第21話 それでも日常はやってくる。
翌朝の学校で、俺は自分の席に座りながら過去最高に不貞腐れていた。
「萩野どないしたんそれ、もしかして虫歯?」
「……違います」
登校してきて前の席に座った
昨夜、落とし物を拾ってあげたという俺の親切心は見事に下着泥棒という称号に置き換えられてしまい、野獣朱華の手によって驚くほど強烈なビンタを喰らってしまったのだ。
挙句の果てに一番年下の
などと俺もバカなことを考えつつ、憂鬱過ぎる気分を少しでも軽くしようと大きなため息を吐く。今後あの二人との関り方は考えなければいけないところだが、何より一番怖いのは、
とりあえず学校では変な噂が流れないようにと俺は「コンビニの自動ドアにちょっと顔が挟まっちゃって……」とありえないシチュエーションを言い訳に使ったのだが、まあ橘が大笑いしてくれたので結果はオーライだったのだろう。……ぐすん。
あまりこれ以上ほっぺたのことに関して深堀されたくなかったので、これはもう朝一から必殺の『トイレへエスケープ作戦』を繰り出すべきかどうか悩んでいると、突然教室の後方の扉から声が届く。
「
「おう、
華やかで明るい声が聞こえた瞬間、橘と同じく後ろの方を見てみればたぶん他クラスの女子だろう、これまた声音通りの華やかな女の子が立っていた。
「
そう言ってわざとらしいほど大げさに手招きをする女の子。どうやらイケメンかつ陽キャラともなれば、そこらそんじゃのサラリーマンよりも営業活動の範囲は広いようで、橘は「ちょっと行ってくるわ」と言葉を残すと廊下へと出ていく。
俺みたいな人間にわざわざ断りを入れてから出ていくなんて、あいつほんと律儀だよな。
将来はまず間違いなく出世コースを歩むだろうと万年平社員を予定している自分がそんなことを上から目線で思っていた時だった。
今度は視界の隅でふわりとスカートが揺れた。
「あの……萩野くん?」
「?」
突然朱華以外の女の子から名前を呼ばれて、驚いた俺は慌てて視線を移す。
すると視界の真ん中にいたのは、いつか自分のことをクラス会に誘ってくれたゆるふわパーマの女の子だった。
「ごめん、突然話しかけちゃって」
「え、あ、いえ別に……」
構いません、と俺は平社員らしく言葉を選んで返事をする。えーと、たしかこの子の名前は
麻上さんは朱華と同じくクラスでも中心的グループに属する女の子。
そして基本的に俺は『幼なじみ』とか『腐れ縁』とか何かしら強力な肩書きワードがない限り女子とまともに喋ることができないので、そんな彼女を前にして早くも挙動不審に陥っていた。……というより、麻上さんみたいに可愛くて人気のある女子が俺なんかに何の用だ?
まさか新手のカツアゲでもされるんじゃないかと女子相手にビクビクと不安に思っていると、そんな自分の心境とは対照的に、今度は恥ずかしそうに人差し指で頬をかく麻上さんが言う。
「今度の日曜なんやけど、予定とか空いてる?」
「…………」
おいおい何だよコレ、いきなりなにシチュエーション?
突然我が身にもイケメン橘みたいな展開が起こってしまい、思わず動揺してしまう俺。
ああなるほど……きっとそうだ。これはここ最近不幸なことばかりに見舞われてきた自分に対して、頑張ってそれらを乗り越えてきたというご褒美だ。
役立たずの神さまもたまには
……まあ顔面が腫れてるからまったく恰好つかないけどな!
けれども相手は優しさからかそれともただ単に興味がないだけなのか、俺のほっぺたが腫れていることなど一切触れずに言葉を続ける。
「もし予定が空いてたらなんやけど、みんなで一緒に遊びに行くのはどうかなって」
橘くんや
その瞬間、迷探偵である俺は何もかも事情を悟ってしまい、「あー……」とつまらない声を漏らす。
おそらく彼女の目的は、橘たちと一応は繋がりがある自分を誘うことで彼らたちと遊びに行く接点を作ろうということなのだろう。
つまり俺は、イケメンたちとの中継ポイントであり、あて馬ということだ。
馬は馬でも娘のウマにしか興味がない俺は、ささっと今度は麻上さんから視線を逸らすと、この話題から逃げるための言い訳を考える。それに……
ゴクリと小さく唾を飲み込んだ自分は、教室の中心でバカ騒ぎしているグループの方を盗み見る。するとたまたまこちらを見てきた
「……」
もしも麻上さんたちと遊びに行くとなると、まず間違いなく俺の左頬にダメージを与えてきたあの女ももれなくついてくるだろう。
そんなことを考えてしまった俺は、これ以上役立たずの神さまの暇を持て余した遊びに付き合ってはられないと思い、麻上さんに向かって言う。
「ご、ごめん……俺その日は予定が……」
まったくございません。という言葉を正直に付け足さなくても日本語とは便利なもので、俺の表情と中途半端な物言いから勝手に予定があると勘違いした麻上さんは、「そっか」と残念そうな声を漏らす。
そして彼女は「じゃあまた今度遊びに行こっ」と来るはずのない今度を別れ際の挨拶にして、相変わらず賑やかに騒いでいるグループの方へとスタスタと戻っていく。
「まあ……俺の存在ってそんなもんだよな」
ぼそりとそんな言葉を漏らすと、虚ろな視線を窓の向こうへと移す。
それでもどうやら俺のポジションだけは、たとえ生まれ変わったとしても次の
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