第7話 裏・新学期にて

 始業式も無事に終えた教室で、私こと神嶋かみしま真理愛まりあは相変わらず一人焦っていた。


「ど、どうしよう……」


 窓際の後ろから二番目の席、今日から自分の居場所となった椅子に腰掛けながら私は気付かれない程度にチラチラと辺りを見回す。

 

 休み時間でクラスメイトたちが賑わう中、四方八方から感じるのは何やら興味津々といった好奇心を纏う無数の視線だ。

 特に男の子からの視線がすごいんだけど、やっぱりこの時期に東京から転校してきたことが不思議に思われちゃってるのかな?


 ただでさえ人見知りでプレッシャーに弱い自分にとって、この状況はまさに地獄。


 いや、確かにそれも焦っている原因の一つではあるのだけれど、それよりも今は……


「……心晴こはるちゃんって、もしかしてまさ君のことが好きなのかな?」


 胸の中で押しとどめていたはずの不安が、思わず声になって漏れてしまう。

 そう。昨夜から私の心に引っかかっているのは、まさ君と心晴ちゃんの関係についてだ。


 まさ君の部屋でなんだか……というより確実に怪しい雰囲気を醸し出していたあの二人。

 衝撃的過ぎる場面を目撃してしまった私は、あの後すぐに自分の部屋へと戻ると、とりあえず一旦気持ちをリセットするためにベッドの中へと潜り込み、まさ坊を抱いてすぐに寝た。

 そのおかげか夢の中では「好きだ!」と私に気持ちを伝えながら何故か部屋の前で土下座をしているまさ君に出会えたような気がしたけれど、目が覚めるともちろんそんな声は聞こえてこず、代わりに誰かが部屋の前でぶつぶつと喋っているような気がして怖くなってしまいまたすぐに寝た。

 

 さらに次に目が覚めた時には、真っ暗な部屋の中で何故か心晴ちゃんが懐中電灯で自分の顔を照らしながら立っていたので、それがあまりにも怖すぎてそのまま気絶した。……って心晴ちゃん、いったい何の用だったんだろう?


 相変わらず心晴ちゃんの発想力にはついていくことができず、そしてまさ君との関係についてもわからぬままで私はついため息を吐き出す。


 でもきっとあの二人のことだから、何だかんだ言っても何もなかったはずだ。

 だってほら、まさ君にとって心晴ちゃんは弟みたいな存在だからね!


 そう心晴ちゃんはまさ君の弟、おとうと……とまたも心の中で呪文のように唱えながら、窓の向こうに浮かぶタイ焼きみたいな形をした雲を見上げていた時だった。


「なぁ、神嶋ちゃんって今日の放課後ひま?」

「え?」


 突然自分の名前をちゃん付けで呼ばれ、驚いた私は慌てて声が聞こえた方を振り向く。

 

 するとそこにいたのは、同じクラスの男の子。金髪に染めた頭に、両耳には大きなピアスをつけていていかにもチャラそうな感じの。


「え、その……」と急な展開に戸惑って口をもごもごとさせていると、怪しい笑顔を張り付けたまま相手が言う。


「もし暇やったら、放課後一緒に遊びに行かへん?」 


 俺が大阪案内したるわ、と言ってぐいっと顔を近づけてくるクラスメイト。

 あーダメだこういう人。私が一番苦手なタイプの人だ……。


 えーん、まさ君助けてぇ! と心の中で情けなく叫びながら、現実ではただ苦笑いを浮かべることしかできない私。

すると相手は「そや、まずはライン教えてや」と勝手に話しを進めてスマホを取り出してきたではないか。


 さすがにこのままではマズいと思い、勇気を振り絞って「ちょっと待っ……」と慌てて口を開こうとした、まさにその時だった。


「アホ! あんたは初日から何やってんねんっ!」

「いってッ!」


 突然男の子が悲鳴を上げて飛び上がったかと思いきや、直後視界に映ったのは彼のお尻を思いっきり蹴り上げている女の子の姿。

 すらりと伸びた長い足に、赤茶色に染まった綺麗な長髪がその躍動感ある動きと共に宙にひらりとなびく。


「転校してきたばっかの子に絡むとか、ほんまクソ男やな」

「ててて……って、何も本気で蹴ることないやろ!」


 蹴られたお尻を右手で押さえながら、ぐっと目を細めて相手のことを睨みつける男の子。

 けれども彼女のほうがどうやら立場的には上なのか、「は?」とまるでゴミを見るような目で男の子のことを睨み返す。


「……わかった、わかりましたって。こんなところでちょっかいかけるのはやめとくわ」


 ほな、と言って男の子は痛そうにお尻をさすりながらそのまま素直に自分の席へと戻っていく。

 その後ろ姿を見て、私はほっと息を吐き出した。


「あのアホ、ちょっと顔が良くて人気あるからってすぐ女の子にちょっかいかけんねん」


 ほんまくだらん奴やわ、と男の子がいる方を睨みながら呆れた声を漏らす彼女。

 右手を腰に当ててため息をつくそんな姿でさえ様になるほどスタイルが良くて、顔もモデルさんみたいに小さくて綺麗な人だ。

 だから彼女が颯爽とこちらを振り返って「大丈夫やった?」と声をかけられた瞬間、私は思わず……



 か……カッコいいーーっ!!



 と、心の中で再び叫んでしまった。


 そんな感じで一瞬我を忘れてしまいそうになった私だけれども、ハッと意識を取り戻すと慌てて唇を開く。


「あ、はい……ありがとうございます」

「どーいたしまして。大丈夫なんやったら良かったわ!」


 そう言ってさっきまで男の子に向けていた敵意はどこへやら、ニコっと太陽みたいな笑顔を浮かべる彼女。その笑顔も素敵のなんのって、思わず同性の私でさえドキッとしてしまうほどだ。


「えーと、神嶋さんやっけ? たしか東京から来たっていう」

「そうです。今日からこの高校でお世話になります」


 私の自己紹介を覚えてくれていたようで、さっそく名前で呼んでくれる彼女。さっきの彼とは違い、親しみやすいその雰囲気と笑顔に思わず心が跳ねる。


「まあ最初は戸惑うこともあるかもしれんけど、せっかく同じクラスになれたんやし困ったときは遠慮なく言ってきてな!」


 ニッと白い歯を見せたまま、そんな嬉しい言葉を投げかけてくれる相手。

 そして彼女は、続けざまに自分の名前を告げる。


「うちの名前はたちばな真澄ますみ。これから卒業までよろしくっ」


 自己紹介をしてくれた橘さんに向かって、「はい、こちらこそよろしくお願いします」と私も自然と微笑みが浮かぶ。

 するとその直後、バンっと両手を私の机に置いた橘さんが熱のこもった声音で言う。


「にしても神嶋さんってほんまに綺麗やなぁ。こんな美人な女の子、初めて見たわ!」


 ぐっと顔を近づけながら、そんな言葉をかけてくれる橘さん。その大きくて綺麗な瞳に映るのは、戸惑った表情を浮かべる自分の姿だ。

 橘さんみたいに綺麗な人にそんなことを言ってもらえると、嬉しさを通り越してもはや現実感がない。


 なんてことを思いながら黙っていると、うんうんと何やら橘さんが一人納得げに頷く。


「うちの弟もなかなか男前でいいやつやから、神嶋さんならお似合いやと思うし今度また紹介するわ」

「えっ」


 突然告げれた言葉に驚いてしまい、思わず声が漏れてしまった。

 そしてその瞬間、ビビッと私の頭の中に閃きが走る。



 弟と相性が良い = 年下の男の子と相性が良い = つまりまさ君と相性が良い!



 自分だけの三段論法が閃いた瞬間だった。 

 やっぱり私って、他の人から見ても年下の男の子との相性が良いみたい。


 だからきっとまさ君とも寄りを戻せるよねっ⁉︎ と思わず勢い余って橘さんに聞いてしまいそうになったのをぐっと堪えて、私はわざとらしく小さく咳払いをする。

 ふぅー危ない危ない。危うく変な女の子だと思われるところだった。


 とりあえず自分のどんな部分が年下の男の子と相性が良さそうなのかだけでも聞こうかどうか悩んでいたら、今度はどこからともなく「ふふふ……」と怪しげな笑い声が聞こえてくるではないか。


「転校初日に不良に絡まれる美少女を、同じくこの学校一番の美少女が救う……」


 一体いつからそこにいたのか、見ると私と橘さんのすぐ近くにもう一人の女の子が立っていた。

 長い髪の毛を二つに括り、眼鏡をかけたいかにも優等生っぽい感じだが、見た目はこちらも橘さんに負けず劣らずスタイルが良くて綺麗な人だ。

 だが、しかし。何故かその眼鏡のレンズが怪しくキラリと光る。


「そしてそこから始まるのは禁断で理想の小百……ほげぇっ!」


 眼鏡の女の子が喋り切るよりも早く、橘さんが繰り出した右ストレートパンチが的中。


「お、おなごの腹を殴るとは何事じゃ……」

「あんたがアホなこと言うからやろ」


 たくっ、と呆れた口調ですぐさま言葉を返す橘さん。そんな彼女に対して、「まだ言ってないし!」と相手もすぐさま噛み付いた。


「まったく、せっかくこの私が二人の出会いに素敵なナレーションを入れてあげようと思ったのに」

「いらんわそんなん。あんたの意味不明な妄想に勝手にうちらを巻き込まんとって」


 わざとらしく嫌そうな表情を浮かべながら相手のことを睨む橘さん。

 けれどもその短いやり取りを見ているだけでも、二人がすごく親しい間柄ということはすぐに伝わってくる。


「ごめんやで神嶋さん。この子ちょっと頭おかしいけど、根はいいやつで一応生徒会で会長もやってる真面目さんやから」

「そ、そうなんですね」


 橘さんのフォローに思わずぎこちない返事をすれば、目が合った眼鏡の女の子が「いぇい!」と両手でピースをしてきた。


「私の名前は早乙女さおとめ椿つばき。ただいま真澄ますみからご紹介に預かった通り、この学校の風紀を正すために生徒会に所属しております!」


 よろしくね、神嶋さん。とふと大人っぽい表情を見せて、右手を伸ばしてきた彼女。

 急に雰囲気の変わった相手に少し戸惑いながらも、「よ、よろしくお願いします」と私はおずおずとその右手を握る。

 なんだか掴みどころがない不思議な人だなこの人。


「なーにが風紀を正すためやねん。さっきみたいな変なこと言うやつがよう言うわ」

「だからー私はまだ何も言ってなかったよね?」


 そう言って、橘さんの言葉にジト目と共に軽快なリズムでカウンターを放つ早乙女さん。

 それにしても、すごいなこの二人。

 たぶんいつも通りお喋りをしているだけなんだろうけど、なんか華があるっていうかオーラがあるっていうか。

実際教室にいる他のクラスメイトたちもチラチラとこちらの様子を伺っては輪に入りたそうにしている。


「あーはいはい、わかりました。これも真澄お得意のおわずけの一種ってことね。さすが寸止めの達人」

「だからあんたは人前でそーゆーことを言うな!」


 このアホっ、と今度は橘さんがパチンと早乙女さんの頭を叩く。

 まるで漫才のように次々と繰り出されるボケとツッコミに、思わずクスリと笑ってしまう。

 良かった。こんな変な時期に転校してきちゃったから友達ができるかどうか不安だったけれど、どうやらそんな心配は無用だったようだ。


 でも何よりも一番の収穫は……



 さっき言ってもらえた言葉を思い出しながら、私はぐっと右手に力を入れて拳を強く握りしめる。



 自分は自他共に認める、年下の男の子(まさ君)と相性が抜群の女だってことだっ!


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