第19話 ひもパンツ事件簿 その②
結局、
…………最悪だ。
いただきまーす、と姉妹たちの声が綺麗にハモった晩御飯の席で、4人掛けのダイニングテ―ブルに並べられたカレーを前に俺は違う意味でゴクリと喉を鳴らす。
せめてこうなる前に自室に逃げ込んで体制を立て直したかったのだが、束縛魔の朱華から逃げ出すことができず、まさかS級危険物をズボンのポケットに突っ込んだままカレーを食べる羽目になってしまうとは。
今日は豪勢に黒毛和牛を使ったカレーらしいのだが、現在進行形で危険な綱渡りをしている自分にとって食欲などまったくわかない。
意気揚々とスプーンを進めていく姉妹たちをよそに一人そわそわと膝を揺らしていると、俺の右隣に座っている心晴が口を開く。
「あ、まさ兄そのでっかい肉もらっていい?」
「お、おう……どうぞ」
「……」
できるだけ平然を装いすぐに返事をしたつもりだったのだが、何故か黙ったまま俺のことをじーっと見つめてくる心晴。
「……なんか今日のまさ兄変やな」
「ッ⁉︎」
突然そんな恐ろしいことを言ってくる心晴に、俺は思わずスプーンを落としそうになったのを慌ててキャッチする。
「な、何言ってんだ心晴。俺はいつも通りだぞ」
「ううん、ぜったい変やって! だっていつもやったら『誰がお前なんかにやるかっ』って嫌がってくるやん」
「……」
嫌がるのがわかってるなら聞いてくんなよ。お前はエスか。
相変わらずキラーパスしか出してこない心晴に心底呆れていると、今度は本気のキラーが口を開く。
「
あんた頭だいじょうぶ? とずばずばグサグサと
ってかお前それだけ口悪いのによく学校であれだけ友達作れるよな。
などと口では直接反論できない俺は、心の中で負けじとぐちぐちと愚痴を言う。すると隣からいつの間にか俺の肉を奪い食っていた心晴が、「まり姉もそう思うやんな?」とあろうことか今度は真理愛さんにパスを放ってきたではないか。
「…………そうね」
「……」
どうやら真理愛さんからすれば、元彼氏の変化などまったく興味はないらしい。……って、これはこれで辛いな。
心晴のせいで余計心の傷が広がってしまった自分だったが、これ以上怪しまれるわけにもいかないので俺はわざとらしく咳払いをするとスプーンを握り直す。
「うわっ、このニンジン切るのめっちゃ下手くそ! ヘタついてるやんっ」
「あーそれ将門が切ったやつ、心晴のカレーがハズレだったか」
「……お前らな」
黙っていたら黙っていたで今度は俺の包丁さばきについてケチをつけてくる二人。
仕方ないだろ。だいたい紐パンツを隠し持ったまま綺麗に人参切れとか無茶言うなよ。
そんなことを思いながらも、やはり口ごたえすることはできずに俺は黙ったまま二人のことを睨みつける。そしてここは一旦心を落ち着かせようと、スプーンですくったカレーを口の中へと押し込んだ瞬間……
「あ、そういえば今日クラスの友達が言ってたんだけど、最近この辺で下着泥棒が増えてるから気をつけた方がいいんだって」
「ごほぉっ!」
朱花の不意打ちの言葉に、思わずじゃがいもが逆噴射した。
「ちょっと将門、カレーぐらいちゃんと食べなさいよ!」
「ごめ……ゴホっ」
ゲホっと激しく咳き込んでしまう俺。くそっ、誰だよこんなタイミングで朱華に余計な情報を吹き込んだクラスメイトは。明日教室で会ったら覚えとけよ!
まあでも向こうは俺の顔なんて確実に覚えてないだろうけどな、とそこだけは冷静になりつつ、俺は恥と失敗もろとも口につけたグラスの水で一気に流し込む。
すると今度は今まで黙っていた真理愛さんが言う。
「まあここは14階だから大丈夫だとは思うけど……」
一応用心はしておいた方がいいわね、と言って何故か俺のことをチラリと見てくる真理愛さん。……えっ、なに俺もしかしてすでに疑われてる?
そんな不安を感じ取ってしまった俺は、危険物が入ったポケットをささっと真理愛さんから遠ざけた。
まずいな……この話題から早く離れないと。
相変わらず下着泥棒の話しについて盛り上がっている姉妹たちを前に、まるで喉元にナイフを突きつけられているかのようなプレッシャーを感じてしまう自分。
さずかにこれ以上こんな話題を続けられてしまったらいずれ身に危険が及ぶと思った俺は、何とか別の話しをしようと思い唇を開いた。
だがその瞬間、視界の隅で心晴が何やらニヤリと悪巧みでも閃いたかのような笑みを浮かべる。
「そういやまり姉って、なんで最近下着変えたん?」
「「「――ッ⁉︎」」」
この状況で、さらにとんでもない爆弾を仕掛けてきた三女。
「ちょっと心晴! あんた将門がいる前でなにバカなこと聞いてんのよ!」
「えー、だって気になるやん。なんか心変わりでもあったんかなって」
「……」
突然とち狂ったような質問をしてきた妹に対して、珍しく顔を真っ赤に染めてあわあわと一人狼狽えている真理愛さん。
心晴のやつ、あの聖母のような真理愛さんに向かってなんという失礼なことを聞いてんだよオイっ!
変えたって何を? どんな風に?? と頭の片隅では興味津々になる自分もいながらも、俺は表向きだけは紳士を装い心晴のことを叱りつけるように目で睨む。
けれどもその直後ふと脳裏をよぎったのは、あの黄色い紐のブツ。
ま、まさか……
俺は思わずゴクリと喉を鳴らすと、ポケットがあるお尻付近にきゅっと力を込める。
真理愛さんの下着の好みも気になるところだが、今はそれ以上に、俺が真理愛さんに対して犯罪者になってしまっているのではないかという不安の方がはるかにデカい。
いやいや、どうせ心晴が口から出まかせを言っているだけかもしれないしな! と俺は
そんなことを思い直すと、チラリと斜め前に座る真理愛さんの様子を伺う。
すると……
「ちょっと……ね」
「…………」
頬を染めたまま、何やら意味深な言葉を呟く真理愛さん。
え、ちょっと待ってなにそのリアクション……まさか心晴の言ってることって本当なの?
あまりの衝撃に思わず目を見開いたまま硬直してしまう俺。するとモグモグと口を動かしていた心晴が、さらに衝撃的なことを言う。
「それやったらウチが買った雑誌の付録についてた下着もあげよか?」
まあ黄色の紐パンツやけど、とまさかの言葉を口にする心晴。
その瞬間、俺の胸の中で破裂しかけていた緊張が一気に解けた。
「なんだよ驚かせやがって……紐パンツ、ただの雑誌の付録だったのかよ」
「「「…………」」」
あまりの安心感と解放感から思わずそんな言葉を口にしてしまった直後だった。
ほくほくのカレーも凍りつきそうなほどの沈黙が一瞬にして部屋を包んだかと思うと、三姉妹の視線が刃物のように自分へと突き刺さる。
「……」
思わず沈黙を沈黙で返してしまった俺は、そのまま静かに一つ深呼吸。
そして再び心の中でトランシーバーのスイッチを入れると、役立たずの神さまに向かってメッセージを送る。
えーメーデーメーデーこちら将門…………お願いだから早く助けて! じゃないと死んじゃうっ!!
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