第34話 だからあたしは……

 休日の大阪の街は、心にぽっかりと穴が開いた今のあたしには耳障りなほど賑やかだった。


「……将門まさかどのバカ」


 人混みと喧騒の中を縫うようにして歩きながら、ついそんな言葉を呟く自分。


 脳裏に浮かぶのは、映画館でのさっきの出来事。


 将門の方からあんなことを言われてしまった時、何故かひどくショックを受けてしまった自分に正直驚いてしまった。

 そしてそんな事実から逃げ出すかのように、友達のもとを一人勝手に立ち去ってしまったあたし。

 普段情けない奴だからといって人前ではアイツに冷たくあたってしまうくせに、いざ自分の方が拒絶されると、こんなにも動揺して悲しくなっちゃうなんて……


「バカなのは……あたしのほうか」


 再びそんな言葉をぼそりと漏らすと、紙袋を握っている右手にきゅっと力を込める。

 ずっとそんなことを考えて歩いていたせいか、気づけば映画館があった建物から離れた場所を一人歩いていた。

 そろそろみんなのところに戻らないと、と立ち止まったあたしは、自分の居場所を確認しようとスマホを取り出す。

そしてマップのアプリを開きながら、頭上に見える赤い観覧車をふと見上げた時だった。


「なぁなぁ君、もしかして今一人なん?」


 不意に耳元で馴れ馴れしい声が聞こえて、あたしは「え?」とビクリと肩を震わす。


「一人なんやったら、ちょっと俺と話しせーへん?」

「……」


 おそらくホストか、ただのナンパだろう。

 スマホを片手にやけにチャラそうな男が自分の真横に立っていた。

 あたしは動揺を悟られないように、「すいません今急いでるんで」と端的に答えるとすぐさま逃げるように歩き出す。


「まあそんな冷たいこと言わんとさ、ちょっと話しだけでも聞いてや」

「……だから急いでるんですって」


 しつこく声をかけてくる相手にあたしは小声でそう言い返すと、歩くスピードを早めた。

 けれども相手も諦めるつもりはないらしく、同じように歩調を早めてくるではないか。


 この人、どこまで付いてくるつもりなんだろ……


 冷たく接していたらすぐに諦めてくれるかと思いきや、どれだけ話しを無視してもぺちゃくちゃとうるさく喋りながら自分の隣をついてくる男。

 それどころか、気づけばまるで誘導されていたみたいにいつの間にか裏通りに足を踏み入れていて、辺りの人通りも極端に少なくなっていた。


 このまま進んでもどこに向かっているのかわからず、恐怖と共に嫌な汗がじわりと背中を伝っていく。

 それでもあたしは涙目になってしまいそうになるのを必死に堪えて、一度足を止めるとそのまま振り返り元来た道を引き返そうとした。……のだが、


「あ、もしかして迷子になったんとちゃう?」

「……」


 道を塞ぐかのようにあたしの前に立って、にやりと不気味な笑みを浮かべる男。そして「俺が道教えたるわ」と言ってきたかと思うと、突然あたしの右手を掴もうとする。


「ちょっと触んないで――」


 慌てて男の手を払いのけると一歩後ずさる自分。

 そのせいで抑えていた恐怖も限界に達してしまい、相手のことを睨みつける視界がじわりと滲む。


 もはやこんな事態を招いてしまった自分に情けなさを感じながらも、誰か助けて……と思わずそんな声を漏らしそうになった時だった。

 不意にあたしの耳に届いたのは、聞き覚えのある声。


「あ、あのー……」

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