第29話 守神あぼがど
昔々、あるところにエメラルドが沢山採れる鉱山があった。富の象徴として、これらは王に捧げる決まりであり、労働者はどんなに小さな欠片であっても責任者に渡さなければならなかった。
あるとき、青年はあまりにも美しいエメラルドを採取した。真ん中に丸い黒曜石のようなものが嵌っていた。それがなんだか愛らしくなり、青年は我慢できずにこっそり作業着に隠して家に帰った。
土屑をはらって軽く磨き、窓辺においてみた。エメラルドは太陽を浴びると、とても美しかった。青年の家には大した家財も食器もなかったが、窓辺に置いたエメラルドがあるだけで、この部屋がまるまる宝箱になったような幸福感があった。
ある日のことである。
「ぼく、あぼがど」
エメラルドが唐突に口を聞いたので、青年は大層驚いて聞き返した。
「エメラルドじゃなくて?」
エメラルド、もとい、あぼがどは、ほんの少し悩みながら唸った。
「じゃあ、ぼく、エメラルド」
「おや、あぼがどじゃないのかい」
「だって、エメラルドのほうがかっこいい」
「僕はあぼがどのほうが可愛いとおもう」
「……そう? じゃあ、ぼく、やっぱり、あぼがど」
あぼがどはとても素直で、アホの子で、可愛らしかったので、青年はあぼがどがアボカドのことをあぼがどと間違えていることに気づいていたが、言わないでいようと思った。
あぼがどはそれ以来、青年が仕事から帰ってくるたびに、窓辺から眺めた街のことを、小さな詩にしたためて話すようになった。それ以外のこともよく喋った。
青年は大人になり、大切な人にこのあぼがどを送った。二人の間に娘が生まれると、あぼがどは毎晩子守り詩をうたった。数年たつと、あぼがどは子供としょっちゅう喧嘩するようになった。
娘が成長して嫁入りが決まったとき、あぼがどはすこしだけ涙もろくなっていた。泣くことはできなかったので「ふぇぇえん」というだけだった。
青年が老いる頃、娘はあぼがどを受け継いだ。ふたりは最期のお別れを告げなければならなかった。青年はあぼがどに「君は本当はアボカドなんだよ」と伝えた。すると、あぼがどは「わかってるよ」と答えた。青年だった老人は、可笑しそうに笑って逝った。あぼがどは、なんだか寂しかったが泣くことはできないため、「うぅぇぇん」と言った。
娘はあぼがどを連れて家に帰り、家族にあぼがどを紹介した。
あぼがどはその日から、この家の守り神となった。娘の子供は、とてもやんちゃで、あぼがどはボールのように振り回されそうになった。その度に何度も肝が冷やしたが、何年か経つと、彼はあぼがどの話をちゃんと聞くようになった。
あぼがどが割れないように大切に扱い、ときには包みにいれて様々な場所へ旅をした。世界を共にみて周り、ひとびとの行く末について語りあった。
そのうちに男の子は強く賢くなり、守りたいと思った女性をみつけるとプロポーズにあぼがどを送った。二人を祝う詩をあぼがどはたくさん詠んだ。
そのようにして、あぼがどは代々家系の手に渡っていった。あぼがどはいまも何処かで今日の出来事をしたためながら、誰かと共に生きているに違いない。
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