第26話 これが私の休日です。

 自由を掴み取ることができた日は、まるで神さまが祝福してくれているかのような晴天だった。


「いやー、やっぱ休みの日は一人に限るなっ!」


 穏やかな休日の日曜日、再びJR大阪駅へと降り立った俺はあまりの嬉しさに思わずそんな言葉を口にする。

 周りを見れば午前中とはいえ、すでに家族連れや友人恋人たちとわいわいしている人たちで賑わっている中、俺はボッチ最高といわんばかりにひとり意気揚々と連絡橋口の改札を出るとそのまま人の流れに乗って右手へと歩いていく。


 ここ最近の休日といえば家で朱華あやかに家事を命令されるか、「まさ兄一緒にゲームしよやっ」とわんぱくかつ迷惑極まりない心晴こはるのお誘いによってことごとく潰されてきた。

 もちろん隙あらば常に真理愛まりあさんと一緒にお出かけできるチャンスは狙っているのだが、休日の真理愛さんは知らぬ間に出かけていることが多く、残念ながら今のところ一度も実現したことはない。


「くっ」と今度は悔しさを滲ませた声を思わず漏らしてしまうのの、それでも久方ぶりに手に入れることができたボッチな休日を堪能するためにすぐに思考を切り替える。

 もちろん今日の目的は、あの紐パンイラストのラノベの続編を買いにきたわけではない。

 俺は目的地に向かう為、インフォメーションカウンター近くにあるエスカレーターを上がっていく。見上げた視線の先に映るのは、大きな金の時計塔。そう、ここが大阪駅の待ち合わせ場所によく使われているという噂の『時間ときの広場』だ。


 もちろん待ち人などいない俺は観光程度に広場を見渡し、そしてすぐにまたエスカレータ―へと乗り込み上を目指す。ちなみにこの広場の真上には四方が100メートル以上ある片流れの巨大な屋根が設置されているのだが、その造形は何度見上げても圧感で、さすがじゃらん観光ガイドで星四つを獲得している名所なだけはある。


 などとエセ建築家みたいなことを心の中でぶつぶつと呟きながら、今度は宇宙船にでも繋がっていそうな近未来的なデザインをしたエスカレーターを上がっていけば、見えてくるのは……


「おぉっ」


 エスカレ―ターを上がり切った直後、俺は目の前に見える景色を見て思わず感嘆の声を漏らす。

 小洒落こじゃれたテラスのような広場になった場所には、ゆったりとくつろげそうなベンチやテーブル席、そして何故か日本庭園まであり、その向こうには大阪の街がまるでジオラマのように一面と広がっている。

 ここまでくれば、目的の場所はもうすぐだ。

 俺は天空の城を目指す主人公になった気持ちで近くにある階段を上がっていく。するとそんな自分の目の前に現れたのは立派なガラス扉。

 そう。この場所こそ本日の目的地である関西最大級の映画館、大阪ステ―ションシティシネマだ。


「なるほど……ここが俺の導かれし場所か」とさっそく気分だけはハリウッドスターになったつもりでセリフ口調にそんな言葉を呟くと、俺はズボンのポケットから一枚のチケットを取り出す。

『一本無料!』と書かれたそれは、今まで散々無茶振りをしてきた心晴がつい先日謝礼といって渡してきたものだ。


「ふっ、俺も安くみられたものだな」


 呆れた口調でそんな言葉を口にした俺は、喜びを噛み締めるようにチケットを強く握りしめる。

 ラノベやアニメ含めて無類のストーリー好きの俺にとって、映画館というのはまさにディズニーやUSJにも匹敵する夢の国。

 俺はチケットを再びポケットに入れ直すとシャツの胸元をビシッと正し、そしてガラス扉を開けると颯爽と室内へと一歩踏み出す。


 さて、今日はどんな感動的な物語ストーリーが俺を待っているのだろ――


「あっ、萩野はぎのくんやん!」

「…………」


 おかしいな。見知らぬ大阪人しかいないはずの空間で、俺の名前が呼ばれたぞ?


 あぁ、きっと同じ名前の奴がいたのか。とすぐさま得意の現実逃避を発動させた俺だったか、直後「おーいっ」と明らかにこっちに向かって手を振る人物がいることに気づき絶望する。


「うげっ……」


 思わずそんな声を漏らした俺の視線の先にいたのは、いつもクラスで見ているイケメントリオと、そしてこれまた見覚えのある女子三人組だった。


「おうっ、やっぱ萩野も来てくれたんや」

「…………」


 プライベ―トでも相変わらず爽やかな笑顔を飛ばしてくるたちばなに対して、俺はぎこちない笑顔を浮かべると恐る恐る近づいていく。いや、そんなことより……


「ちょっと……なんでアンタがここにいるのよ?」


 敵意たっぷりの声音と共に鋭い視線を向けてきたのは、今朝おめかしをして家を出て行ったはずの朱華だった。


「い、いや俺は……」


 突如天国から地獄を超えて奈落の底へと叩き落とされてしまった俺は、状況がまったく理解できぬままただあわあわと唇を動かす。


 こ、これは一体どういうことだ? なぜこいつらがここにいる??


 よもやホラー映画の中にでも飛び込んでしまったのかとまたも現実逃避していると、金髪ギャルのクラスメイトが嬉しそうに言う。


「良かったやん朱華! 萩野くんも来てくれたからこれで妹ちゃんがくれたチケットも無駄にならへんなっ」

「いや、あたしは別にそんなつもりで……」

「……」


 あーなるほど……なるほどなるほど、事情は悟った。

 つまりあれか、俺の知らないところで奴はその人懐っこい性格から身内だけでなく他人にまで仲良しの輪を広げていたのか。

 一瞬して何もかも理解できてしまった俺はすーっと静かに息を吸い込むと、そんな年下の幼馴染みに向かって心の中で愛あるメッセージを送る。


 ……心晴コロス♡


 怒りも一周回ってハートマークで締めくくっていると、そんな自分の耳にやけに馴れ馴れしい声が届いてきた。


「なぁなぁ、うちのこと覚えてる?」

「あ、ああ……」


 覚えてますよ。同じクラスで金髪ギャル代表の夏川なつかわさんでしょ? そしてその隣にいるのがこの三人の中では一番まともであろう麻上あさがみさんだ。


「良かった、覚えてくれてたんや! 萩野くんってウチらとぜんっぜん絡まへんから忘れられてたらどうしようかと思ったわ」

「……」


 いやその見た目で忘れろといわれるほうが無理があるでしょ。

 

 派手な朱華の進化系ともいえる夏川さんを前に、思わずそんなツッコミを心の中で入れてしまう自分。けれども、男としての勘はハッキリと告げていた。

 たぶんコイツすっぴんでも可愛い、と。


 そんな魅力に気付いてしまった直後、「これからもヨロシクっ」とぐっと顔を近づけてきた夏川さん。同時に迫ってきたその大きな胸元とシャツの隙間からチラチラ見える谷間にドギマギしていたら、すすっと近づいてきた朱華に思いっきり右足の甲を踏みつけられてしまい思わず声にならない悲鳴をあげてしまう。

 さすがにこのままだと身も心もさらに痛いことになりそうだと思った俺は、ここは早いとこ退散しなければと危機感を感じて慌てて口を開く。


「じゃ、じゃあ俺はこの辺でそろそろ……」

「何言ってんねん。俺らと一緒に観るやろ」


 普段はクールであまり絡んでこないはずの雨宮あまみやが、なぜかそんなことを言って俺と肩を組んできた。……って、やめろよイケメン、興味がなくてもちょっとドキッてするじゃーねかよオイ!


 などと間違った性癖が顔を出しそうになったので慌ててそれに蓋をしていたら、今度は俺のことをギロリと見下ろしてきた大男が言う。


「しょうもん……お前は帰るんか?」

「い、いえその……自分はですね…………」



 もう……帰りてぇぇぇ――ッ!



 コワモテを前にブルブルと唇を震わすことしかできない俺は、代わりに心の中で大絶叫する。

 肩を組まれて圧力をかけられますます逃げ道を塞がれていると、今度は爽やかな声が耳に届く。


「とりあえず先になに観るのか決めよや」

「そうやね、もうすぐ始まっちゃう映画もあるみたいやし」


 冷静にこの場をまとめはじめた橘と、合わせてそれをフォローする麻上さん。

 どうやら自分もご一緒することは確定となってしまったようで、俺は観念するかのように肩を落とした。


「今やってる映画の中やったら……俺は『ダークナイトリミテッド』かな」

「あー俺もそれ観たいと思ってた」


 橘が口にした意見に、すぐさま同意の言葉を口にする雨宮。


「へぇ、雨宮もそういう映画に興味あるんだな」


 意外だった雨宮の返答に、俺は肩を組まれたままついそんな言葉を漏らす。知的でクールな雨宮のイメージだとアメコミ原作のいかにも男の子向けの映画よりも、本格ミステリーやサスペンス系のほうが好きなのかと思ったからだ。


 大人びた感じに見えるけど意外と中身は俺と同類なのかもな、と親近感と優越感を感じていると、続けざまに雨宮が言う。


「映画に興味あるっていうか、作曲家のほうかな。今回曲作ってる作曲家がたまたま俺が好きな人やったみたいやし」

「……」


 おいおい何だよそのふざけた理由は。ただでさえ知的なイケメン野郎が、そんな通な選び方で映画を見るとか反則だろ。

 俺だってハンスジマーとかジョンウィリアムズぐらいは知ってるからなっ、と心の中で眼鏡イケメンと張り合っていたら、「はいはーいっ」と今度は夏川さんが元気な声と共に右手を挙げる。


「うちはやっぱ『パリピなポリパ!』やな! この前CM見た時めっちゃオモロそうやなって思ったし」

「うーん、わたしは今日から公開の『恋と夜空』が興味あるけど……みんなが観たいのに合わせるよ」


 そんな優しい気遣いをしてくれる麻上さんは、その可愛らしくて癒し系の見た目通り青春純愛物に興味があるようで。あと夏川さんの映画はよくわからないし、やたらとパ行が多いのでこちらはアウトだろう。


 などと他人の映画の好みを評論家みたいに一人ジャッジしていると、再び夏川さんがハキハキとした声で言う。


「なんかこのままやったら一生まとまらなさそうやし、ここは朱華に決めてもらおや」

「えぇ、わたしが⁉」


 友人の突然の提案に、何やら女の子らしくあたふたとしたリアクションを取る朱華。


「そりゃそうやろ、だって朱華がチケットくれたおかげで映画見れるんやから」


 なっ、と同意を求めてきた夏川さんに周りにいるメンバーもうんうんと頷く。もちろん俺に選択肢はないので誰よりも大きく頷く。


「うーん、そんなこと急に言われても……」


 にゅっと眉尻を下げて少し困ったような表情を浮かべる朱華。

 けれどもこの場を進展させるには自分が選ぶしかないと覚悟が決まったのか、グロスを塗って普段よりもぷるんと色気がある唇がゆっくりと開く。


「それじゃあ――」

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