第三部「蛇のくちづけ」第2話 (修正版)
幼い時から、
あの世の者が見えるだけではない。まだ除霊までは出来なかったが、死者と会話が出来た。
そして未来を見ることが出来た。
それはタミでも難しい力。
村人から感謝されると同時に、神社そのものも有名になっていった。
本殿の中心で、
それに気が付いたタミが近付く。
「
顔を下げた
──……天井に気が付いてるね…………
タミは祭壇の前に膝を降ろすと、再び
「隣においで」
「水晶は持ってるかい?」
「うん!」
その水晶は
その二つの水晶に、タミは軽く手を添える。
熱かった。
「……熱くはないかい?」
すると
「熱くないよ……?」
「そうかい……ならよかった…………」
──……覚悟が、必要だね…………
昭和五三年。
小学校五年生の時だった。
朝、いつものようにランドセルを背負って家を出ようとした時、不意に玄関先で
「一ヶ月だけ行ってくるね」
父の
しかしそれを祖母のタミに報告すると、タミは突然に声を張り上げる。
「どうして行かせたんだい! 今すぐ探しな!」
その日、
すぐに警察に捜索願いが出されたが、足取りが全く掴めないままに時間だけが過ぎていく。
田舎の小さな村。しかし目撃者すらも見付からない。
タミは
「あの子は一ヶ月と言った…………必ず戻ってくる…………」
タミはそう言って毎日祈り続けた。
身代金の要請がないので誘拐事件とも考えにくいまま、二週間後には公開捜査となる。警察でも家出をするかのような言動があったことから神経質な捜査が必要となった。
しかし相手は一〇才の小学生。事件の可能性を考えるほうが自然だ。
そしてちょうど一ヶ月後、警察から電話が入る。
確かに
しかしそれは遠くの街の、とある宗教団体の施設。その施設内で見付かる。信者は二〇人程度の小さな教団だったが、教団は
そして、その日、全員が施設内で死亡する。
全員の首にロープのような物が巻かれた跡があったという。
元々教団は警察の調査対象となっていた。そして教団施設の外にまで響く大勢の悲鳴が聞こえて警察が踏み込んだ時、死んだばかりと見られる多数の遺体と、その中央で立ち尽くす
そして
誘拐されて監禁されていたとの供述を残すが、それは警察に疑念を残させることとなる。それでも誘拐されたことは事実。傷ひとつなく、それどころか健康状態も良好なまま
もちろん
PTSDのような精神的な症状が心配されたが、
そしてこの事件はテレビでも大々的に取り上げられた。
年齢的に
周りからの過剰な気遣いがありながらも、無事に小学校を卒業。
そして、イジメは中学校から始まる。
しかもそれは
この頃から、明るく活発だった
そして、同級生が死に始める。
一人、また一人…………それは
しかも、その全員がなぜか首をロープのような物で締められて殺害されていた。
殺人事件として当然警察が動くが、すでに警察の捜査の中には
そして昭和六〇年。
高校二年生。
その夜は雨。
どこから来るのか分からない、大人びた冷たさ。
それは家である神社に帰ってからも同じ。
両親からも距離を置かれていたことを、
それでもタミだけは違った。
タミだけが、何かを感じていた。
その目を見るのが
その夜も、
「少し、前の話をしてもいいかい?」
そして座布団に座ったまま、向かい合ったタミからの質問が始まる。
タミは深夜にも関わらず
タミは少し間を開けて、
「……ほう…………天井が気になるかい?」
「……いえ…………別に…………」
それでもその態度は堂々としたものだ。決してタミの圧力にも臆してはいない。
一七才とは思えない、
「まあいいさね…………ただ…………これからこの家を継いでいく
僅かに視線を落としたまま、決してタミと目を合わせようとはしなかった。
そして、微かに口元に浮かぶ笑みが、タミには気になった。
「まだ…………子供の頃のように未来が見えるのかい?」
「もちろんです。今も見えていますよ…………」
「あの時も見えていたと?
そして小さく口を開く。
「……お
「質問してるのは私だよ
「目を覚ましたら周りで死んでいました」
「警察にもそう言ったんだろ? 私は警察じゃないよ
「さすがは、お
「ほう…………」
「…………蛇に…………巻きつかれていました…………」
それを聞いたタミはすぐには返せなかった。
外の雨が大きくなってきたことにすら気が付かない。
背筋に冷たいもの。
しかし、タミは言葉を絞り出す。
「…………最初から分かっていたのかい? 誘拐されることも…………」
「もちろんです。私には総てが見えています」
タミがゆっくりと返した。
「自分の未来が総て見えているとでも言うのかい⁉︎」
少しだけ語尾が荒くなってきていたタミに対して、
「はい…………私は二二才で死にます…………二一才で子供を産みますが…………それまでは子供を授かることはないでしょう」
「……蛇に……卵を食べられたね…………」
「…………いずれ、返しにきますよ」
タミは唐突に立ち上がると
そして、タミの声は低い。
「……
しかし、その手首を
「…………お
タミは手を離さないまま口を開く。
「
「はい…………」
そしてタミの左手が
同時にタミの右手が二つの水晶を掴むとチェーンを引きちぎった。
次の瞬間には、畳に押し付けた水晶に懐から取り出した短刀を突きつけていた。
刃の
「さすがは代々伝わる石だよ」
タミは吐き捨てるようにそう言うと、素早く短刀を鞘に納めた。
そして再び座布団に正座すると、短刀を横にして
「この短刀は
それを聞く
僅かに震えるその目を見ながらタミが続ける。
「呪われた石に魅入られたね」
するとタミは、
「預ける…………意味は分かるね…………その時は慎重に選ぶんだよ…………残念だが
その夜、雨がしだいに激しくなる中、タミの
タミのすぐ後ろには
そしてその中心には、短刀を抱えながら震える
外には夏の大雨が降り続く。
その雨粒は容赦無く本殿を揺らす。
そして、本殿に朝の陽の光が入り込んできた。しかしそれは空が僅かに
明るくなった程度で、分厚く黒い雲から大雨が降り続くのは変わらない。
玄関の裏口を叩く音がした。
裏口といっても通用口。家の人間が通常使っている玄関でもある。その玄関を叩く音はけたたましい。
「警察の方が…………
応対をした
そして、傘を打ちつける雨の音と共に
タミは振り返りもせずに声を上げた。
「お巡りさんたち…………朝からご苦労さまにございます。
なぜか、その場の全員がその声に圧倒されていた。
「まさか……ワシを知らんわけでもなかろう…………」
やっと、辿々しくも一人の刑事が口を開く。
「……いえ、タミさん…………そういうわけには…………」
「ワシらの血筋に隠し事など無いわ! 何用じゃ!」
そのタミの大声に、慌てて刑事が返した。
「以前の……誘拐事件と…………
すると、声のトーンを戻したタミの声がした。
「あんたらは、
空気が凍りつく。
そこに切り込めるのは雨の音だけ。
そしてタミが続ける。
「……蛇じゃよ…………不浄のものに魅入られた蛇の仕業じゃ。こんなか弱い
タミは後ろを振り返って繋げた。
「人殺しなど…………そうじゃろ?
その体の震えが止まっていることに気付くよりも早く、別の刑事の声。
「タミさん、この時代にそんな────」
「時代ではない! 我らが変わったとて、あいつらに何の関係があるものか!」
そして、なぜか
それは、自らが何人もの人間の首に紐を巻きつけるもの。
──……私が…………殺してたの…………?
「時代など…………勝手に人間が作ってきたものじゃ…………人間の枠に当てはめるなど、そんな
タミがそう言って視線を前に戻した。
すると、目の前にあったはずの水晶が無い。
「────しまった!
振り返る。
左手に短刀。
右手には水晶のついたチェーンをぶら下げている。
そしてその目は、
口が開く。
「……お
そして、タミの目が見開かれていた。
──……
「…………蛇じゃないのか…………」
タミが、まるで呟くように言葉を漏らした。
その時。
振動が本殿を揺らした。
地面が揺れる。
やがて、それは大きくなる。
あっという間に、誰も立っていることが出来ない。
しかしその中、なぜか
タミはそれを追いかけたかったが、揺れで立ち上がることも出来ない。
その振動の中で、なぜか
そして、地面が、流れ始める。
もはや止められるものではなかった。
どこに行けば助かるか。
どこに逃げれば助かるか。
そして、下半身だけが土砂に埋まった状態で助けられ、
☆
「若いからって舐めないでほしいわ」
そう言って
その目の前にしゃがみ込んだ
「やっぱり若い子の生足っていいね」
「本気で変態じゃないの⁉︎ ちょっと!
明らかに困った表情の
そして
「で?
「──ちゃんはやめて! これでも二一なんだから!」
「霊感あるの?」
「あのねえ、私は霊能力者よ! あなたみたいな変態と一緒にしないでよ!」
しかし少しずつ腰が引く。
「でも〝呪い〟を断ち切れてない」
そう言った
「大変なんだってば! ここの呪いは
「
「当たり前でしょ? 修行しなきゃ見れないんだから────」
「修行ねえ…………」
「ここの近くに古い池があるのよ。そこには
「連れてってよ。そこ」
すると、やっと
「お連れいたしますよ。近くですので」
その
その隣の
「もしかして、以前にもあの子に連れてってもらったの?」
「そんな感じですね」
☆
廃墟群から車で少し林の中を抜けると、その池はすぐに姿を現した。
大きな池だった。長く、そして大きくカーブしたその池の周辺には遊歩道も用意されていた。しかしあまり人の手が入っているようには見えない。舗装された遊歩道の周辺には雑草が幅を利かせ、あちこちにゴミも散乱している現状だ。
全員でその遊歩道を歩きながら、
先頭の
「あんたたちをいちいちここに連れてくる時間も本当は勿体ないんだけどさ…………お盆の前には終わらせたいのよね」
「なんでー?」
後ろから
明らかにからかったような口調だったが、
「お盆になったら息苦しくならないの⁉︎ お
「あー、はいはい。周りに幽霊がいっぱいだから? お盆って日本だけの風習なんだけど、あの世にも国境ってあるの? 地域によっても時期が違うし。あの世ってのも
「だって…………息苦しいんだから仕方ないでしょ!」
「花粉症なんじゃない? 人によってスギ花粉だけじゃなくて色々あるんでしょ? お盆の時期ってなんの花粉かなあ」
「とにかく! ここも今は心霊スポットとして有名なの! 分かる⁉︎ ここが周りの霊たちを集めてるみたいなの。昔の処刑場で殺された人たちとか、土砂災害で亡くなった人たちとか…………水場に霊が集まりやすいのは霊感あるなら知ってるでしょ?」
そう言って振り返った
「なんで女同士で手繋いでんのよ⁉︎」
「いいじゃん。池に落ちたら大変でしょ」
そう応えた
そして続ける。
「
「繋ぎません! 私は同性愛者じゃない!」
「愛と性欲に性別は関係ないのに」
しかし
「この場合は性欲はいらなくない?」
「いや、大事だ」
そう言い切った
「……からかいすぎ…………」
「だって」
その
「…………幼すぎて腹が立つ……」
やがて一行は
小さな物だったが、岩を掘った所に
池のほうを向いて設置されたその
「去年、私が来るようになってから綺麗にしたけど、酷い状態だったわ…………」
その横に立った
「ふーん、凄いじゃん。こういう風習はいいと思うよ。山でも川でも池でも〝そこには神様がいる〟って言って大事にしてきたんでしょ? 自然に対して感謝の気持ちを持つことは大事なこと。私は好きだよ」
「へー、ただの変態かと思ったらいいこと言うじゃない」
「でも」
「よく分からないんだよなあ…………どうしてここに幽霊が集まるの?」
「だから…………水場には集まりやすいって…………」
「誰から聞いたの?」
「誰って…………」
「なんとなくそう言われてるし、みんながそう言うからでしょ?」
「遊歩道があるくらいだから一応街灯はあるんだね…………いつ設置されたのかな。私たちが歩いてきた遊歩道って、いつ舗装されたんだろう…………昔はどっちも無かったよね。遊歩道に沿って池を囲む柵だって無かったはず。そんな頃にここに来ていたら、誰かと手を繋いでいても危険だよね。しかも夜なら尚のこと」
さらに
「水場が危険なのは池だけじゃなくて川でも海でも同じでしょ? そして家の周りだと井戸…………落ちたら大変だよね。しかも電気の無い時代の夜は現代よりも暗い。満月の頃だとしてもね。水場は幽霊が集まって怖いから近寄るな────しかも、なぜか昔は幽霊が出るのは夜だけだった。だから夜の水場は危険」
「でも…………」
「水場が危険ならお風呂場は? トイレは? 台所は? それすらも昔は不浄が溜まる場所とされた。危険があるから。そう思うことで危険に対しての身構えが出来る。家の下とか道路の下に走ってる水道管は? あれに幽霊は集まらないの? どうして誰もプールに幽霊が集まりやすいって言わないの? ただの昔の人の知恵だよ。教えと言ってもいいかな。夜に爪を切ると親の死に目に会えないって言うのと同じ。今と違って夜は
それを見ながら
──……反論は無理そうね…………
「
その
そして
「今日はこのくらいで…………続きは明日…………」
「分かった…………」
そう言って歩き始めたところで
「
すると
「……分かった…………逃げるつもりはない」
「……明日は短めのショーパンで」
「変態!」
☆
二人の宿泊場所は街の中心にある駅の側のビジネスホテル。
とは言っても披露宴会場も用意された大き目の所だった。
しかも、どう見ても安い部屋ではない。
「ごめんね。うん、思ったより早く帰れそう…………え? ゆっくりって…………いや、新婚旅行じゃないから…………ちょっと、
大した業務連絡もないままの店への電話だった。
バスローブ姿で大き過ぎるベッドに横になりながら、
そして大きく溜息を
──……まったく…………新婚旅行ならもっと別の場所に…………
何気なくシャワールームに目をやる。
シャワーの音が気になった。
なぜかソワソワとした気持ちと、それを誤魔化したい自分がいる。
──……昼間にあんなイメージ見た後なのに…………
──…………まだ……言えないな…………
シャワーの音が止まると、
ドライヤーの音が微かに聞こえ、時間の経過を知らせた。
──……だめ……
分かっているはずなのに、ドアが開く音に驚く。
しかし、
「どうしたの? 明日のこと?」
「んー…………」
歯切れが悪いままの
「答えは分かったんだ。思った以上に簡単だった」
「そうなの? 今回は私は難しいかも…………見えてるイメージはいくつかあるけど、それが今〝呪い〟って言われてるものと関係がないことだけは分かる」
「明日、業者に調べて貰えば解決。後は行政が動いてくれるかどうかだけ」
「ロビーで
「うん…………それで終わり。それよりあの子」
「イジメ過ぎ…………
「まさか、あんなに若いとは思わなかった」
「そっち?」
「私も飲む」
「これ飲んで」
「ん? 嫉妬した?」
「違います」
そう言って目線を逸らした
「……私の気持ち分かってて…………そうやって困らせるんだ…………」
こういう時の
──……やっぱり…………離れたくない…………言えない…………
そう思った
「……あの子も…………助けてあげたい…………」
「うん…………でも…………先に私…………」
その
☆
昭和六二年。
村の土砂災害での唯一の生存者。
そして、マスコミから逃げるように、
当時まだ一七才だった
年齢や経歴を偽って、寮のあるスナックで働いていた。
仕事自体もそうだったが、夜の人間をメインの顧客とするような不動産屋でも、戸籍まで調べられることはない。住民票を求められるわけでもない。そういう時代だった。
安いアパートを借りた
決して楽な生活ではなかった。慣れない生活の中で神経をすり減らしていたのは事実。
しかしなぜだろう。
生活に慣れてきた頃から、なぜか子供を作りたい衝動に駆られていた。
子供が欲しかった。
しかもなぜか、頭に浮かぶのは〝娘〟。
そしてたまに頭に浮かぶのは、自分が人を殺している光景。
覚えがないはずなのに、時としてその感覚が両手に蘇る。その度に、部屋で一人で震えた。
家族のことを思い出せない。
過去の記憶はバラバラ。
分かっているのは土砂崩れの唯一の生き残りということだけ。
そして、早く子供を作らなくてはならない衝動。
その感情だけが
二六才。大手の会社で働いていることだけは分かっていた。恋愛対象として見てはいなかった。そもそも
しかし、なぜか
そして
翌年、
体調の変化ではない。
年の瀬。
雪の降り続く夜。
「俺に家庭があることは分かっているはずだ」
ホテルの一室、服を着ながら
それに対して
「だったら、どうして私を抱いたの? しかも……何度も私の中で…………」
「君が……大丈夫だって言うからじゃないか」
「うん…………大丈夫だったの…………でもね…………〝卵〟が帰ってきたみたいなの…………」
それまでの
「ずっとこの子を待っていました…………私が産むんです…………この子のために、私は産まれてきた…………」
翌年、平成元年。
一〇月二三日。
その首には、
そのため入院は少し長引いたが、それでも無事に退院することが出来た。
久しぶりのアパートに戻る。
安いアパート。決しておしゃれな新生活ではない。
そして、今は一人ではない。
──……あと一年…………私が育てる…………
数日後、夜になって
退院した日に連絡だけは入れていたが、
そして、目の前の子供が自分の子だという。
いや、そのほうが助かる。
しかし、
「大丈夫ですよ……私もその内、仕事に戻りますし…………ただ、夜に子供を預ける所にもお金が必要ですから…………そのくらいだけ援助してもらえれば…………」
「そのくらいなら……大丈夫だ。なんとかする…………」
いつの間にか、
「……名前は…………決まったのか…………?」
その
「…………
「かなざくらの古屋敷」
〜 第三部「蛇のくちづけ」第3話(第三部最終話)へつづく 〜
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