第12話 これが本場のたこパです②
そこからの俺は、必死だった。
慣れない手つきで生地を広げては具材を突っ込み、そして
けれどもそんな自分の頑張りも虚しく、朱華からは「たこ焼きの形が汚い」とか「焦げ過ぎヘタクソ!」と罵倒されるは、
などと年下の女の子の思考回路を心配しつつ、俺はこの身もプライドも犠牲にしながら愛しの人(元カノ)を守るヒーロー(元カレ)としてたこ焼きを焼き続けた。
……そろそろ話しかけても大丈夫かな?
拙い手つきでクルクルとたこ焼きを回しながらチラリと前を見ると、いつの間にか
ここは自分が今日犯し続けてきた失態をチャラにするためにも、このたこパをきっかけに仲を深めて、そして真理愛さんに楽しい時間を過ごしてもらいたところ。……それにこのクルッと回すの、ハマると結構面白いしな。
そんなことを思った俺は、右手に握っている竹串をそっとたこ焼きから離すと、その持ち手の部分を真理愛さんの方へと向ける。
「か、
できるだけ平常心を保ちながら、そしてぎこちない笑顔を貼り付けてそんな言葉を口にする俺。
するとその直後――
「――私に、そんなことさせるつもりなの?」
「「「ッ⁉︎」」」
不意に真理愛さんの唇から呟かれた言葉に、思わず俺たち三人の呼吸が止まった。
まさか……まさかあの優しくて穏やかな真理愛さんの口からそんな刺々しい言葉が飛び出してくるなんてッ⁉︎
あまりの動揺に竹串を握ったまま硬直していると、目の前ではハッとした様子で我に戻った表情を浮かべる真理愛さん。
そしてチラリと隣に視線を移せば、「あんたバカなの? なにお姉ちゃん怒らせてんの⁉︎」といわんばかりにこちらを激しく睨み付けてくる朱華と、俺と同じくよほど動揺しているのか、何故かたこ焼きみたいにくるくると目を回している心晴の姿が映る。
そんな二人の様子を見て間違いなくとんでもない地雷を踏んでしまったのだと確信した俺は、すぐさま竹串を握り直すと……
「た、大変申し訳ございませんでしたぁぁっ!!」
悲鳴にも近い声で謝罪の言葉を叫びながら、俺はかつてないほどのスピードでプスクルプスクルっとたこ焼きを回し始める。……くそっ、
これ以上聖母の真理愛さんを怒られせてはならないという危機感から次々と芸術的で美しいたこ焼きを生み出していると、どうやら我に戻った心晴が俺へのフォローのつもりなのか、唐突に陽気な声で言う。
「そうやっ! せっかくたこパやってるんやし、みんなで『ロシアンたこ焼き』やってみよや!」
「ロシアンたこ焼き?」
またも心晴が意味不明な言葉を使い出したので、俺は右手を動かしたまま思わず首を傾げた。なんだ? たこ焼きってロシアでも流行ってるのか?
日本のラノベは今ロシアブームだけどね、などとラノベ知識をタコと一緒に素早く突っ込みながら
「もうまさ兄、ロシアンたこ焼きって言ったらロシアンルーレットのことやん!」
「ああ……って、は?」
そっちのロシアンね、などと素直に納得できるわけもなく、何やらさらに危険になりそうな場の流れを俺はすぐさま遮る。
「いやいやいやお前はバカか! たこ焼きにゲーム性なんて持たせるなよ」
「そうよ心晴、なに小学生みたいなこと言ってんのよ」
自分がハズレを引くリスクに備えてか、珍しく俺に同意して実の妹に対してキリッと鋭い視線を向ける朱華。
するとそんな姉に対して、心晴は何やらにたーとした挑発的な笑みを向ける。
「どうせあや姉はウチに負けるのが怖いだけやろ?」
「なッ! あたしが心晴なんかに負けるわけないでしょッ」
「……」
おいそこで張り合うなよバカ娘。なんで変なところで負けず嫌い出してくるんだよお前は。
まんまと妹の手のひらの上で踊らされてしまったバカな幼馴染みとは異なり、俺は冷静な心を持ってして心晴の提案にNOを突き付け続ける。
だいたいロシアンなんて危険なルール、清楚で清らかな真理愛さんが受け入れるはずがないだろ。
そう思いチラリと目の前を見てみると、聖母真理愛さんはその寛大なお心ですでにロシアンを受け入れてしまっているのか、右手にお箸を握りしめて準備万端だった。……うん、なんで?
もはや四人中三人の思考がロシアンに侵されてしまったせいで人権のない俺にもちろん拒否権などなく、場の流れはいつの間にかゲーム開始を告げていた。
「うんっ、こんなもんでいっか!」
俺たちに目を瞑らせた後、意気揚々と危険なたこ焼きを作り出していた心晴が満足げな声をあげる。
そしてそれを合図に目を開けてみると、目の前に置かれていたのはランダム性を持たせるためか、お皿に山盛りに乗せられたたこ焼きの山。……いや、ロシアン気合い入れ過ぎじゃない?
悪ふざけが好きな心晴のことなので、どうせロクでもない具材を入れていることだけは間違いない。
なのでここは何としてでもハズレに当たらないようにと眉間に皺を寄せてたこ焼きの山を睨んでいると、にししっとイタズラな笑い声を漏らす心晴が言う。
「今回はハズレが二つある『赤い糸のたこ焼き』ルールバージョンで作ったから!」
「赤い糸のたこ焼き?」
再び飛び出した心晴の意味不明な発言に真っ先に反応したのは俺でも朱華でもなく、意外にも長女の真理愛さんだった。
するとそんな真理愛さんに対して、「うんっ」と心晴が気合いたっぷりに頷く。
「大阪やったらたこ焼きでロシアンルーレットをした時に、ハズレを引いた二人はタコの足みたいに末永く結ばれるって話しがあんねん!」
「…………」
なんだろう、「ツチノコを捕まえた!」って言われるぐらい信憑性に欠けるこの話しは。ってかタコの足みたいに結ばれるって、それどう考えてもただタコの足が絡まってるだけだろ。
けれども人間、好きな人がいると胡散臭い話しや占いでもすがりつきたくなるもので、俺は「あるわけないだろそんな話し」と呆れた口調で言いながらもピンと背筋を伸ばしてスタンバイする。……よし、狙うはあの一番綺麗な形をしているたこ焼きだ。
早くも自分だけのラッキーたこ焼きを見つけた後、チラリと姉妹たちの様子を伺うと、ふんと鼻を鳴らしながらもたこ焼きの山を気にしている朱華。
そして真理愛さんでさえまんざらでもないのか、真剣な瞳でたこ焼きの山を見つめているではないか。
「ほなみんな自分の好きなたこ焼き取ってなーっ!」
心晴の言葉をスタートに俺たちはお箸を構えるとそれぞれの相棒を選び取る。
そして、運命の瞬間。
静かにたこ焼きを口に入れて一噛みした直後、この四人の中で誰がロシアンを引いたのかすぐにわかった。
やはりな……やはり俺は持っている。
ハズレが当たりなのだというのなら、生まれつき悪運の神様に取り憑かれている自分が一番有利なのは当たり前。
俺は口の中に広がる未知の感覚を味わいながら、赤い糸を引いた喜びを感じると同時に、そしてすぐさま主催者の顔を睨みつける。
あのな心晴、ひとつだけ言わせてくれ。
ロシアンって言ったら普通ワサビとか辛子とか入れるもんじゃないのか?
なのに、何でお前……
卵の殻とか入れてんだよぉぉぉぉーーーーッ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます