第6話 彼の珈琲

喫茶店で小説を書いていると、隣に座っていた男性が本を読み始めた。男性を横目でみたら驚くほど憧れの作家に似ていた。


シンプルな黒のコーディネート、少し跳ねた癖っ毛の黒髪、骨張った繊細な指先、活字に向ける真剣な瞳と少し顰めた眉もそっくりだ。


だけど、きっと彼はこんな洒落た珈琲は飲まないだろう。そう思ったら小さな笑いがこぼれ出て、それをマスクに隠したまま執筆作業を再開する。いつか…私も彼のような作家になって、自分らしい物語がつくれるようになったなら、そのときは彼と同じ珈琲を飲もう。何にも染まらない、黒くて、ただ苦いだけの安物のブラック珈琲を。


そんなことを考えながら、一杯600円の洒落たカフェラテをひとくち味わう。今の私は、まだまだ彼の珈琲にそぐわないような甘ったるい人間だ。

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