第23話 裏・それでも日常はやってくる。

「はぁ……」


 昼休みで賑わう教室の風景をぼんやりと眺めながら、私は静かにため息を漏らす。


真理愛まりあちゃん、まーたため息ついてるで」


 目の前からそんな言葉をかけてきたのは、椅子の背もたれに両腕をかけてこちらを見つめてくる真澄ますみちゃんだ。


「そんなため息ばっかついてたら、幸せ逃げてまうから気―つけや」

「うっ」


 真澄ちゃんに痛いところを突かれてしまい、思わず小さく悲鳴が漏れた。


 いやあの……もう逃げていってしまいそうなんですけどぉ……


 言えるはずもないそんな弱音を胸の中だけでそっと呟くと、私は視線を中学校の校舎が見える窓の方へとそっと移す。


 昨夜遅くに私の部屋へとやってきた心晴こはるちゃんは今年一番……いや、今まで一番衝撃的な爆弾発言を放ってきた。

 今でもハッキリと耳にこべりついてしまっている妹の発言を思い出してしまうと、ただでさえ血圧の低い私からさらにさぁーと血の気が引いていく。


 心晴ちゃん……ほんとにまさ君と朱華あやかちゃんのことをくっつけるつもりなのかな?


 胸の中で渦巻く不安は、朝からずっとこの調子で同じ自問自答を繰り返していた。

 朱華ちゃんとまさ君を恋人同士にする為に長女である私に協力を求めてきた心晴ちゃん。

 そんな彼女の提案に対して私はあの手この手でやんわりと断ろうとしたものの、向こうもこの手あの手で「まり姉も協力してやっ」とまったく引き下がってくれず、真夜中にそんなやりとりを姉妹二人で延々と繰り返して、結局――



 うん。…………って、言っちゃったよぉぉぉ―――っ!!



 あまりにも愚かすぎる返事をしてしまった自分自身に、思わず友達の前で頭を抱えてしまいそうになる私。


 もう真理愛のばかばかバカっ! なんであそこでちゃんと断らなかったの⁉︎


 激しい後悔と共に、心の中で私はポカポカと自分の頭を叩く。

 昨夜の心晴ちゃんの話しを聞いて、以前私があの三人に対して疑っていたような関係はただの勘違いだったということはハッキリしたけれど、このままだといずれ本当にまさ君が持っていた本のタイトルのような展開になることも否めない。

 しかも恐ろしいことに、心晴ちゃんいわくあの二人をくっつける為の作戦はすでに遂行中というではないか。


「ど、どうしよう……」


 我慢できずに、私はこそっと狼狽えた声を漏らしてしまう。

 それに……もしだ。もし心晴ちゃんが言う通り、本当に朱華ちゃんがまさ君のことを好きだとすれば、私はいずれ朱華ちゃんと……



――まりあちゃんはおねえちゃんだから、妹たちをよろしくねぇ。



「――ッ」


 不意に心の奥底で懐かしい声が聞こえたような気がして、私はハッと目を見開く。

 するとそんな自分の耳に、今度はふと真澄ちゃんの声が届いた。


「そういや真理愛ちゃんって、妹さんもこの学校におんねんな?」

「えっ」


 突然真澄ちゃんの口からタイムリーにそんな話題が出てきて、思わずビクリと肩が震えた。


「この前うちの弟が自慢げに話しててん。俺のクラスにおる神嶋かみしまさんって子がめっちゃ可愛くて人気あんねんって」

「そ、そうだったんですね……」


 興味深々にそんな話題を口にしてきた真澄ちゃんに対して、つい引きつった笑みを返してしまう私。

 それにしても転校してきたばかりで男の子からそんな噂をされているなんて、やっぱり凄いな朱華ちゃんは……。

 なんだが自分との差を聞かされているような気がしてしまい、またもため息が出そうになったのをきゅっと唇を結んで我慢する。


「それに中学にももう一人妹おるんやろ? だからそれ聞いた時に『あ〜それでか』ってなんか納得できてんなぁ」


 ふいに真澄ちゃんが口にした言葉を聞いて、「納得?」と私はこくりと首を傾げた。


「なんか真理愛ちゃんって何でも一人でこなすタイプっていうか、ぜったい誰にも頼らなさそうな雰囲気があるやん」

「そう……ですか?」


 あまり面と向かって言われたことのない自分の印象に、私は戸惑いながら聞き返した。

けれども真澄ちゃんにとってはその印象がしっくりきているようで、「そうそう」と大きく頷く。


「たぶん妹ふたりもおるからそんなしっかりしてるんかなって思って。うちも弟はおるけどよくケンカもするし、こっちが色々と頼ってまうときもあるからなぁ」

 

 おんなじ長女やのにうちはアカンなっ、とけらりとした声で笑う真澄ちゃん。

 真澄ちゃんが私に対してどんなイメージを持っているのかはわからないけれど、それはきっと違う。


「私は……」


 気付けばふとそんな声を弱々しく漏らすものの、続く言葉が見つからず、私はそのまま黙りこんでしまう。

 本当の自分と、きっと真澄ちゃんや周りの人たちが見ている自分は、もうほとんど別人になっているのだろう。


 けれども、だからといって今さらそんな自分のイメージを変えようとは思わないし、それはきっと許されない。


 だって……だって私は、あのふたりのお姉ちゃんなんだから。

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