第6話 新学期にて
「あー、マジで最悪だ……」
期待と希望が満ち溢れているはずの新学期の教室で、ただ今俺は盛大に絶望中である。
怒涛のシェアハウス初日を乗り越えた翌日、慣れない学ランを着て何とか無事に高校生活のスタートを迎えることができたものの、昨日の荒波にもまれた自分の心はすでにグロッキー状態。
そしてそんな疲れ切った俺をさらに追い詰めてくるかのごとく、
「なぁなぁ、ウチらの担任って女なんかな?」
「なんや、高校でもお前らと一緒のクラスやん!」
「ってかあそこに座ってる子めっちゃ可愛ない? 誰やろ?」
「…………」
四方八方から飛び交うように聞こえてくるのは慣れない関西弁。べつに
もしも心晴が増殖したらそれこそこの世の終わりだな、と俺は昨日の悪夢を思い出しながら再び盛大なため息を吐き出す。
悪ふざけが過ぎた心晴のせいで
するとそんな俺の姿を見てさすがに不憫に思った心晴が、その後真理愛さんに直接事情を話してくれたらしく、この件についてはとりあえずことなきを得たという。……ってかアイツ、自分が原因のくせになんで上から目線なの?
真理愛さんの誤解が解けたという話しも心晴伝いに聞いただけなのでどこまで信用していいのかわからず、迎えた新学期初日も気分は今も晴れぬまま。俺としては最高に最低な心境で高校生活がスタートしてしまったわけだ。
「はぁ……こんな調子でまともな学生生活なんて送れるのか?」
誰にいうわけでもなく、しいていえばこんな状況に自分を追い込んだ神様に向かってそんな愚痴をボヤく。
もちろん言うまでもないが、俺が
人権保障制度とは一体何だろう? と勉学への意識が高い俺は、始業式が始まる前から一人早くも社会科目についての考えを深めて、周りにいるクラスメイトの存在はシャットダウンする。
別にアウェイでぼっちな環境だからといって拗ねているわけじゃない。
ちなみにこの学校、中高一貫になっているのでほとんどの学生がすでにお互いの顔を見知った関係である。つまるところそれは、部外者にとっては城壁のような頑強で強力な障壁が存在するということだ。
ましてや東京から忍び込んできた人間にとってはその干され具合もいいところで、さっきから俺の扱いなんて見えちゃってるけど触れてはいけない地縛霊、みたいな状況になってるからね。
まあカッコよく言い換えるなら、今の自分はこのクラスで唯一の『アルティメット・アウェイ』。
それこそ俺だけのマイウェイ。と一人心の中でラップを刻みながら、俺はこの耐えきれない環境から現実逃避を試みる。
しかし残念ながら、俺の抱える問題はぼっちということだけではない。
「えーっ、神嶋さんって東京から来たんや!」
どこからともなくクラスの女子の嬉々とした声が聞こえてきて、思わず身体がビクリと震える。
そう。俺の抱えるもう一つの問題とは、よりにもよってあのゲシュタポと同じクラスになってしまったのだ。
「そうなの。ちょっと両親の仕事の都合でね」
「ほんまや! 標準語やし、なんか女優さんみたい!」
早くもクラスのアイドルと化しているのか、不幸にも同じクラスになってしまった
俺がさっき廊下で迷子になっている時に、標準語で教室の場所を聞いて「は? キモ」と知らない生徒に即答されたのとはえらい違いである。
そんなことを嘆きつつ、俺は猫を百枚ぐらい被って楽しそうに話しをしている朱華のことを冷めた目で見つめる。するとたまたまこっちを向いた彼女と目が合ってしまい、彼女は普段俺には見せることのない笑顔を張り付けたまま、その瞳だけで語ってきた。
こっち見るなコロス♡ と。
「ひゅー」ともはや開き直った俺は小さく口笛を吹くと、すぐさま視線を前方へと戻す。そしてじゃじゃ馬娘のことは頭の中からポイするために、ありったけの集中力を発揮して別のことへと意識を向ける。……へぇ、なるほど。この教室には黒板消しが三つもあるのか。
どうせ地縛霊のようなポジションにしか立てないのなら、いっそこの教室について誰よりも詳しくなってやろうと無駄なことに自分の青春を捧げようとしていたまさにその時、今度は違うところから声が届いた。
「そういや自分も東京から来たんやって?」
「へ?」
今年は誰とも言葉を交わすことがないだろうと思っていた俺は、不意に前の席から声をかけられてしまい慌てて意識を戻す。
見ると、視線の先にいたのはハッと目が覚めるようなロシア人の銀髪美少女……
ではなく、短髪・爽やか・陽キャラという三拍子が揃ったイケメン男子だ。
「え、ああ。はいまあ……」
ちっ、男かよ。なんて不満はもちろん口にすることなく、ましてや自分の天敵ともいえるような相手から声を掛けれれてしまい思わず平社員のような返事をしてしまった。
残念ながら俺の現実なんてこんなものだ。
けれども相手は特に気に障った様子もなく、そのまま言葉を続けてくる。
「やっぱなんか雰囲気違うと思ったわ」
そう言って、くしゃりとした人懐っこい笑顔を浮かべる相手。基本的にイケメンや陽キャラといった人種と縁のない俺はこういった状況に免疫がないので、ただただ固まることしかできない。
「あ、俺の名前は
「ど、ども……」
気軽に差し出しされた右手を、俺はまるで初めて餌付けされるバンビのような動きで恐る恐る握り返す。
するとそんな自分の態度を見て、「ははっ」と爽やかに笑う橘。
「自分ってなんか面白いヤツやな。俺の姉貴が好きそうなタイプやわ」
「は、はぁ……」
またしても予想外なことを言われてしまい、ぎこちない返事をしてしまう俺。
しかしありがたいことに、頂いた言葉はまさかのポジティブワード。
そうだよね、俺ってやっぱり年上に好かれそうなタイプだよね?
だからきっと真理愛さんも俺のこと嫌いになったりしてないよねッ⁉ っと目の前のさわやかイケメン君に必死に訴えたくなるも、もちろん初対面の相手にそんな馬鹿なことは言えない。
とりあえず自分のどういった部分が年上の女性に好かれそうなのかだけをもうちょっと深掘りしてみようと思っていた時、「お、アイツらも同じクラスやん」と橘が突然右手を大きくあげる。
「おうっ!
おそらく仲の良い友達でも見つけたのだろう。
良く通る声で教室後方に向かって呼びかける橘。約40人はいるであろうこの空間で臆することなく大声を出せるのは、彼がおそらく中学の時もかなりのカースト上位だった証拠に違いない。やっぱりイケメンっていうステータスはチートでせこいと思っ……
「……って、え?」
橘の呼びかけに気づいてこちらを振り返ってきた人物を見て、俺の思考が思わず硬直してしまった。
何故ならまず最初に自分たちの目の前に近づいてきたのは、おそらく身長はゆうに180センチは越えているであろう大男。
そしてその表情が怖いのなんのって、たしかに端正な顔立ちはしているのだが、どう見たってヤーさん系の映画で主役を張れそうな風貌だ。
いきなりカツアゲされそうな相手とエンカウントしてしまい、俺の両膝がまたもバンビのように震え出す。
「こいつは中学の時からのダチで名前は
「は、はい……」
ちょっとどころかめっちゃ怖いんですけどッ⁉︎
そんな終始ビビりっぱなしの自分とは違い、カーストの上座に座る橘は何の恐れもなく親しげにバシッと大男の背中を叩く。
「ちなみにこんな見た目してるけど、こいつ結構なシャイで中学の時は家庭科部やったから」
「か、家庭科部?」
今日一番の予想外の言葉に戸惑う俺の聞き返しに、「
なんてことを心の中で叫ぶも、そんな自分の心境など一切しらない橘は「景虎の特技も意外やから聞いたってや!」と笑いながらさらりととんでもないキラーパスを出してきた。
しかしいつまでもビビっていたら今後の学生生活に支障をきたす恐れがあるので、「特技はナンデスカ?」とカタコトながらも頑張って尋ねてみる俺。
すると気まずい沈黙がしばらく流れた後、相手が再びぼそりと言う。
「……ミシン」
「お、押忍……」
おいやめてくれよ。焦って俺まで変な返事しちゃったじゃねーかよオイっ! ってかその見た目でミシンが特技ってギャップがすごいなこの人!
などと心の中で吉本の芸人のごとくツッコミを連呼するも、もちろん直接言うのは怖すぎるので、「す、すごくオシャレですね!」と俺は俺で意味不明な言葉を敬語で贈る。
するとそんなカオスな状況の中で、さらに新しい声が耳に届く。
「さすが
落ち着いた声音と共に颯爽と現れたのは、細身でクールな雰囲気を纏った男だ。そして俺だとまず間違いなく似合わないであろうオシャレな眼鏡をかけている彼も、問答無用で男前である。
本来であれば絶対に関わることのない人種たちに包囲されてしまい、俺は発狂しそうになるのを必死に堪えるためにゴクリと唾を飲み込む。
正統派さわやか系イケメン。
オシャレ眼鏡をかけたクール系イケメン。
そして見た目はヤーさんでミシンが得意なコワモテ系イケメン。
そんな3人が何を血迷ったのか俺の席の周りに集まってしまったものだから、周りにいる女子たちの視線がすごい。……っておい、今俺のことを金魚の糞みたいって言った女はどこのどいつだ?
ブサイクならまだしも、もはや人間扱いされていないことにさすがに苛立ちを隠せない俺。
しかし実際に金魚のクソみたいになってしまっているのは事実なので悲しいかな、何も言い返すことはできない。クソぅッ!
周りでイケメンたちが楽しそうに会話を繰り広げている中、そんなことを考えてモヤモヤいらいらしていた俺だったが、冷静になってみるとこれはこれですごい状況である。
すでに幼馴染み三姉妹とシェアハウスというありえない環境を余儀なくされてしまい、俺はまともな青春を送ることができないと覚悟していたが、意外にも新学期初日からクラスの中でもかなりのイケメン陽キャラたちと打ち解けられているではないか。(いや、巻き込まれているだけだけどね!)
そうだな。やっぱり俺も輝かしい高校生活を送るためにせめて学校ではこうやって青春を楽しみながら、みんなと仲良く波風立たずに――
「まっさにぃ! あやねぇ! 今日一緒に帰ろなっ!」
「「………………」」
どうやら悪夢は終わらないらしい。
というよりアイツ、中学生のくせになんで高校の校舎に来てるの⁉
悪魔の来訪に思わず眼球が飛び出んばかりの勢いで見開く俺だったが、へたに心晴の相手をして自分たちの関係を知られてしまったらマズいので、とりあえずフリーズしてこの場をごまかす。
すると視界の隅で女子たちに囲まれていた朱華が、「ちょっとごめんね」と少し困った笑みを浮かべて足早に心晴がいる扉の方へと駆けていき、そのまま二人で消え去ってしまった。
あーあ可哀そうに。あれはおそらく泣く子も殺す魔王のお尻ぺんぺんの刑だ。
などとあの二人の昔のやりとりを懐かしんで現実から離脱していると、ふと橘の声が耳を叩く。
「今の子って、たしか付属中にいる心晴ちゃんやんな?」
「え? 知ってるの?」
あまりにナチュラルに橘の口から心晴の名前が出てきてしまった為、俺は思わず素で聞き返してしまった。するとその問いかけに、今度はクール系イケメンが落ち着いた口調で答える。
「ああ、心晴ちゃんって俺らが中学におった時から人気者やったからな」
そうやんな
「う、うっす……(ポッ)」
「……」
え、今のなに? 今なんかこの人、心晴のこと聞かれて一瞬ポッってしてなかった?
ダメだよお兄ちゃんは心晴の男関係なんてまだ認めないよ! と俺は愛する妹の
けれども現実でやると非常に怖いので、とりあえず高速で瞬きだけして威嚇する。
そんな感じで誰も気づかないところで心晴の身を案じていると、今度は橘がふと唇を開いた。
「そういやさっき心晴ちゃんがいってた『まさ兄』って……」
何か心に引っかかることでもあったのか、不思議そうな声音でそんな言葉を口にする橘。
そして三人の視線が揃ってこちらに向いたタイミングで、はい自己紹介。
「あ、申し遅れましたが俺の名前は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます