第28話 これも私の休日です。その①

『いやぁ……そ、そこだけはダメぇ……』


 くちゅくちゅにゅるにゅるとスクリーンの中でヒロインの女体をもてあそぶのは、どら焼き型の円盤に乗って地球を侵略しにきたという宇宙人たち。

 エイリアンとタコを足して2で割ったような姿をした宇宙人による激しく生々しい触手攻撃に「ひゃぁぁっ!」ともはやアヘな顔のような表情を浮かべて淫らにもよだれを垂らしてしまっている金髪ヒロイン。

そして直後俺の隣からは「ひぃぃっ!」という悲鳴と共にもはやアホな顔のような……いや失敬、こちらはお美しい朱華あやかさんの驚き顔だった。


 ……なんでこうなったんだ?


 まったくもって物語ストーリーの中に没頭することができず、俺はただ冷静にスクリーンの中で起こっている陳腐な出来事を眺めていた。


 最初に断っておくが、別に朝っぱらから18禁を見ているわけではない。


 これはこの映画館が期間限定でやっている『発掘しよう! 世界のインディーズ映画!』というイベントで上映されている年齢制限もモザイクも一切ない真面目な一本。

 無類の物語好き、そして映画好きの俺はメジャーな作品よりもこういったB級作品やマニアックな作品のほうに惹かれてしまうという習性を持っており、それは悔しくも隣にいる相手も実は同じだったりする。


 はぁ……だからって、まさかコイツと二人で映画を観ることになるとは……


 ぷしゅーっと謎のしぶきがスクリーンの中でヒロインの身体から溢れている中、俺の心の中では同じように後悔の念が溢れかえっていた。

  

 あの後俺を含めた7人で何の映画を観るのかという話し合いは企画者である朱華にその一存がゆだねられて、結局「みんなそれぞれ好きなのものを見よう!」という何ともまあ日本人が好みそうなあやふやで平和的な解決策のもと各々が好きな映画を観ることになったのだ。

そして当初話していた通りたちばな雨宮あまみやはアメコミ原作のハリウッドを映画を、そして夏川なつかわさんは一人でパリピになることを諦めて、麻上あさがみさんと荒井あらいと一緒にピュアな青春ラブスト―リーを見ることになったのだ……って、荒井は本当にあっちで良かったのか?


 相変わらずビジュアルと性格のギャップがよくわからん男だと一人眉間に皺を寄せていたら、スクリーンの中では地球侵略のためにヒロインの生命エキスを吸い取った宇宙人が巨大化し、背中についたタコ糸を丸出しの状態で空を飛びながら次々と街の人に襲い掛かっていた。

 一体誰がこんなものを見て怖がるんだ? ともはやそのシュールさが作り手の本当の狙いではないのかと一人勝手に深読みしていると、どうやらドツボで怖がっている人間も確かにいるようで、朱華が俺の左腕にしがみついてきたではないか。


 ……どれだけ怖がってんだよコイツ。


 思わず呆れてそんなことを思いながらチラリと隣を見れば、必死になって俺の腕にしがみついているせいで彼女のほどよい大きさのお山がむにゅっと押し上げられてしまい、妙に色っぽい谷間がいやでも目についてしまう。

 さらには暗い室内でその柔らかそうな素肌の部分だけがスクリーンの光によってなまめかしく照らされているのだからそれがエロいのなんのって……いやこれまた失敬、お美しい限りだと思います。


 って俺は一体何を考えているんだ、と邪念というエイリアンに精神を乗っ取られそうになってしまったので、この映画はもしかしたら新手のSFサスペンスなのかもしれない。

 あとさっきから疑問に思っていたのだが、俺が買ったポップコーンが一口も食べることなく空っぽになって消えているのはミステリーということでよろしくて?


 などと本当にくだらないことを考えている間にいつの間にか映画は終わっていて、俺と朱華はエンドロールが始まると同時にそそくさと部屋を出た。


「ま、まあ……ちょっとビックリしたぐらいかな?」

「……」


 いや、俺からすればその発言のほうがビックリなんですけど?


 誰だよ腕にまでしがみついてビビってた奴は、なんてツッコミはもちろんできるわけもなく、俺はただ呆れたように小さくため息だけを吐き出す。

 するとロビーで立ち止まってスマホを取り出した朱華が再び言う。


「ってか今からどうすんの? けっこう時間余っちゃったけど」

「あーそうだな……」


 朱華の言葉に俺もスマホを取り出して時間を確認してみると、他のメンバーが映画を見終わるまでにまだ1時間以上も残っているではないか。

 ちなみに先ほど見た映画のコンセプトはその監督いわく、『いかに手短に地球を侵略できるか?』という斬新なアイデアのもとに成り立っているらしい。……ってかただの予算切れだろそれ。


 などとそんなことをどこの国にいるのかもわからない監督にツッコんだところで映画が終わってしまったことは事実なので、俺は余った時間の使い道がわからず途方に暮れる。

 朝から予想外なことばかりが起こってしまっているせいか、映画を見ている間も精神的にはよっぽど疲れていたらしく、ホラー映画のように背中に殺気のこもった視線を感じてしまう時があったほど。

 そうだ、今の俺に必要なのは一人でリフレッシュする時間だ。とやっとこさ暇の使い道を閃いた俺はすぐさま朱華に向かって言う。


「じゃ、じゃあ俺はみんなが見終わるまで蔦屋つたや書店に……」


 そう言ってこの映画館の隣のビルにあるオシャレ書店に一人逃げ込もうと右足を踏み出した直後、「ちょっと」という鋭い声音と共に俺のシャツの首根っこ部分が猫のように掴まれた。

 その瞬間、これは何だか嫌な予感がするぞと恐る恐る後ろを振り向いた時だった。

 

 何やら珍しく恥ずかしそうにさっと俺から視線を逸らした朱華が、きゅっと結んでいたその潤んだ唇をゆっくりと開く。


「その……たまにはあたしと付き合ってよ」

「…………」


 …………はい?

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