第31話 裏・これも私の休日です。その②
「ほほう。映画終わりに二人だけで抜け駆けとは、あの二人もなかなかやりますなぁ」
「……」
何やらわざとらしい口調でそんな言葉を漏らし、ニヤリとイタズラな笑みを浮かべる
そして方や黙ったままの私の視線の先にいるのは、同じ店内で楽しそうにマグカップを選んでいるまさ君と
その光景があまりにも眩しくて悔しいのなんのって、あんなのまるで一緒に住み始めた新婚の二人が……
「もしかしてまさ兄たち、ペアで使うマグカップでも探してんのかな?」
「ッ⁉︎」
ポロリが好きな心晴ちゃんが突然そんなことをポロっと言ってきたので、私は思わずぎょっとした顔で二人のことを凝視する。
けれども朱華ちゃんがそれぞれ違うデザインのマグカップを手に取っているところを見ると、どうやらペアで買うつもりはないようだ。
なんだかあのお猿さんのマグカップ、まさ君に似ているなぁ。なんて違うことを考えてモヤっとする気持ちを少しでも落ち着かせようとするも、意識はどうしても楽しげに話している二人の方へと引っ張られてしまう。
まさ君とふたりでいる時って、朱華ちゃんあんな風に笑うんだ……
初めて見る妹のその表情に、再びチクリと胸の奥が痛んでしまう自分。
もちろん朱華ちゃんが笑っているところなんて今まで数えきれないほど見てきたけれど、まさ君に向けられているあの笑顔は私や心晴ちゃんに対してのものとは何かがちがう。こう、いつもより華があるというか嬉しそうというか……
そんなことを考えれば考えるほど心晴ちゃんが言う通り、朱華ちゃんがまさ君のことを好きになっているんじゃないかと不安になってしまう自分。
そしてそんな私の隣では……
「ゔゔゔゔ――ん、ごれ効ぐぅぅっ!」
「……」
どうやら言い出しっぺの心晴ちゃんは二人を観察することよりも興味があることを見つけてしまったらしく、一人椅子に座ってマッサージクッションを試していた。
その後もまさ君と朱華ちゃんはお洒落なアパレルショップに始まり、アクセサリー屋さんやスタバが併設されている本屋さん、それに地下に広がるスイ―ツショップなどを訪れては二人だけの時間を堪能していた。
おそらく他の友達が映画を観終わるまでの時間潰しだとは思うのだけれど、その光景は誰がどう見たってもはやデー……
「……ま、まり姉ちゃん?」
地下で買ったタピオカを片手に隣を歩く心晴ちゃんが、何やら怯えたような声で呼びかけてきた。
「……どうしたの、こはるちゃん?」
「ひっ」
普段通りに返事をしただけなのに、なぜか私の顔を見てさらに怯えてしまう妹……ふふっ、心晴ちゃんったらヘンな子。
そんなやり取りもありつつ、まさ君たちにバレないように二人の後を付けていると、目の前を歩いていた朱華ちゃんがふと足を止めるのが見えた。
「うわぁー、あや姉けっこう積極的やなぁ」
「ッ⁉︎」
驚きの声を漏らす心晴ちゃんの視線の先では、あろうことか朱華ちゃんがまさ君のことを誘って女性ものの下着ショップに足を踏み入れていくではないか!
「なるほど水着を言い訳に……」と興味津々に目を輝かせながらぶつぶつと一人そんなことを呟いている心晴ちゃん。
もちろん私はといえば、あまりの動揺に映画を観ていた時よりも心拍数が急上昇中。
そして私たちは近くのエレベーター付近で立ち話しをするフリをして、二人のことをじっと観察する。
あぁもう……声が聞こえない。
水着を手にして何やら楽し気な会話をしている二人なのだが、距離があるせいでどんな会話をしているかまではさすがにわからない。
「『ねぇねぇ、あたしにはどっちが似合うと思う?』」
「?」
歯痒い思いでぎゅっと唇を噛み締めながらまさ君たちの様子を見ていたら、何やら隣で勝手にアフレコを始めた心晴ちゃん。
「『そうだな、朱華の身体だったらやっぱり白だろ』『もうっ、まーくんったらなんか視線がエロぃ♡』」
「…………」
心晴ちゃん。と私は静かに呟いてそっと彼女の肩に手を置くと、たとえ冗談であったとしても心が耐えられない妄想劇をすぐにやめさせる。
しかしそんな妄想を止めたところで現実までもが止まってくれるわけもなく、「あっ」と声を上げた心晴ちゃんが二人の方を小さく指差す。
「なんかまさ兄のやつ、自分から選び始めたで!」
「えっ⁉」
心晴ちゃんの言葉に驚き二人の方へと視線を戻すと、朱華ちゃんが手にしている水着に対して小さく首を振ったまさ君が、そのまま近くのラックへと手を伸ばし……
「――ッ⁉」
私の目の前で、あろうことかまさ君はどう見たって水着ではなくかなり過激な下着を手に取ったかと思うと、それを朱華ちゃんに向かって堂々と差し出しているではないか!
「ま、まさ兄も……意外と積極的やな……」
さすがの心晴ちゃんもこの展開にはちょっと恥ずかしくなってしまったようで、口元に手を当てて顔を赤くしていた。
あー……やっぱりまさ君って……
彼が手にしている下着のデザインを見てまさ君の好みを再確認してしまった私は、恥ずかしさと動揺がピークに達してしまい、そのまま思わずへなへなと壁にもたれかかってしまう。
その後結局二人は逃げるように店から出てきたかと思うと、今度は朱華ちゃんが一人先にどこかへと向かっていき、そしてそれを追いかけるまさ君。
これは自分たちも早く追いかけないと、と弱った心に鞭打ち足を踏み出そうとしたら、隣でタピオカのカップを握りしめたまま、何やら落ち着きなく太ももをもじもじとすり合わせている心晴ちゃん。
そんな彼女に向かって「どうしたの?」と声を掛ければ、何故か心晴ちゃんは「いや、ちょっとその……」と少し恥ずかしそうに目を伏せたかと思うと、今度はチラッと上目遣いに私のことを見てきて――
「……おしっこ」
「…………」
言ってすぐに我慢が限界に達してしまったのか、「まさ兄たちのこと見張ってて!」と私に突然タピオカを預けてきた心晴ちゃんは、そのまま二人とは真逆の方向へとスタタタっと駆けていく。
そんな妹の後ろ姿を見て、女の子なんだから今度からはお手洗いって言うんだよって教えてげないと、と姉としてついそんな責任を感じてしまう私。
そしてその後心晴ちゃんから頼まれた通り、一人先にまさ君たちが向かった方へと歩き始めたのだが、
「……」
さっきまでまさ君たちがいた下着ショップの前でふと足を止めてしまった私は、ささっと辺りを見回して誰もいないことを確認すると、そのまま隠れるように店内の中へと入っていく。
そして、さっきからどうしても気になっていた一着へと手を伸ばした。
……なるほど、まさ君はこーゆうのが好みなのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます