第27話 裏・これが私の休日です。

 迎えてしまった運命の日は、曇りきった自分の心とは違って透き通るほどの青空だった。


 そして私こと神嶋かみしま真理愛まりあは、再び訪れたJR大阪駅のホームに足を下ろして一人焦っている。

 だって……だって…………



「まり姉! 早よしな見失ってまうでっ」



 私と一緒にホームへと降りた心晴こはるちゃんがそんな声ともに人混みの中を早足に進んでいく。そんな彼女の背中に向かって「ちょっと心晴ちゃん!」と声をかけると、私も慌てて後をついていく。

 そしてそのまま視線をさらに前方へと移せば人混みの中に映るのは、見慣れた男の子の後ろ姿。


「にししっ、まさ兄のやつ全然気づいてないやん!」


 エスカレーターに乗って立ち止まった心晴ちゃんが、同じくまさ君の後ろ姿を見上げながら悪戯いたずらな笑みを浮かべる。

 そして私はというとそんな楽しそうな妹とは反対に、込み上げてくる罪悪感から「はぁ」とつい重いため息を吐いてしまった。


 こんな格好までして……何やってんだろ私。


 そんな言葉を心の中で漏らしながらチラリと自分の身体を見る。

 今日の服装は、普段滅多に履くことのないデニムのパンツと上には白のニットを合わせて、さらには一度も試したこのない伊達メガネまで掛けているという完全なる変装モードだ。

 そして一歩前にいる心晴ちゃんは黒のショートパンツに薄黄色のロングTシャツといういかにも彼女らしい動きやすそうな格好。そして何故か頭には虎のマークが入ったキャップを深くかぶっている。


 いつの間にタイガースファンになっちゃったんだろ? とつい思考がズレてそんな疑問を感じていたら、心晴ちゃんが何やらこちらをじーっと見つめてくる。


「まり姉って、ぜったいモデルになれると思うねんなぁ」

「なっ」


 急に実の妹からそんなことを言われてしまい、思わず顔を真っ赤に染めてしまう私。


「だってまり姉って綺麗やし何着ても似合うやん。それにおっぱいだってそんなおっきぃ……」

「しーっ!」


 私は慌てて心晴ちゃんの口を右手で塞ぐと、もう片方の手の人差し指を口元で立てた。

 素直でオープンな性格は良いことだが、こんな人前でもオープン過ぎるのは勘弁してほしい。

 本当に困った子だな……と姉として頭を抱えていると、エスカレーター終わりにタンっとリズム良く着地した心晴ちゃんが再びまさ君の後を追っていく。



 ――まり姉、明日はまさ兄のこと尾行するで!



 昨夜私の部屋に入ってくるなり、開口一番にそんなことを言ってきた心晴ちゃん。

 もちろん私は最初まったく状況が飲み込めずただ呆然としていたのだが、なんでも心晴ちゃんいわくまさ君と朱華あやかちゃんをくっつけるための作戦を見届けるために明日はこっそりと後を付ける必要があると話していたのだ。

 そんなことを熱く語る彼女に、後を付けることは良くないことだしそんなにすぐ二人の仲は縮まらないよと正論を口にしながら私はどうにかして心晴ちゃんの誘いを断ろうと、そしてあわよくばそんな計画を阻止しようと試みてみたのだが……



――大丈夫やって! 暗いとこで二人っきりになれば勝手に盛り上がってくっつくから!


「ッ⁉︎」



 無邪気な笑顔と共に、やたらと意味深かつ危険で怪しいことを口にしてきた心晴ちゃんに私は思わず目を丸くしてしまい、その後「うぅ……」と小さく唸り声を漏らして悩んだ結果……結局今に至ってしまう。


 あぁもう……私ったら最低だ。と自己嫌悪に陥りながらICCOCAの電子カードでピピっと改札を抜けると、あまりの人の多さにさっそく迷子になってしまいそうになる自分。

 すると直後「こっちこっち」と心晴ちゃんがすぐに右腕を掴んできて、私たちは再びまさ君の後をこっそりと追う。

 改札を出て右手へと進んでいくと見えてくるのは、ここ大阪梅田では最も栄えているという二大商業ビル、ルクアとルクアイーレだ。

 ファッションからインテリア、それにスイーツや日本初のショップなどが多数揃うこの施設は、高校生にも人気のスポット。……ちなみに私がこっそり買った下着のお店もこの中にあったりする。


 心晴ちゃんはそんな商業ビルを繋ぐ広場から大きな階段を上がってさらに上へと進んでいき、金と銀の時計塔がある広場にたどり着くと再びエスカレ―ターを上がっていく。


「寄り道せんところ見ると、まさ兄のやつよっぽど楽しみにしてるんやろなぁ」


 そう言いながら、何やら違う楽しさを味わうかのようにニヤニヤとした笑みを浮かべる心晴ちゃん。そんな彼女の横顔を見てしまい、私は思わずゴクリと唾を飲み込む。

 こんなことをしていて本当に大丈夫なのだろうかと悩みながら、長いエスカレーターを登り切った直後だった。


「うわぁ、綺麗っ」


 私は目の前に広がる大阪の絶景を見て思わず声を漏らした。


「ここなかなかすごいやろ! 夏になったらこっから淀川の花火大会とかも見えるし、この上行ったら農園もあんねんで」

「へぇ、そうなんだ」


 初めて来る場所、そして初めて耳にする話しに思わず心が刺激されてしまう私。

 しかも花火大会なんて聞いてしまうと、ついまさ君と浴衣デートをしているシーンを勝手に妄想しちゃう。

「やんっ」と思わず一人小声で恥ずかしがっていたら、そんな自分の隣では心晴ちゃんがぶつぶつと言う。


「んー……このまま階段で行ったらバレそうやなぁ」


 階段を上がっていくまさ君の背中を見つめながら、何やら難しそうな表情を浮かべる心晴ちゃん。そして直後「よしっ、こっちから行こか!」と言った心晴ちゃんは、すぐ後ろにある入り口からルクアの建物の中へと入っていく。

 同じく自分も足を進めるとどうやらここはレストランフロアになっているようで、目に映るものやフロアに漂う匂いは私を誘惑してくる危険なものばかりではないか。

 あんなところに串かつだるまがある! と大阪名物の一度は食べてみたいお店を見つけてしまいほんの少しだけぐぎゅぅとお腹を鳴らしながら、私は心晴ちゃんの後をついていき再びエスカレーターを上がった。


「おっ、おったおった」


 エスカレーターを上がった直後、壁際からそっと顔を出した心晴ちゃんが嬉しそうにそんな声を漏らす。

 

 あーなるほど……そういうことね。


 映画館へとやってきた私は、やっと昨日の心晴ちゃんの発言の意味を理解してとりあえずほっと安堵の息を…………いやいや、漏らしている場合ではない!

 二人っきりで映画とか、それってつまり……と今度は別の不安に駆られていると、「これだけ人がおったらバレへんやろ」と心晴ちゃんが柱のほうへとこっそり移動していく。


「やっぱ、『木を隠すならモリモリと!』やなっ」

「心晴ちゃん……それを言うなら『森の中』だよ」


 末っ子の国語の成績を心配しながらそんなツッコミを入れる私。けれどもすでに心晴ちゃんは目の前の光景に興味津々なのか、今度は柱からこっそりと顔を出して口元をニヤニヤとさせている。

 そんな妹の姿に小さくため息を吐き出しつつ、私もそっと視線を同じ方向へと移した。

 するとまさ君と朱華ちゃんの二人だけなのかと思いきや、どうやら共通の友達も一緒にいるようで、人混みの中でも一際賑やかで煌びやかなグループが目に付く。

 家にいる時と違って、こうやって学校の友達と一緒にいるまさ君の姿を見るのはなんだか新鮮で不思議な気分だった。


 やっぱり女の子の友達もいるんだ……


 朱華ちゃんだけじゃなく、知らない女の子たちと楽しげに話しているまさ君の姿を見て、思わず胸元でぎゅっと右手を握りしてしまう。

 金髪の女の子も、その隣にいる背が低い女の子もけっこう……ううん、すっごく可愛い。

 それに男の子だってカッコいい子ばっかりなので、あんな友達と一緒にいるなんてやっぱりまさ君の魅力もそれだけ高いということなのだろう。

 事実、「ほほう。北高人気のイケメントリオと仲良しなんてやるなぁまさ兄」と何やら心晴ちゃんも感心しているご様子だ。


 うぅ……いいなぁ朱華ちゃんは。


 まさ君と同じ友達に混じりながら楽しそうにわいわいと話している朱華ちゃんの姿を見て、心の中でついそんな言葉を漏らしてしまう私。

 こうやって見てしまうと、まさ君と同い年の朱華ちゃんが羨ましいし……というより、ちょっとズルい。


 私も一度でいいからまさ君と一緒のクラスになってみたいけれど、それは絶対に叶うことがないただの憧れ。

 こういう時、どうして自分だけが2年も早く生まれてきてしまったのだろうといつも後悔してしまうのだ。


 そんなことを考えていつの間にか小さくほっぺを膨らませていると、目の前では家でじゃれ合っている時みたいにまさ君の隣をぴったりとマークしている朱華ちゃん。


「おっ、さすがあや姉。まさ兄の下心を踏んづけよったか」

「……」


 隣で両手を双眼鏡のような形にしながら先ほどからぶつぶつと心晴ちゃんが一人実況中継を続けている。


「でも心晴ちゃん、まさ君たちがこれから映画を観るんだったら私たちはどうするの?」


 さすがに同じ映画を観るのは難しいし、とそんな疑問を口にすると、双眼鏡をこちらに向けてきた心晴ちゃんがニヤリと笑う。


「ふふふっ、そこはウチに任せてやまり姉」


 何やら怪しげな声音でそんな言葉を口にすると、心晴ちゃんはズボンのポケットから2枚のチケットを取り出してビシッと私に向けてきた。


「まさ兄たちが何見るかなんてウチにはバッチリわかるからっ!」

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