第43話 これがいつもの修羅ハウス その②
俺が放った気合の入った一言に、今度は心晴のほうが「え?」と驚きの声を漏らしてフライパン片手にフリーズする。
そこまで動揺させてしまうほど自分の意見を曲げてしまった俺だが、もちろん前言撤回するつもりなんて一ミリもない。
真理愛さんが行くというのなら、たとえ地獄の果てでもお付き合いするのがフィアンセの役目。
それに……
真理愛さんと合宿 → 夜中二人で抜け出す → 一夜から始まる最高の恋物語!
数学の点数がどれだけ悪くてもすぐさまそんな公式が思い浮かんだ俺は、よしっと一人心の中でガッツポーズを取る。
そうだな二人っきりで抜け出す理由は、『真理愛さんに勉強を教えてもらうから』でいいだろう。うん、最高だ。
琵琶湖合宿に乾杯! と一人たからかに水の入ったコップで乾杯していると、目の前で何やら怪訝そうな睨みを利かしてくる女が一人。
「なによ、アンタも行く気なの?」
「当たり前だろ。俺がこの合宿をどれだけ楽しみにしていたと思ってる」
むしろこのためにこの学校に入学してきたほどだ。とおちゃらけた顔でそんな冗談の一つでも放てば、「……きも」と向こうは真顔で卑劣な言葉を放ってきた。
相変わらずコイツは俺に対して容赦ないなと口では勝てないのでジト目で睨んでいると、今度は俺の耳に優しい声が届いてくる。
「ま……まさ君も参加するんだね」
「そ、そうですね……真理愛さん」
「「……」」
先ほどまでのガヤガヤとしたうるさい雰囲気はどこへやら、俺と真理愛さんの会話によって生まれたのは、何やら新婚生活にも似た気恥ずかしい沈黙だ。
あの公園での一件以来、「萩野くん」から「まさ君」へと大きな昇格を成し遂げた俺は、付き合っていた頃と同じように、こうやって真理愛さんからファーストネームで呼ばれては、自分もまた呼び返している。
けれどもそんな俺たちの甘いライフよりもライスの方に興味がある心晴は、ホワイトソースの代わりにお好みソースを大量にフライパンにぶちまけているご様子。……あと朱華、お前はなぜスナイパーのような目で俺のことを射殺してくるの?
何やら不機嫌さが増したような気がする朱華とはできるだけ目が合わないように視線をそわそわとさせていると、「よし完成っ」と満足げな声を発した心晴が続け様に言う。
「それとウチらの学校の合宿って恋愛成就の言い伝えでも有名やしなー」
「何だよ恋愛成就の言い伝えって?」
俺の聞き返しに、なぜかピクリと同時に身体を震わせた三姉妹。そして彼女たちの中で、末っ子が真っ先に反応する。
「おやおやおや、将門兄さんはこの言い伝えをご存じではないと?」
「ああ、ご存じではないしその喋り方はなんかムカつくからやめろ」
年上である俺の注意もなんのその、「おねーちゃんたちは知ってるやんな?」とけろりとした態度ですぐに話しを逸らしてくる心晴。
「そ、そうね……私は少しぐらいだけど」
「あたしもその話し
ほほう……同じ家には住んでいるが、どうやら俺だけが蚊帳の外にいるらしい。というより女子はほんとにこの手の話しが好きだよな。
「なんだよ朱華、お前もそれ目当てなのか?」
「ッ⁉︎」
とりあえず場繋ぎ程度のつもりで軽く口にした言葉だったのだが、なぜか急にスマホを落としそうなぐらい動揺し始めた朱華。
「ば、ば、バカ言わないでよっ! あたしはただ友達みんなと一緒に遊びたいから行くだけだし!」
このバカっ! となぜか突然いつもの五割増しの機嫌の悪さと口調で言葉を返してくるツンデレラ。……何この子、もしかして今日生理なの?
なんてことを言えば今度は間違いなく殺されてしまう上、真理愛さんにもドン引きされてしまうので、ここは大人しく悔しさと一緒に水を飲み込む。
まったく、これだからすぐに恋愛思考になる女は……
そんな呆れた言葉を心の中で呟き、俺はそっと視線を窓の外へと移すと、ライトアップされた夜の通天閣を見つめる。
男であれば人生でも恋愛でも、噂や迷信を頼りにするのではなく、己の道を信ずることが大切。
水をウィスキーに見立てて大阪の夜景を眺めるハードボイルドな俺は、そんな決意を改めて胸に刻むと明日からの計画を一人真剣に練る。
さーて、まずはどんな言い伝えなのかばっちりリサーチしないとっ!
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