シェアハウスの相手は幼馴染みの三姉妹。そしてその姉が実は元カノ。

第24話 修羅たちが集う食卓。

「あのさ将門（まさかど）、これはなに？」

「……」

　学校でのツンツン態度は変わらず、夕食時でも目の前でイガグリみたいにツンツンしている朱華（あやか）が言う。

「えーその、これはですね……」

　自分が作った料理を前に、そしてまるで上司を前にした平社員のように、俺はできるだけ丁寧な言葉遣いを心がける。

　今日の晩飯当番だった俺は、本日も心晴（こはる）のわがままなリクエストによって、大阪在住の人間らしくお好み焼きなるものに挑戦してみたのだ。

　そう、挑戦してはみたのだが……

「あんたさ、真面目に料理する気あんの？」

「す、すいません……」

　目の前のお皿に乗せられているのは、まだ名前も手も付けられていない俺の手料理・物体Ｘ。

　本来なら美しい円を描くはずのその輪郭は無残にも多方面に枝を伸ばし、抑えきれなかった火力と同じく、極度の興奮状態によって真っ黒になった千切りキャベツたち。

　そしてトドメは、まるでひき逃げ事件にあってしまったかのように引き伸びている豚のひき肉。

　まあつまりこの状態を一言でわかりやすく言い表すとしたら……墜落したＵＦＯだ。

　ＵＦＯでも焼きそばの方だったら絶対失敗しなかったのになぁ、と今さらになってインスタントにしておけば良かったと後悔する俺。

「まさ兄ってほんま料理ヘタくそやなっ」

「……」

　自分のリクエストによって俺が甚大な被害を受けているにも関わらず、そんなことはまったく気にせずに隣で大笑いしてくる心晴。

　そして斜め前に座る真理愛（まりあ）さんに関しては、夕食にゲテモノを出されたことによほど機嫌を悪くしてしまっているのか、さっきから朱華に責め立てられている俺に視線さえ向けてくれない。……ぐすん。

　しかし一度この世界に産み落とされてしまったのもは取り消すことはできないし、何より食の神さまにも食材たちにも失礼だ。

　そう思った俺は、まずは自分が毒味をとお箸を手にして頂きますのポーズを取る。ちなみにお好み焼きというのは意外と歴史が古く、遡れば安土桃山時代に千利休が……ってオイ心晴、勝手にマヨネーズをかけるな。

　俺の味付けをリセットするかのようにどばどばとマヨネーズをかけ始めた心晴を睨んでいると、再びイガグリがとげとげしいことを

言う。

「今どき料理もできない男は結婚できないわよ」

「う、うるさいな……」

　遠回しに将来孤独死だと断言されてしまった俺。

　思わずまた「ぐすん」と鼻をすすってしまいそうになる俺に代わって、やっとマヨネーズをかけ終わった心晴が言う。

「じゃああや姉はどんな人と結婚したいん？」

「えっ？」

　いつもの心晴の悪ふざけた質問に、何故か珍しく少し焦ったような表情を浮かべて口ごもる朱華。

　するとそんな姉よりも先に、聞いてもいないのに質問者が自ら答える。

「ちなみにウチはまさ兄みたいな人っ！」

「「ッ⁉」」

　あれ、お好み焼き凍ってる？　

　と聞きたくなるほど一瞬冷え切った空気が何故か食卓を包んだ。

　同じくまったく微動だにせず固まる長女と次女。

　そして俺はというと心晴の冗談に不覚にもドキドキしてしまったことは露にも出さず、一人ずずずと茶を飲み、茶を濁す。

　しかしそんな冷戦にも似た状況の中でも、「それであや姉は？」と再び臆せず姉に切り込んでいくのがわんぱく娘だ。

「そ、そりゃあ……あたしはもちろん将門と違って頼りになる人で、将門と違ってカッコ良くて優しくて、将門と違って……」

「おい、俺を比較対象に使いすぎだろ」

　何だよ俺ってなにかの基準値？　と思わず突っ込んでしまいたくなるほどの使用率。

　そして心晴はといえば腹立たしいことに、そんな俺たちのやりとりを見てやけにニヤニヤとしているではないか。

　ここは人生の先輩としてそろそろ叱るべきかと思っていた時だった。

　先に心晴が聞いてはいけないことを聞いてしまう。

「まり姉はどんな人と結婚したい？」

「わ、私は…………」

　あろうことか、俺がいる前で真理愛さんにそんな冒涜的な質問をぶち込んできた心晴。

　こいつマジで何聞いてんだよっ！　と思わず目を見開いていると、俺の心の準備もできぬまま真理愛さんがその唇をゆっくりと開く。

「よ……余韻がある人、かな」

「…………」

　さすが真理愛さん、表現の仕方が詩人的で美しく文学的だ。

　うん、宇宙を感じる。と真理愛さんの好みのタイプをまったく理解できなかった俺は、とりあえずここは自分も文学的らしくまとめてみた。

　するとこんなふざけた会話に耐えられなくなったのか、朱華が再びトゲトゲを出す。

「だいたいあんたまだ中学生のくせに生意気なこと聞くんじゃないわよ」

「えーこんな質問中学生でも普通やって。だって三組のミカちゃんとかこの前彼氏の家に遊びに行った時に勢いでもうエッ――」

「ほーら心晴ぅー！　マヨネーズたくさんかけてやるぞぉーッ！」

　またもくだらない爆弾発言を仕掛けてきそうになった心晴の話しを、俺は慌ててマヨネーズ片手に抑え込む。…………はずだったのだが、

「それやったら聞くけど……あや姉とかまり姉は付き合ったことあんの？」

　ぽとっ。

　心晴のお好み焼きにぶちまけてやろうと思っていたマヨネーズが、俺の右手から静かにこぼれ落ちた。

「……」

　おいおい嘘だろ心晴……いくらキラーパスが好きだからって、お前がほんとにキラーになってどうすんだよ。

　一瞬にして死刑台に立たされたかのような気分になってしまった俺は、今度は自分が硬直したまま鉛のように重い唾をゴクリと飲み込む。　　

　そしてギギギとぎこちない動きで首を動かして、同じく被害を受けてしまった真理愛さんの方を見てみると……

　あ…………青ざめてるぅぅぅ――――っ！！

　どうやら今の心晴の発言は、さすがの真理愛さんにとっても破壊力があったようで、あの冷静沈着な真理愛さんの顔があきらかに青ざめているではないか。そして目が泳いでいる。

　これはとんでもない事態になってしまったと俺も顔を青くしていると、一人だけくっと悔しそうに表情を歪めた奴が言う。

「ま、まだ無いわよっ」

　悪かったわねっ！　と妹に痛いところを突かれてしまい、負け犬の遠吠えのように謝罪する朱華。……というより朱華のやつ、意外とまだ付き合ったことなかったんだな。

　などと余計なことを一瞬考えて現実逃避していた俺だったが、そんな自分の隣では完全にキラーと化した心晴が「まり姉は？」と押してはいけない最後のスイッチを押してしまった。

　そして――

「わ……わた……わたし、は………」

　ダメだ……完全に真理愛さんの思考回路が壊れている。

　妹たち二人の視線を前に、さっきから同じ言葉しか繰り返していない真理愛さん。

　そりゃそうだ。俺と付き合っていたという人生の汚点をあれだけ誰にも知られたくないと思っている真理愛さんにとって、この状況はあまりにも地獄。

　そしてそんな心境を察してしまっている俺自身が地獄の一番ど真ん中にいることは間違いないだろう。

　くっ、こうなったら……

　俺は三姉妹の性格と傾向を即座に分析し、この血みどろと化した状況から逃げ出すための道筋を急ピッチで組み立てる。

　そして、一か八かの賭けに出た。

「よっ、よーっし！　そろそろデザートのメロンでも食うかっ！」

「「「ッ！」」」

　俺の発言がダイニングに響いた瞬間だった。

　殺伐と凍りついていた部屋の空気に、初めて爽やかな風が吹いた。

　そして直後、「メロンがあるんっ⁉」と真っ先に食いついてくる心晴。さらに同じように目を輝かせている他の姉妹たちを見て、俺は自分の賭けが成功したことにほっと息を吐き出す。

　男（おとこ）将門（まさかど）、だてに１５年間この姉妹の幼馴染みをやっているわけじゃない。

　まるでこうなることを予想していたかのように準備万端な俺は、好みも性格も違う三姉妹ではあるが唯一共通している弱点を突くための切り札を使ったのだ。

　やはり俺はできる男だ。と普段誰にも褒めてもらうことがないのでとりあえず自分自身に称賛を送りつつ、俺は心晴に対して「まあな」とカッコよく返事をするとサッと席を立つ。

　そして三人の期待と喜びを滲ませた視線を背中に感じながらそのまま冷蔵庫があるキッチンには向かわず、颯爽とした足取りで廊下へと出る。

　……さーて、今から２４時間スーパーにでも行ってこよっか！