第14話 裏・これが本場のたこパです②ふ

 そこからの私は、まさ君の動きから目が離せなかった。


 たぶんたこ焼きを焼くことが初めてなんだとは思うけれど、まさ君の手つきはどこか危なっかしくて、でも一生懸命で。

 まるで私と付き合っていた時みたいに、不器用ながらも相手に喜んでもらおうと必死に頑張ってくれていることがものすごく伝わってくる。

 だからこそ、そんな誠実なまさ君の態度に対して妹たちも……


「ちょっと将門まさかど! このたこ焼き形が潰れてるじゃんッ」

「いやその、ひっくり返すのに気合いが入り過ぎちゃって……」

「ってかまさ兄何なんその右手の動き、めっちゃキモいで!」

「う、うるさいなお前はッ! これは俺流の焼き方であってだな……」

「……」


 何やら私をほったらかしにして妹たち二人と楽しそうに話しをしているまさ君。

 私はそんな彼のことを、またもジト目でじーっと見つめる。……ちなみに、さっき心晴こはるちゃんが言ってたマヨネーズのかけ方がエロいってどういうことだろう?


 ふとそんな疑問を感じていた私の隣では、「あぁもうっ、この下手くそ!」と叫んだ朱華あやかちゃんがまさ君から竹串を奪おうとするも、「俺の串に手を出すな!」とわざとらしく怒った口調で言い返す彼がそれを遮る。

 やっぱりこうやって見ていると、朱華ちゃんとまさ君の仲良し度合いもかなりのものだ。


 でも、だからと言ってこの二人があの本のタイトルのような関係になっているとまだ信じたわけじゃない。

 むしろ昔からしょっちゅう口喧嘩しているまさ君と朱華ちゃんを見ていると、仲が良いからこそ反対に彼氏彼女にはなりにくいんじゃないかって思うの。

 だってそんな二人がもし付き合ったらいつもケンカばっかりしちゃって、そしていずれは……



(妄想)

「ちょっと将門! なんで今日も晩御飯がたこ焼きなのよ」

「いいだろ別に、俺たこ焼き好きなんだから」

「たこ焼きが好きって、たまには私の好みも考えてよね!」

「まあ落ち着けって。そのたこ焼き、中見てみろよ」

「なによエラそうに……って、え? 将門これってもしかして指――」

「ああ。……朱華、俺と結婚してくれ!」



 いやぁぁぁぁ――っ! 


 そんなの絶対にいやだぁぁぁーーっ!?


 私だってまさ君と家族になりたいけど、本当のお姉ちゃんになるつもりはこれっぽっちもないんだからぁっ!


 不覚にもそんな悪夢のような展開を勝手に想像してしまい、一人焦ってしまう自分。すると今度は目の前で心晴ちゃんが「ほらまさ兄、こうやってひっくり返すねんで」と言ってまさ君の右手に自分の手をさりげなく添えているではないか。


「……」


 どうしよう……このままだと二人にどんどん差をつけられちゃう。

 積極的にまさ君に関わっていく朱華ちゃんと心晴ちゃんを前に、さらに焦りを感じてしまう私。

 やはり自分ももっと積極的にアプローチしていかなければ、という危機感は募るものの、かと言ってまさ君はどんな風にアプローチされると喜んでくれるのかがわからない。


 そんなことを思っていた時、ふと頭に浮かんだのはまさ君が本屋さんで大事そうに持っていたあの本のこと。

 名は体を表す、という言葉があるのであれば、本はその人の好みを表すともいえる。


 でもあの本がまさ君好みの本だとすれば、まさ君が喜ぶ積極的なアプローチの仕方って、そ、その……


 私はゴクリと唾を飲み込むと、再びあの悪魔の単語について考える。直後、妄想の世界に浮かんだのはすやすやと寝息を立てているまさ君のベッドにあらぬ格好でこっそりと忍び込んでいる自分の姿…………って、



「――私に、そんなことさせるつもりなの?」



 いつの間にか無意識に声が漏れていたことに気付き、私はハッとして我に返った。

 すると視界に映るのは、まるでお化けでも見たかのような驚愕の表情を浮かべているまさ君と、そして同じような顔をしている妹たち。

 まさか自分の妄想が声になってすべてダダ漏れしてしまっていたのかと今度は私の方が驚愕しそうになった瞬間、突然まさ君が――



「た、大変申し訳ございませんでしたぁぁっ!!」



 と、叫び声のような勢いで謝罪をしてきた。そしていきなり猛スピードでたこ焼きを焼き始めるまさ君。

 そんな彼を前にして、まったく状況が理解することができずにただ呆然としてしまう私。

 すると今度はこの場の流れを変えるかのように、突然心晴ちゃんの陽気な声がリビングに響いた。


「そうやっ! せっかくたこパやってるんやし、みんなで『ロシアンたこ焼き』やってみよや!」


 ……ロシアンたこ焼き?


 心晴ちゃんが突然口にした言葉を聞いて、思わず心の中で聞き返してしまった私。

 なんだろう、ロシアンたこ焼きって。ロシアって言うぐらいだから、もしかしてピロシキみたいな感じのたこ焼きでも作るつもりなのかな?


 そんなことを考えてちょっとワクワクしてしまった自分だったが、次に心晴ちゃんが口にしてきた言葉はそんな私の想像のはるか斜め上をいくものだった。


「もうまさ兄、ロシアンたこ焼きって言ったらロシアンルーレットのことやん」


 …………え?


 心晴ちゃんの言葉を再び聞いて、思わず私の思考が固まる。

 ロシアンルーレット。

 そういえば昔、学校の友達から聞いたことがある。たしか食べ物の中に色んな具材を詰め込んで、当たりを引いた人には未知の味覚体験ができるゲームだと。


 そんな話しを思い出した私は、ゴクリと唾を飲み込む。

 一体どんなゲームなのかはいまいちピンとこないけれど、食に関するゲームというのであれば食わず嫌いはいけない。何事も経験が大切だ。

 そう思い再び静かにお箸を握りしめていると、何やら朱華ちゃんと心晴ちゃんが言い合いを始めた。


「どうせあや姉はウチに負けるのが怖いだけやろ?」

「なッ! あたしが心晴なんかに負けるわけないでしょッ」

「ふーん、でもおっぱいの大きさはうちの方が勝ってると思うけどな」

「い、言ったわね心晴ッ! あんたなんかロシアンでけちょんけちょんにしてやるから覚悟しときなさいよ!」

「……」


 どうやら朱華ちゃんもロシアンたこ焼きに対してやる気満々のようだ。……というより心晴ちゃん、まさ君がいる前でよくそんな恥ずかしいお話しができるよね。

 お箸を握りしめたまま、何故か私の方が恥ずかしくなってしまい思わず顔を伏せてしまう。


「ほんならウチがロシアンたこ焼き作るからみんな目瞑っといてな」


 伏せた視線の向こうから、心晴ちゃんのいつもより数段楽しそうな声が聞こえてきて私はそのまま目を瞑った。

 そして真っ暗になった世界の中で、一人考える。

 心晴ちゃんはいったいどんな具材をたこ焼きに入れるつもりなのだろうか、と。

 基本的に私は辛いのも甘いのも大丈夫。苦いのはちょっと苦手だけれど、食感次第では食べれないことはない。


 そんなことを考えながら様々なパターンのたこ焼きを想像していたら、「うんっ、こんなもんでいっか!」という心晴ちゃんの声が聞こえてきたので再び目を開ける。

 すると視線の先に映ったのは、たこ焼きの山。

 これもしかして全部食べていいの? なんてことを興味津々で思っていたら、心晴ちゃんがさらに興味深いことを言う。


「今回はハズレが二つある『赤い糸のたこ焼き』ルールバージョンで作ったから」

「赤い糸のたこ焼き?」


 思わず『赤い糸』という単語にすぐさま反応してしまった私。直後やってしまったと急激に頬が熱くなるのを感じていた自分だったが、どうやら心晴ちゃんにとっては聞き返したことが良かったようで、「うんっ」と嬉しそうに頷いてくれた。そしてそのままルール説明を始める彼女。


 ふむふむ、なるほど……つまり私とまさ君が当たりを食べることができれば、私たちはタコの足みたいに結ばれるってことだね!


 ここにきてまさかの一発逆転のチャンスが到来。さすがたこ焼き文化が70年以上も根付いている大阪、こんな素敵な運命ゲームが存在するなんてたこ焼きの神さまに感謝しかない。


 そんなことを思いながら、たこ焼きの山を真剣な瞳で見つめる私。……狙うはあのタコの頭みたいな形をしているたこ焼きだ。


「ほなみんな自分の好きなたこ焼き取ってなーっ!」


 心晴ちゃんの言葉を合図に、各々お箸を伸ばして運命のたこ焼きを取っていく。


 そして訪れる、緊張の一瞬。


 大丈夫……まさ君のこともたこ焼きのことも大好きな私なら、きっと当たりを引くことができるはずだ。


 そんな言葉を決意に変えて、たこ焼きを口の中に含んだ瞬間だった。


「――ッ⁉︎」


 口の中に広がったのは、かつて食べてきたどんなたこ焼きとも違う食感。

 直後チラッと周りを見てみると、朱華ちゃんと心晴ちゃんは先ほどと変わらぬ表情でもぐもぐとたこ焼きを食べているではないか。


 つまりこれって……


 高まっていく期待と胸の鼓動。そしてまさ君の方を恐る恐る見てみると、何やら衝撃的な表情を浮かべているかと思いきや、今度は親の仇でも見るかのような鋭い目で心晴ちゃんのことを睨んでいた。


 やっぱり……やっぱりそうだ。このゲーム、たぶん私とまさ君が……


 口の中に広がる未知の食感を味わいながら、私は赤い糸ならぬ赤いタコの足で運命の人と結ばれたことに思わず心が跳ねる。


 それになんだろう……

 

 このたこ焼きのジャリってした食感、慣れたらけっこうイケるかもっ!

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