第9話 このコメント、多分この世のものじゃねぇぞ
あらすじ:ついに投稿した
――
「うわ! 凄いよ瑠香ちゃん! 見て見て!」
朝六時、遮光カーテンの隙間から夏の太陽が差し込む時間帯に、良心の叫ぶ声が室内に響き渡る。昨晩二十二時に投稿した動画だったのだが、それがどうなったのかの反響を確認すべく、良心は起床と共に動画サイト『み~ちゅ-ぶ』を開いたのだが。
「凄い凄い! 応援コメント八十もあるよ! チャンネル登録者数も三百だって! 凄くないこれ!? 凄くない!? えー! 凄い! こんなに人気あるんだ事故物件って! 私一人でやった時は登録者数三から全然伸びなかったのに、うわぁー! 凄いなぁ事故物件! 再生回数も三千超えてるよ! わー! 三千! わー! すごーい! わー!」
「……朝からわーわーうるせぇんすよ……。朝は弱いんすから、もうちょっとテンション低めでお願いしたいっす…………まだ六時じゃないっすか、もう一回寝よ寝よ……」
学校の始まる時間は八時半、実家に住まう瑠香ならばこの時間に起きないと間に合わないのだが、今は違う。ヘブンズガーデン栄久戸103号室から栄久戸理容美容専門学校までは徒歩で二十分。昨日父である武三が運んでくれた自転車を使えば、十分もかからずに到着してしまうのだ。
寝ぐせのついた金髪をそのままに、もぞもぞと布団に戻る瑠香に対し、お目目ばっちり完全起床モードの良心は、動画についていたコメントに対して、一つ一つハートを付け返信していった。
「心配してくれる声が多いけど、中にはエロを求めてる声も多いなぁ。そういうチャンネルじゃないって言う事は強調しておこうかな。っていうか、護る系も多いね。護るかぁ、どうせなら好みの男性だったらいいのになぁ」
「……良心さんの好みの男性って、札束持ったATMなんじゃないんすか?」
「温かくて無口で大金持ちで……って、違うから、私そんなにがめつくないし」
「どの口が言うんだか」
瑠香の言う通りである。
事故物件に住み心霊現象を金に換えようとしている良心に言えた言葉ではない。
「それで? 実際はどんな人が好みなんすか?」
「う~ん、と……大きい人、かな」
「……大きい人?」
布団の中から良心を見て、瑠香は怪訝な顔を浮かべた。
「私ね、痩せてる人とかあまり好きじゃないんだ。安心できないじゃない? ちょっと太ってるくらいが好きなんだ。あとは筋肉凄い人も嫌いかも。叩かれたら痛いし、怒ったら怖いじゃん? 顔も別に求めてないし、優しくて浮気しない人なら何でもいいかもね」
「なんすかそれ、顔を求めてないって。ストライクゾーンめっちゃ広くありません? ああ、だから神名君が来た時にも特に反応しなかったんすね、納得」
「そうね、私は別に神名君だ♡ とはならないかも。どっちかっていうと佐治さんの方が好みかな」
耳に覚えのある名前を聞き、瑠香は布団から飛び起きた。
「ちょ、ちょっと待って下さい、佐治って、私のお兄ちゃんの? あのぼさぼさ頭でお腹たゆんたゆんの
「別にボケてないし」
「えー!? じゃあ今からお兄ちゃんに報告してもいいっすか!? テメーに春が来たぞって言えば多分速攻で食いつくっすよ!? あーでも良心さんがお義姉さんになるのかー! うわー!」
「な、なんでいきなりそんな話になるの!? 好みを聞かれただけだから答えただけで、別にそこまで大好きー! って訳じゃないからね!? それに最後の『うわー!』ってどういう意味よ! いいじゃない私が瑠香ちゃんのお姉ちゃんになったって!」
「ダメっす! 実家の床屋継ぐのは私なんすからね!」
「ウチだって実家床屋ですぅ! もう頭きた! お姉ちゃん好みの妹にしてやるんだから!」
「な、なんなすかそれ!」
どたんばたん騒ぐ音を、隣に住まう瀬田円はモーニングコーヒーを優雅に飲みながら耳にする。補助椅子に座る三歳になる息子の流斗も、いつになく機嫌が良さそうだ。
「一昨日までは不安そうな顔で隣を見てたのにねぇ……。良い子たちが住んでくれて良かった。このまま事故物件、なんてレッテルが無くなっちゃえばいいのに」
「じこぶ……えん? ママ、こはん」
「ふふっ、そうよね、お父さんのご飯用意しないとね。私も昼から仕事だし、流斗も一緒に保育園行かないとねぇ~」
ヘブンズガーデン栄久戸は良心たちが引っ越してきた事により、それまでの陰鬱とした空気を一掃し、とても晴れやかな朝を迎えていた。かなり賑やかな声は一つ上の階である203号室にも響き渡り、そこに住まう神名
「引っ越してきたんだな。今度は女の子だし、ちゃんと護れるといいんだけど」
階下に住まう女子二人を想う気持ちは、どうやら皆同じの様だ。住む家が事故物件なんて言われて嬉しいはずがない。消し去れるのなら消し去ってしまいたいと願うのが、普通の感性だ。
「あー! なんすかこの髪型!」
「妹と言ったら三つ編みツインテールでしょ!」
「三つ編みとか小学生以来っすよ! 私は普通に下ろすのが好きなんすよ! 良心さんだってストレートに落としてるだけじゃないっすか!」
「私はお金がないだけだから! お金があったらパーマとか掛けたかったし!」
「じゃあ自分でやればいいじゃないっすか! なんなら私が今からアイロンかけましょうか!?」
「え⁉ やってくれるの!? やって!」
強化ガラスに電子錠、物理面は強固な要塞だが、どうやら防音設備は備えていないらしい。筒抜けな二人の賑やかな声は、その後も周囲を幸せで包みこんでいき……そして時刻は、通学の時間を迎えるのだった。
「おはようございまーす!」
「はよっす」
二人仲良く学校へと向かい、理容の教室へと入室する。高校生の様に決められた席へと着席すると、二人は早速専用の制服へと袖を通し授業の準備をするのだが。
「おはよ。なぁ、昨日から新しい住まいに引っ越したんだろ?」
「あ、菜豆奈ちゃん、おはよう。うん、瑠香ちゃんと二人で住んでるよ」
銀髪の隙間から覗くサファイアの様な色の瞳で、菜豆奈は良心と瑠香を凝視する。
その目は良心の顔だけではなく、頭の天辺から足の先まで、じっくりと観察しているようで。
「その割には……アレだな、何にも憑かれてないな」
「え? 分かるんだ?」
「一応、寺住まいだからな。てっきり一日目から重いの持ってくるかと思ってお札とか用意してたんだけど、無駄になっちまったな」
手にした鞄の中から数枚のお札を見せてきた菜豆奈だが、それと共にチラリと見えたのは白紙の領収書。どうやら売りつけるつもりだったらしい、地獄の沙汰も金次第とはよく言ったものだ。
「あはは、お陰様で体の不調とかもないよ。あ、そう言えばね、昨日の内に動画も投稿したんだ。一日目から反響凄いの、特に霊的な何かが映った訳じゃないんだけどね」
「でも、ウチ等の家襲撃されてるっすからね。そんじょそこらの心霊動画とは訳が違うんすよ」
「襲撃? 何それヤバくね? やっぱりこのお札買っとくか?」
ずいっと突き付けてきたお札。こういった霊的なモノはお値段が高いのが相場だ。
良心の胸に押し付けられたお札を、丁重に菜豆奈へと返却する。
「いらないし、そんなお金あったらロッドの一本でも新調するし。それより見てよほら、昨日の動画、反響凄くない? チャンネル登録もばんばん増えてるんだから」
菜豆奈との会話に瑠香も混ざり、良心は全員に見える様にスマホを机の上に置いた。
そして表示させるは動画サイト『み~ちゅーぶ』、自身の投稿動画だ。
「お、凄いっすね、再生回数そろそろ六千回じゃないっすか」
「えへへ、凄いよね、ちょっと驚きだよ。ほら見て、私全部のコメントにしっかりと返信したんだよ? あ、でもまたかなり増えてるな、きちんと返さないと――」
「ちょっと待ちな、そのコメント、何か見えるぞ」
「へ? 何か見える?」
良心の持つスマートフォンを奪い取る様にして、菜豆奈が一つ一つのコメントに目を通していく。書かれている内容は千差万別だが、「これと……これもかな」と、菜豆奈は幾つかのコメントを指摘した。
「全部で二個……かな、このコメント、多分この世のものじゃねぇぞ」
「この世のものじゃない? またまたぁ、お札買わそうとしてるだけなんじゃないのぉ?」
「そうっすよ、お化けがコメントなんか書ける訳ねぇじゃないっすか。ちなみに、どんなコメントなんです?」
・ダメ
・僕が守る
菜豆奈は画面に表示された二つのコメントに指を当て、ゆっくりと目を閉じた。左手は拝むように胸の前に構え、微動だにしない菜豆奈の姿は、さもスマホからの霊力を感じている様に見えなくもない。
「この二つだね、僅かだけど霊力を感じるよ。最近の心霊って進化しててさ、ネットを介して広がっていったりするんだよな。父さん母さんの時代にはメールで呪いが伝播していったりしたみたいだけど、今は動画からそのままいけたりするんだよ」
「……それで、菜豆奈さんとしては、どんな感じなんすか? このコメントの内容的に、敵意とかは無さそうっすけど……」
少々不安げな声で瑠香が菜豆奈へと質問すると、菜豆奈は薄く開いた瞳で瑠香へと視線を移す。
「敵意は感じられないね。文面そのままの意味なんじゃないかな」
「文面そのままって事は、他の人がお化けになるのはダメ。お化けさんが私達を護ってくれるってこと? え、なにそれ、そんなのってあるの?」
スマホの動画を停止させて、今後は良心から菜豆奈へと質問する。
「無くはない、死のうが何だろうが相手は元人間だからな。心霊スポットって大抵暴走族とかの落書きがあるだろ? でも、暴走族が呪われたって聞いた事がない。その理由は簡単、幽霊も暴走族が怖いんだよ」
「暴走族が、怖い。お化けが?」
「そりゃそうさ、生きてても怖いんだから、死んでも怖いに決まってる。だからこのコメントは――っ、ちょっと待て、何だその画面」
「え? 画面って」
菜豆奈が指摘した画面、良心が停止させていた画面は、夜の襲撃のシーンだ。画面上は真っ暗だが、瑠香が加工した音声だけが聞こえる動画なのだが。
それを見た菜豆奈は「おいおい……マジかよ」と呟きながら、スマホの画面をマジマジと眺める。眉間にシワを寄せて、数分は眺めていただろうか? 冷房が効いた教室で菜豆奈の頬に汗が一筋流れると、彼女は良心へお札とスマートフォンを押し当てた。
「やっぱり、このお札は持っていった方がいい。何も無ければそれでも良いけど、何かあったら多分、アタシ後悔するから」
「え、何それ、この画面に何か映ってるの?」
「分からない、分からないけど、この画面から物凄い怨念を感じるんだ。執念……かな。ああ、お札のお金はいらないよ。もしそれが破ける様なら、引っ越しを検討した方が良い、何かあってからじゃ遅いからね」
――
次話「何で誘わないんすか……」
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