第三部「蛇のくちづけ」第3話(第三部最終話) (修正版)
あの子は
望んだ子ではない
危険だ
殺せ
殺せ
殺せ
☆
毎晩、
夢の内容はいつも覚えていない。
ただ、気持ちの悪い印象ばかりが残る。
全身が汗に濡れてヌルヌルとした。
隣のベビーベッドではまだ子供は静かなまま。どんなに夢に苦しめられても、その寝顔を見るだけで癒された。
しかし、時間は残されていない。
──……
それだけは間違いなかった。
平成二年。
もうすぐ
そして
「これは?」
そう言って
その姿を見ながら、
「私に何かあったら、
「バカなことを言うな! 判子なんか押せるわけがないだろ!」
「私はもうすぐ死にます」
その表情は真剣で、かつ冷静なものだった。
その
「私は……
「こんな紙切れなんか────」
「弁護士の先生に作って頂きました。法的な効力を持っています…………夜のお仕事というのは…………様々なご職業の方とお知り合いになれるものですよ…………」
「俺が判子を押さなければ────」
「弁護士の先生は総てをご存知です。
「……調べたのか…………」
「前から言っているじゃありませんか。私には総てが見えるんです」
施設に入れてしまえばいい…………そう
そして、
翌日、
そして、自分の長財布に弁護士事務所の名刺を入れる。
裏には手書きでこう書いた。
〝私が死んだら、遺言はここです〟
──…………
☆
「……いったい、なんなの…………?」
車を降りた
「お疲れ様です
「どういうこと? 一体…………何の騒ぎなのよ」
「低周波の測定ですよ」
「低周波⁉︎」
「いやあ、業者を見付けるのに苦労しました。そうしたら社団法人だったんですが見付かりましてね」
「ちょっと…………お
そこに、少し離れた
「必要ないってば」
そして
振り返った
「ショーパンって言ったじゃん。どうして昨日と同じゴスロリなの⁉︎」
「そこか変態!」
「今度はもっと短めのスカートにしてよ。足のラインが好き」
「見るな変態! こういうのしか持ってないんだから仕方ないでしょ!」
「で?」
そう言って挟まったのは
その
「今回は私もイメージが繋がらなくて難しいと思ってたんだけど…………説明をお願い出来るかしら、変態さん」
そこに、作業服の業者から声がかかる。
「出ましたよー」
「待ってました」
すぐにそう返した
全員が後に続いた。
「予想通りですよ」
計測機に繋いだラップトップの画面を覗き込みながら、業者の声が続いた。
「こんな所にいたら早い人で一週間と持たないでしょうね…………凄い数字ですよ」
「一週間?」
業者の男が応える。
「あくまでも敏感な人の話ですが、早ければ一週間で体調の不良を訴えるでしょうね。そうじゃなくても一ヶ月…………強い人でも一年もいたら健康なままという可能性のほうが低いと思いますよ」
「どうして…………」
「低周波だよ。ここは19Hz以下の低周波が
「そんなことあるの?」
「あれ」
「あっちにも」
「あんなの山の中によくあるじゃない」
「それと住宅市を囲むような電柱と電線。下の市街地まで続いてるね。しかもここは
「そんなバカな…………それが…………呪いの原因だって言うの⁉︎」
「どうしてこの付近の山には動物がいないの? 虫ですらほとんどいない。みんな住みたくないからここにいないんでしょ。土砂災害の前はいたはずだよ。あの頃は電波塔なんて無かっただろうし、電柱の数もあっても少なかったはず。体調不良の話は平成になってからの再開発の後。全国に携帯電話の電波が増えた頃。海外ではあちこちで検証結果が出てるよ」
──……そういうことか…………
ここに来てから
土砂災害、その後の住宅地での騒動、工事関係者の事故。〝呪い〟といえば総てを繋げることは出来た。その点では
しかし、なぜか繋がらなかった。
その
「工事に事故が多かったのも説明が出来るね…………体調が悪いまま作業を続けてたら…………」
それに
「うん…………多分だけど、体調の悪い人は多かったと思うよ。でもみんなを休ませるわけにいかないでしょ。無理して作業してた人達も多かったんじゃないかな…………」
そこに業者の声が挟まる。
「データの印刷しますか?」
「そうですね。お願いします。念のためにデジタルデータも後で送ってもらえます?」
「もちろんです」
「データの送付先は
「構いませんよ。私たちも貴重なデータを集められましたから」
「じゃ、請求も
印刷された用紙を受け取ると、業者の車が坂道を降りて行った。
そして最初に
「便利な時代ねえ。プリンターも持ち歩ける時代なの?」
返したのは
「今はハンディーで充電式のがあるからねえ。もう二一世紀だよ。百年後には呪いなんて言葉すらなくなってるかもよ」
そして
「さすがです。これでここの呪いが解決すれば行政も喜んでくれますよ」
「まだだよ。まだこれから何年もかかる…………最初に電柱を抜いて電線を地中に埋める工事から始めてもらわないと…………この時代に電波塔を無くすのは難しいだろうから仕方ないけど、それでも人体に影響が無いレベルに低周波が抑えられるのはデータが証明してるわけだし、どうせ動物がいないなら生態系云々の問題だって無いでしょ。工事が終わってからまた木を植えたらいいよ。どうせこの辺りの山に自然なんかほとんど残ってないんだから。ただの〝緑〟…………少なからず人間の手が入ってる。だったらこの先も土地に対して責任を持たなきゃ。トンネルとかの一通りの工事が終わった頃には動物だって虫だって戻ってくるよ。共栄の無い世界なんか…………私は嫌いだな」
「なにを綺麗に終わらせようとしてんのよ…………」
その声は三人の会話を黙って聞いていた
「私をコケにしたくて呼んだの? そうなんでしょ⁉︎ バカにしたくて呼んだんでしょ⁉︎」
「……私には…………大昔の皇族の高級霊がついてるんだから…………」
そして、それに返した
「死んだ人に高級も低級もないよ」
そして
「皇族だろうが庶民だろうが、同じ人間でしょ。何が違うの? あの世でまで生前のお金持ちが優遇されるなんて…………そんなあの世なんか私は嫌い…………」
「じゃあ…………この下で…………土砂災害で亡くなった人たちの怨霊は…………」
「亡くなった人たちが怨霊? どうして? 酷い災害だったからってなんで怨霊にならなきゃいけないの? そう思われるほうが可哀想じゃない。ちゃんと供養されてるんでしょ。毎年
そして、
驚く
「…………あなたもね…………
「あなたって…………」
「私は99.9%幽霊も呪いも信じていない能力者。だからこそ見えるものがある。と、思って生きてる。それだけ」
呆然とする
「ただのエロお姉さんじゃないよ」
そこに
「……それは…………」
「なによ」
そう返した
「それ…………水晶…………」
「ああ、これ?」
「火の玉…………」
「さすが
「…………〝水の玉〟はどこ…………? 一緒じゃなきゃダメ……探して…………」
駆け寄って
そして叫んだ。
「
「え?」
「ごめん。この子が
──……何でこんな所で0.1%が…………
「
そして、
「…………
──……しまった…………!
その
「……私は…………あなたを死なせない…………」
──……ダメだ…………跳ね返される…………
「…………だれ…………?」
次の瞬間、
完全に意識を失った
「大丈夫…………すぐに意識は戻るから…………」
そして、その背中に届く
「
そして、小さな足音が
「
「さきえっ‼︎」
「……あなたの…………」
その小さい
「……あなたの……お母さんがいた所…………ここ…………この場所…………」
「…………おかあ……さん…………?」
☆
平成二年。
一〇月二三日。
──……私はこの子を産むために生を受けたはず…………
しかし頭の中に声が響く。
〝その
すでにそれは夢ではなかった。
やがて仕事にも支障を来たすようになり、少し前に店も辞めていた。
自分で自分をまともだと感じることが出来ない。
そして、どうしたらいいのかも分からない。
ただ、どうしても
しかし、自分の中の誰かが
──……死ねる所を……探さなきゃ…………
理由は分からなかった。
ただ、
──……ここから飛び降りたら…………
そこは大きなビルの前。
しかし人通りもある。
それでも
──……ここから飛び降りたら…………
進みかけた足を、
──……嫌だ…………
〝殺せ〟
──…………イヤだ…………!
〝お前と共に……その子を殺せ〟
──……死なせない…………‼︎
財布の入ったハンドバッグを
「……
──……絶対に…………!
薄いコートの内ポケットから、
それは、タミから預かっていた、あの短刀。
素早く
コンクリートの歩道に落ちた木製の
短刀を両手で
──……私が……断ち切る…………!
胸に突きつけた。
何度も、何度も。
周囲からは悲鳴が聞こえ、駆け寄ろうとする誰かの足音が聞こえた時、
「────近寄るな‼︎」
次の瞬間、胸から抜いた刃を首筋へ。
──……あとは…………頼むよ…………
そのまま首を
地面に倒れた
そして、すぐ側で保護された
☆
庭の駐車スペースに入りこむのは見慣れた車。
もっとも、この家の駐車場と呼べる場所に入ったことのある車は、
いつも洗車をしてから訪ねてくる
運転席から降りた
「そのワンピース、好き」
そして
「私に抱かれに来てくれたの?」
「あれから…………抱いてくれなかったくせに」
そう言って縁側に腰を降ろしながらも、もちろん
「みっちゃんから少し前に連絡あったよ…………行政が動いたみたい。今年中には電線を地中に埋める工事を始めるって」
「そっか…………やっとあそこも…………いい街になるね」
「それと、
「私たちは必殺仕事人だからね…………
「
「かっこいいでしょ」
そう言って
「それと
「
「ほう……で?
「まさか…………まだまだ若いもんには負けないわ」
「私も
「もう…………体目当て?」
そんな会話を繰り返しながらも、いつまでも逃げ続けるわけには行かないことも分かってはいる。
何かに背中を押され、
「……あのね…………ごめん…………伝えるかどうか迷ってる内にあんなことになって…………悪かったと思ってる…………
「心配かけたね…………どこまで?」
「え?」
「どこまで見えたの⁉︎」
「……たぶん…………」
その
「……全部…………お母さんの名前も…………」
「……教えて…………」
「…………
「……かな……ざくら…………きょうこ…………」
僅かに、その目が
その
しかし
「ダメだよ! 全部…………見え────」
唇を奪われ、押し倒された
「……シャットアウトしないと…………」
「しない」
その
「今日は…………全部見せてよ…………私はもう逃げない…………」
そして
「かなざくらの古屋敷」
〜 第三部「蛇のくちづけ」終 〜
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