第40話 やはりいつもの日常です。
キンコンカンとリズム良くチャイムの音が響いた直後、それまで静まり返っていた教室にざわざとした賑やかさが戻っていく。
そんな解放感漂う休み時間の中、俺は椅子の背もたれにぐったりと背中を預けると天を仰いだ。
「……終わった」
セリフと口調はまるで試合後の燃え尽きたボクサー。
けれども呟いた言葉は、何も苦手な数学の授業との戦いが終わったことを示したものではない。
「
苦笑いと共に俺にそんな言葉を投げかけてきたのは、一つ前の席に座っている
ジメジメとした梅雨真っ只中の季節にも関わらず、それでもその爽やかさは失われないのだからやっぱりイケメンはセコいと思う。
そんなことをグジグジと心の中で思いながら、俺は「やっぱり?」とあえてとぼけた口調で返事をする。
そしてそんな自分の視線の先にあるのは、机の上に置かれた一枚の答案用紙。
そう、先日行われた中間テストの結果が返ってきたのである。
「ま、まあこれから勉強頑張ったらまだ何とかなるやろ?」
「……」
いつもならさりげない気遣いが得意な橘も、さすがに俺の衝撃的な点数を前にうまく気が遣えなかったのか、話しの最後になぜかクエスチョンマークをつけてしまう始末。
まあでもこの点数、逆さから見れば91点に見えるし悪くないだろ。
などとくだらないことを考えて現実逃避を試みようとしたが、現実の方はそう簡単に逃がしてくれるつもりはないようで、どう頑張っても逆さまに見れない。
しかし……しかし、だ。
俺にだってこんな点数を取ってしまった理由がある。言い訳がある。
それもこれも今回のテスト期間中に短縮授業になったことをいいことに、家に帰ると連日のように「まさ兄、ゲームやろやっ!」と誘ってきたあのバカ娘でサル娘の
しかも何の嫌がらせなのか、奴は頭を使いながら身体を動かすゲームばかりをチョイスしてくるので、終わった後にテスト勉強などまず不可能。
挙句の果てに俺の心まで乱すつもりだったのか、心晴は目の前でぴょんぴょんと飛び跳ねては余計なものまでぽにょぽにょと揺らしてくるので男の俺としてはたまったものじゃなかったし……しかもアイツぜったいに下着つけてなかっただろ。
つい先日も薄着で無邪気に飛び跳ねていた心晴の姿を思い出してしまい、ちょこっと下心が下の方で元気になってしまいそうになり慌てて意識を切り替えた。
「あれ、萩野って意外と頭悪かってんな」
突然背後からそんな失礼な言葉が聞こえてて、俺は「
するとそこにいたのは橘と同じくイケメンカースト上位で眼鏡が似合う
「
「う、うす……」
今日もコワモテな顔でギロリと自分のことを見下ろしてくる大男に、俺もぎこちない口調ながらも返事を返す。
その見た目からヤーさん系の映画にでも出ていそうな風貌だが、意外にもミシンが得意でシャイな一面を持った
どういったご縁があったのが、俺は何かとこのリア充三人とつるむ機会があったりする。
ちなみにこの奇妙なカルテットはわりとクラスの中でも認知されているようで、一部のクラスメイトからは『イケメン三銃士と小さなゴブリン』というチーム名までつけられているらしい。……ってか俺の人権を無視したこのチーム名の名付け親ってぜったいに
なんてことを思い教室の真ん中でいつものようにバカ騒ぎしているグループに目をやれば、俺の宿敵であるツンデレラもたまたまこちらを見ていたようで、視線が合うなりすぐさまふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてきた。
くそっ、今日はぜったい風呂掃除しないからな! なんて心の中で女々しい反撃を繰り出していると、そんな俺の耳に再び雨宮の言葉が届く。
「ってか萩野、勉強が苦手なんやったら今度の琵琶湖合宿に参加してみたら?」
「琵琶湖合宿?」
雨宮の言葉に、俺は小さく首を傾げた。そういえば、昨日の夜も心晴が同じことを言ってたな。
『マジでめーーーっちゃオモロい合宿があるから、まさ兄もぜったい参加しなアカンで!』と。
あいつが『オモロい』とか『ぜったい』とかいう物事に対して、本当に面白くてかつ安全安心だった試しがなかった俺はもちろんその場で秒で断ったのだが。
そもそも合宿とか旅行で盛り上がるやつなんて、クラスでも充実した青春を送るリア充たちだけだ。
現実はラノベやアニメのように甘くなどなく、根暗で陰キャで存在感のない奴に女の子とラブなイベントなんて発生しないし、男同士で露天風呂に浸かりながら恋バナトークに華を咲かせることもない。
だいたいなんだよ琵琶湖って。大阪だったら河内湖でもいいだろ。
でもたしか七世紀頃に消えたんだっけ。と大阪豆知識を無駄に一人心の中で披露しては、何やら楽しげに話しを進めている三人から距離を置く自分。
「俺ら三人は中学の時から参加してるんやけど、場所も良いとこやし自由に遊べるからけっこうおもろいで」
「へー……」
そうなんだ、と俺は橘の言葉に表向きは興味があるフリをしながら、そのままそっと席を立ち上がる。
このまま会話に巻き込まれて参加する羽目になってしまうなど心底迷惑だし、ましてや自ら立候補するほど愚かな人間でもない。
そんな合宿はリア充たちだけで楽しみたまえ、とハードボイルドな表情を浮かべて三人に対して背を向けようとした時だった。
ふいに俺と目があった雨宮が言う。
「あ、そうや。今日の放課後そろそろ萩野の家に――」
「ヤバいっ、ちょっと下痢っぽいからトイレ行ってくるわ!」
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