過去と黒歴史

エリー.ファー

過去と黒歴史

 死にたくなるような夜はいつだって、何度も何度もやってくるものだ。それは夜のうちに、ということではない。その夜を越えてもということである。

 夜は心に潜んでいる。

 月があっても。

 雲がなくても。

 太陽がそこにあったとしても。

 誰かの光が捻じれて存在していたとしても。

 車のライトが夜の闇の中に現れて、自分の姿を表現し始めたとしても。

 勘違いをしてはいけない。

 この夜は私たちを包むために存在しているのではない。ただ、あるだけのものなのだ。単純な理由でしかない。私たちは勝手にこの夜に包まれようとしたのだ。存在していたものに意味付けをすることで物語にしようとしたのだ。それは自分の外部的事象に、理由を付加することによって、ナルシズムを守る動きである。

 黒歴史は夜だ。

 まるで、見えない。

 しかし、形はある。

 けれど、形状を確認しようとすると逃げてしまう。

 まるで、そう。

 闇である。

 闇と夜は微妙に違う。性質が似ているというだけで性格が違うのだ。闇はこちらに働きかけてくるが、夜は観察してくるだけである。

 私たちの心は闇に支配されることはあっても、夜に支配されることはない。

 つまり。

 黒歴史が私たちを形作るとしても、私たちの支配にまでは繋がらないというのが事実である。

 癖のある、心の動きというところだ。真実を語るならば、状況の整理をもってして、その心がどのように影響を与えるのかを考えなければならない。

 嘘をついてしまうのは最も恐れるべき事象である。

 不思議と、自分を大切に扱うこのできない人間ほど、黒歴史というものに悪いイメージを持っている。一体、何故なのだろう。自分を理解できなかったり、納得できないという思考は、結果として自分を見つめなおすという行為の不器用さに繋がっている。

 なるほど。

 そういうことか。

 黒歴史というものを悪く考えてしまうということではない。

 そもそも、存在しない黒歴史をそこに作り出すということに繋がるのだろう。

 私たちは、自分がどのような考えを持って生きているのかを他人に説明することができない。仮に行動に移したとしても、それが相手に正確に伝わることはほぼない。なぜなら、自分自身でも理解できいないからである。

 これもまた、黒歴史になるのかもしれない。

 そう、歴史として積み重なっていく。勘違いをしているうちに大人になって、その足が影を踏み始める。

 空が明るくなってくる。

 どうしてなのか。

 何かが起きたとは全く思えない。

 何故ならば。

 私は、ここに立っていただけだからだ。

 前に進んですらいない。

 考えただけだ。吐き出しただけだ。指が動いただけだ。目が動いただけだ。物を落としただけだ。

 なのに。

 夜は終わっていた。

 周りを確認する。

 誰もいない。

 誰かがいた気配はあったのだ。しかし、勘違いだったということなのか。

 私はそこで初めてようやく歩き出す。右足は軽かった。左足は心地よかった。

 いつのまにか、靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、そして、地面を知っている体になった。

 黒歴史はどこにいってしまったのだろう。忘れないようにメモをしておくべきと考えていた時間もあった。今はもう。何もない。

 失ってしまったわけではないが、どこにあるかは分からない。

 黒歴史らしいものがあって、そこに付随する感情と、誰かの心があった。

 捨てたわけではないが、落としてしまったようだ。

 振り向いてはみたものの。

 水面があった。

 それだけであった。

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