第42話 これがいつもの修羅ハウス その①

「なあまさ兄……」

「……何だよ」


 互いに真剣な声、そして真剣な目つきで見つめる先には、手元のコンロに置かれた大きなフライパンが一つ。

 

 そしてその中で今まさに完成しつつあるのは、本日のメインディッシュである……


「これって、ほんまに『焼きそば』なん?」

「…………」


 焼きそばか焼きそばではないかと聞かれれば、色は白っぽいがこれもれっきとした焼きそばの一種だろう。


 いうなれば、将門まさかどオリジナルパスタ風焼きそば。


 隠し味にホワイトソース(もはや隠れてない)をたっぷりと使った濃厚でクリーミ―な仕上がり。

 こんな斬新的で挑戦的な手料理を作ろうと思った理由は二つ。

 一つは俺が持つ真の料理技術を発揮して、普段ぶつくさと俺の手料理に文句を言ってくる朱華あやかをギャフンと言わせるため。

 そしてもう一つは洒落た料理を提供することで真理愛まりあさんの俺に対する好感度をアップさせようという魂胆なのだ。


 とりあえずここは一旦青のりで見た目をカモフラージュして……とパラパラと雪のように緑色を散らしていると、「やっぱウチが作り直す!」と何やら気合いと苛立ちを見せてきた心晴こはるが俺からフライパンを奪い取ってきた。


「まさ兄はあっちで座ってて」


 生意気にそう言ってリビングの方をビシッと指差してくる年下の幼馴染み。

 前回たこ焼きに卵の殻を詰め込んでいた小娘ごときに退場をいわれるなんて屈辱かつ屈辱しかないが、ここはいったん水でも飲みながら大人しくソファにでも座っておこうと思う。


「怪我だけはすんなよ」と態度だけはまだ先輩としての威厳を保ちながら、俺はコップ片手にリビングにあるソファへとちょこんと座る。……気分はもう、「待て」を食らったチワワと同じだ。


 そんな自分に呆れつつ、振り返ればいつの間にか心晴の隣には真理愛さんが立っていて、末っ子の妹に優しい口調で料理を教えていた。

 そして今度は目の前を見れば、一人掛けのソファにどでんと座っている朱華がスマホをいじっている。


 そう、これこそ俺たち4人が送るいつものシェアなハウスのワンシーン。


 心晴ごときに乱雑に扱われた心はまだヒリヒリと痛むが、それでも俺はやっと慣れてきたこの日常を少しでも心穏やかに過ごそうと静かに目を閉――


「そういや、みんなは今度の合宿行くん?」


 俺の穏やかな心をまたも潰しにかかってきたのは、こ生意気に片手でフライパンを操る心晴だ。


「うん、あたしはもちろん行くよ。みんなで泊まって遊べるとかぜったい楽しそうやし!」


 スマホから顔を上げて何やら嬉しそうな声でそう言うのは、クラスでも人気者の朱華だ。

 まあ認めたくはないが俺とは違い充実な高校生活を送っているコイツからすれば、友達同士で参加できる合宿なんて青春アルバムの貴重な1ページを飾ってくれる大事なイベントになるのだろう。


 けれども大人のたしなみを好みハードボイルドな一面を持つ俺や、そして繊細かつ純白な心を持ったお美しい真理愛さんのような大人の女性からすれば、そんな幼稚くさくて野蛮なイベントなど言語道断。

 まだまだひよっこでガキンチョな二人だけでワイワイとバカ騒ぎしに行けばいいだ――



「私も……参加しようと思う」



 不意にキッチンの方から聞こえてきたのは、真理愛さんのお淑やかで美しい声音。

 そしてその言葉の意味を理解した瞬間、思わず「え?」と動揺を隠せずフリーズしてしまう俺。


 あれおかしいな……真理愛さんぜったいこういうイベント好きじゃないって思ってたんだけど?


 思わぬ予想外な展開に、右手に持ったコップがブルブルと震え出す。

 するとそんな自分に追い討ちをかけるかのように、再び心晴が言う。


「そりゃやっぱこんな楽しいイベント、みんなフツーは参加するやんな。あーあ、結局まさ兄だけ――」



「心晴、もちろん俺も参加するぞッ!」


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