第七部「猫の目」第3話 (修正版)
それなりに地元では信頼の厚い銀行だ。歴史もある。
今では将来も安定した立場だ。
五年ほど前に結婚したばかりで、まだ幼い娘がいた。
その日も
あまり飲み歩く習慣もない。
時刻は夕方。
いつも
夏場ならまだ明るいその時間も、秋の深まりと共に周囲はすでにだいぶ薄暗い。すでにぼんやりとした街頭も点灯し、元々日陰の多い公園内では感覚だけなら夜。
そのせいもあるのか、この時期のこの時間になると周囲に歩いている人は少ない。
ほとんどいなかった。
そんな中、
個室に入れられ、壁の冷たいタイルに押し付けられながら、右目に何かを押し付けられる。それは激痛と共にゆっくりと右目の視界を奪った。
恐怖と痛みに包まれながら、体が小刻みに震える。
左目に何かが突き立てられた時、すでに
☆
五人が暮らしているのは市営住宅だった。
古くからある集合住宅ではあったが、駅からも近く、いまだに抽選会では人気の物件。
しかし元々立ち退きでそれなりの条件を出されていたにも関わらず、どうして五人が五人共集合住宅に落ち着いているのかが
「いくら限界集落って言ったって、土地と建物を行政が買い取るようなものでしょ?」
三人は駅前から歩いて行ける距離だからと、駅の裏の再開発地区を歩いていた。
「そうだったみたいなんだけど…………何せ家族って言えるのが二人だけで、あとはみんな独り住まい。用意してくれた物件も断ったみたいだよ。郊外に立派な一軒家なんか用意されたって確かに困るんじゃないかなあ」
「それもそうか」
そう挟まった
「でも別にその待遇で文句を言ってるわけじゃないわけでしょ」
「まあね。年金で暮らしの人が一人いるけど、あとは仕事の斡旋までしてもらったみたいだし」
時間はお昼前、この時間に自宅でアポが取れたのは三人だけだった。職場では迷惑だからと、残りの二人は夕方六時に自宅で。
エレベーターに乗り込むと、
扉が閉まると
「最初の三人は同じ階の単身者用の部屋。で…………最初は
部屋のインターフォンを押す。
カメラがあるような新しい物ではない。壁のあちこちも小さなヒビを修繕した跡が目立った。
いきなり玄関のドアが開く。
「ああ、あんたか…………何の用だ?」
腫れた
返したのは
「えっと、あの…………例の件について、改めてお話を伺いたくてですね…………」
「前と同じだ。帰ってくれ」
そう言った
長年連れ添った妻は元々街の出身で、集落へと嫁いできていたが、吸収合併の数年前に自宅で首を吊って自殺している。
困った顔で振り返る
「……仕方ないよ…………無理してもダメ…………」
「じゃあ…………隣で…………」
軽く肩を落とす
そして驚いた三人の前に現れたのは、昨夜の居酒屋で働いていた女性────
その
「失礼しました…………こちらでお話を伺いますので…………どうぞ」
昨夜とは違い、その表情と口調には
三人は奥のベランダに面した和室に通された。
そこの窓際にはすでに一人の若い男性が膝を抱いて座り込んでいる。しかし三人が部屋に入っても顔を上げようともしない。
すると三人の後ろから
「
元々街の高校に通った。なんとか就職するが、自閉症の影響なのか集団生活に馴染むことが難しく、同僚との喧嘩騒ぎを起こして退職。村に帰った直後、両親が自宅近くの畑で刺し殺されているのを見付ける。
当時はすでに立ち退き要求が激しくなっていた。中には暴力団まがいのチンピラが集落に度々押しかけることもあったことから警察はその線で捜査したが、未だに未解決のまま。
三人が
そして顔を上げた
「えっと……もしかして、お二人って、昨日…………」
すると最初に応えたのは
「ごめんなさい。まさか昨日あんな所で会うことになるとは思ってなくて…………」
「地元の方では…………」
それにすぐに応えたのは
「違うんです。最近きてもらったばかりで……何というか…………私の仕事仲間みたいな感じでして…………」
「……そうでしたか…………私は構いませんが、隣の
「そうですか…………」
「私と
「私も以前に一度お話を伺っただけですからね…………それもあって今日は
「それは…………ちょっと…………」
「前にもお話ししたかとは思いますが、
背中に添えた手の柔らかい動きに、
──……まあ、それはプライベートか…………
「では…………」
そう言って挟まった
「
「…………ええ……ですが、まだ何か聞きたいことでも…………総て話したと思いますが…………」
「単刀直入にお聞きします。〝
その言葉に、
僅かに
そして言葉を繋げた。
「……他に…………理由があると…………?」
しかし
そして続けたのは
「マスコミの方々が面白おかしく書かれているのは知っています…………あること無いこと書かれているようですね…………でも、以前にお話ししたこと以上のことはありません。工事で事故が多かったのは事実ですし、私たちが訴えてから……実際に殺人事件まで…………」
「殺人事件が起きるまでは…………今ほどマスコミも騒いではいなかったようですが…………」
そう言って会話に刺さったのは
その
「確かにあんな殺され方じゃあ、普通に考えても猟奇殺人だ。まともとは思えない。〝まるで猫が喉を切り裂いたようだ〟と言ってマスコミを
「私たちは────」
それだけ返して、
しかし
「……新しく
「それで〝呪い〟が収まってくれますかね…………」
その
そして、
「お邪魔しました」
その声に、
玄関に向かい始めた二人を、
「────あの……お邪魔しました」
振り返って言葉を残した
三人はまっすぐホテルに向かった。
夕方まではまだ時間がある。
一階のカフェでコーヒーを飲みながら、
「さっきのは何⁉︎ あれじゃまるで責めてるみたいじゃない」
「まあ……ねえ」
「加害者が誰かはまだ分からないんだから────」
「そう?」
そう言って言葉を遮った
「少なくともあの三人は、何か知ってるよ…………」
「……そんな…………何の確証があって────」
──…………あ…………そっか…………
二人でなければ辿り着けない事実があることは、
──……だから二人に助けを求めたはずなのに…………
「勘違いしてない? 私たちは警察でも探偵小説の主人公でもないんだよ。私も
「……でも…………自殺と殺人は意味が違うよ────」
その
「最初の……
☆
県議会議員、
長男と三男は大学を卒業してすぐに議員秘書となっていたが、次男の
一部では暴力団との繋がりも示唆され、黒い噂が絶えない。
当然地元では道楽息子と呼ばれ、議員である父親から煙たがられていた。夜に自宅に帰ることなどほとんど無い。それでも昼前には一度帰っていた。
しかしその日は、その前に自宅に警察からの電話があったことで家中が騒然となる。
繁華街の裏路地。ほとんどビルとビルの隙間のような場所から大量の血が流れ出していた。
死亡推定時刻は発見された早朝の直前と見られた。
寒い時期の早朝は、まだ暗い。
殺害方法は先の三人と同じ。
警察の発表では泥酔状態だったという。
☆
「どういうことなの……?」
そう言って聞き返す
「
「…………それが……見えたの?」
その
「嫌な能力でしょ? 見えるものはその人の過去だけじゃない…………その人の人生に絡まるもの…………」
そして、ゆっくりと、
「……たまに思うよ…………誰かのためになるならと思ってやってきたけど…………もしかしたら…………その逆なんじゃないかって…………今回の件だって、私たちが答えを出さないほうが、幸せな人たちがいるのかもしれない…………」
☆
その夜、警察官の
四〇才の
何年か前から一人で飲み歩くことも多くなった。今夜のような休みの前の日となるとやはり我慢は出来ない。もっとも夜勤明けだと休みの前の晩に店に行くことも出来ないので、今夜は久しぶりに楽しみにしていた。
そのためか、その夜は自分でも分かるほどに少し呑み過ぎたようだ。
繁華街から少しの距離に小さな公園があった。自動販売機で買った温かい緑茶を飲みながら、ベンチに腰を降ろして酔いを覚ましていた。
小さいとは言っても池やランニングコースもある公園だ。朝は近所の人たちで賑わうような場所だが、平日ということもあってか、夜になると静かだった。
すぐにでも雪が降りそうな気温のこの季節。さすがに軽くアルコールが抜けてきたのか、その寒さを背中に感じた
突然背後から口を塞がれる。
直後、喉に何かが押し付けられた。
胸に暖かいものを感じながら、同時に呼吸が出来ない。
片目に激痛を感じた時、それは恐怖から絶望に変わる。
☆
時間は過ぎ、すでに夜。
そこは昼に訪れた単身者用の三階の上、四階からはファミリー向けに少し広い部屋が並ぶ。
五人の中で唯一の夫婦。
夫の
一人息子がいたが、街の大きな会社に就職した翌年、交通事故で亡くなっていた。一〇年ほど前のことだ。
三人が通されたリビングのテーブルに
「で? 今更あんたたちは何を聞きたいんだ?」
すでにその態度に歓迎の意思は無い。おそらく
応えたのはその
「今回の連続殺人と〝
「結び付けるも何も…………
「ごもっともですね」
そう口を開いたのは
「あの
その
「そう……そうだ。だからこそ俺たちは新しく
「まあ…………あんな殺人事件が続けばね…………」
「〝まるで猫が喉を切り裂いたようだ〟と皆さんが言わなければ、ただの猟奇殺人で終わっていたかもしれない…………」
すると
そして返した。
「なるほど…………そう言って昼間に
そう言って軽くのけぞるようにソファーの背もたれに体を押し付けた。
「
「そんなもの…………猫に案内された落武者が村人に感謝して────」
その
「昔から貧しい村でした…………周りを山に囲まれて孤立した村…………当時はそんな村は全国にたくさんあったことでしょうね…………今より生き残るのが大変だった時代。落武者を捕まえたと奉行所に駆け込めば…………かなりのお金がもらえた時代…………」
「……随分な言い方だ……あんたみたいな部外者に何が────」
「本来ならば村の
「……なんだと?」
「本当に〝呪い〟や〝
「帰れ!」
そう叫んだ
体を震わせる
その横で、
そこに、台所からの
「変わった方々ですね…………」
それはその場に似つかわしくないような柔らかい声。
その声が張り詰めた空気に溶け込んでいく。
「形だけのお祓いをする人たちとは違うようですね…………まあ、あんなものは効果ありませんけど」
──……
「あなた方の言うことが正しかったとして…………〝
「〝呪い〟は起きるものじゃない。起こすものだ」
「では…………」
そして言葉が続いた。
「あなたは…………私たちが殺人を起こしているとでも?」
ネックレスを外すとその水晶ごと左手に巻きつける。
そして口を開いた。
「
直後、素早く動いた
同時に
「なにを────!」
叫びかけた
そして、
「……自己催眠か…………
「だめ! 壁がある」
「このままじゃ解けない…………せめて抑える…………」
やがて、
そして小さく息を吐く。
その
「これで少しは……楽になりますよ…………」
その声は柔らかい。
☆
夜の二三時を回ったところで、
その服装を見て最初に口を開いたのは
「まさかあんた、寝る時までゴスロリ?」
「い、いいじゃない、私はこれじゃなきゃ寝れないのよ。それにこれなら、このまま廊下にも出られるし」
「ま、いいけど…………
すでに
妻は吸収合併前に自殺。
妻は若い時に街から嫁いできた。
地方議員の
そのことは夫には秘密にしていたが、そのことで恐喝されていた。
恐喝をしていたのは議員の次男である
妻の自殺はそれを苦にした可能性がある。
街で就職した息子が交通事故死。
交差点での出会い頭の事故とされたが、息子は青信号で進んでいた。
そこに信号無視でぶつけられる。
その車を運転していたのは地方議員の息子、
事故の捜査をしたのが警察官の
街の高校を卒業してお菓子工場に就職。
同僚と喧嘩をし、退職して村に帰る。
しかしそれ以前に職場でイジメを受けていた。
その中心的な人物は
仕事を辞める原因になった喧嘩騒ぎにも関わっていた可能性が高い。
村に帰ってからは立ち退き要求に連日悩まされていた。
その最中に両親が殺されるが事件は未解決。
当初から立ち退きに関与していた地元暴力団の可能性が疑われていた。
しかし暴力団を扇動していわゆる地上げを扇動していたのは地元銀行。
その中心にいたのが銀行員の
街の地主の長男に見染められて嫁いだが、離婚して集落に戻る。
帰ってきた日、自殺した両親を見付ける。
地元暴力団による他殺説も出たが、警察としての発表は自殺。
暴力団を扇動していわゆる地上げを扇動していたのは地元銀行。
その中心にいたのが銀行員の
立ち上がると、冷蔵庫で二本目の缶ビールを取り出して栓を開けた。
そのすぐ側で、
しばらく、誰も口を開こうとはしなかった。
やがて、ベッドから立ち上がりかけた
そして、その声は震えていた。
「…………おかしいよ…………こんなの…………」
そこに聞こえてきたのは
「いずれは警察も辿り着く…………その前になんとかしないと…………」
「なんとかって────」
顔を上げた
「あの五人は確かに今回の犠牲者と繋がりがあった…………怨みもあった…………動機は間違いなくある…………でも、そんな簡単に人って殺せるかな…………しかもいずれはバレて当然の繋がり…………でも
そこに挟まるのは
「黒幕は、まだいるね」
「……うん…………裏はまだ、総て見えてるわけじゃないよ…………」
「かなざくらの古屋敷」
〜 第七部「猫の目」第4話へつづく 〜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます