった声に、当然二人は耳を
「あんなもんただの町おこしみたいなもんじゃねえか。今の時代に〝呪い〟なんて」
「あれは本当だ…………〝
見た目だけで言えば二人とも六〇はすでに過ぎていそうな初老の男性だった。
「そりゃそうかもしれねえけど、殺された奴は
「……いや……関係は、ある…………」
──……へえ…………
話を聞きながらそう
「
常連客なのだろう。その女性の声は親しさを感じさせるものだった。
「今夜はこのくらいで終わり。また膝痛くなるよ
その女性の言葉に、男性は僅かに声を荒げる。
「まだ〝呪い〟は終わってないんだぞ────」
その時、
「……あの人……あの村の匂いがする…………」
「…………間違いないよ」
そして初老の二人がブツブツと言いながら席を立ち、
男の一人がよろける。
「大丈夫ですか?」
「いやいや、すまねえすまねえ」
二人はそのまま外へ。
その後、トイレから戻った
「
「あれって色仕掛けになるのかな?」
そこに、カウンターの中から先程の女性が声を掛けてきた。
「さっきはすいません。すぐに熱くなっちゃう人で…………」
「いえいえ、全然」
「
「ええ……まあ…………」
女性の明らかに困った表情を見た途端に、
「ああ、そうなんだ。それじゃあ仕方ないですよねえ……同郷なんだ…………」
そこに隣の男。
「あの村だよ。
──こういう便利なヤツって助かるわー
「ああ、あの…………」
──……面倒なことになりそう…………
そう思った
☆
パートの仕事が終わるのは午後三時半。
短時間の仕事だが、夕方に主婦業をするにはちょうどいい。
週に多くても四日。すでに
長男と長女はすでに社会人として家を出て長い。現在は不満の多くなった夫とゆっくり過ごす毎日だ。
その日もスーパーで軽く買い物を済ませ、まっすぐ自宅に向かう。
しかしリビングに入ったところで、いきなり背後から猿ぐつわを噛まされ、頭が追いつかない内に両目を潰された。
心の中で叫び声を上げ、床に押し付けられ、髪の毛を掴まれた。
やがて、恐怖しかない中で、喉に違和感を感じた
「かなざくらの古屋敷」
〜 第七部「猫の目」第3話へつづく 〜
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