第6話 始まる

あらすじ:ついに始まった事故物件へのお引越しなのだが、そこが事故物件とは思えない程に静かに、そして暖かな光に包まれながらのお引越しとなった。優しい瑠香の父と兄の協力もあって、お引越し自体は終了したのだが――


――


 家電は前の部屋で良心が使用していた物をそのまま設置し、キッチンのある一間には瑠香の家から持ってきたという、大きすぎない程度のテーブルが用意されていた。瑠香曰く、ここでご飯を食べてもいいし、物を置くスペースにしても構わないとのこと。


 奥行きがある物入れにも布団や二人の私物が所狭しと置かれ、何も無かったヘブンズガーデン栄久戸103号室は、僅か数時間で生活感満載の女の子の部屋へと様変わりしていた。


「さてと、レンタカーの時間もまだあるし、ご飯でも食べに行くか? それと、カーテンの丈があっていないみたいだから、お父さんからカーテンをプレゼントしてあげようかな」


「え、本当ですか!? やった! 前の部屋のを持ってきたんですけど、ちょっと足らなかったみたいなんです!」


「足らない分は継ぎ足せばいいって良心さん言ってたっすけど、流石にねぇ」


「ははは、そんなの買った方が早いだろ。女の子二人が住むんだから、外から絶対に見えない遮光カーテンにしないとダメだろうし。いくらでも買ってあげるさ」


「――っ、お父さん、大好き!」


 無論、飛び込んだのは良心だ。

 父親にそこまで甘えない瑠香は「はいはい」と、とりあえずの礼を告げるのだが。


 トラックに乗り込んだ佐治を含む四人は、レストランでお昼を食べた後にホームセンターへと向かい「女の子女の子していない方が良い」と、緑色の葉っぱをモチーフにした可愛らしいカーテンを購入し、「これもついでに」と男物の下着も数着購入することに。


「え、お父さんまさか泊まるつもりっすか?」


「はははっ、それでもいいなら泊まっていくけど、残念ながら明日は仕事なんだ。こういうのを干しておけば、痴漢や強盗、ストーカーが逃げていくってよく言うだろ?」


「そうかもっすけど」


「お父さんか佐治が使ってる方が、使用感があっていいか?」


「いらない、いらないから。それよりもごめんねお父さん。お金沢山使わせちゃったっすね」


 カーテン以外にも必要な物として、タオルや保存用のボディソープ、新しいお箸など細々した物を籠に入れると、レジでは心霊現象よりも恐ろしい五桁の数字が表示されていて。あちゃ~と良心は口に手を当てていたのだが、武三の取り出した財布の中身を覗き見て、その目をハートへと変貌させた。


「いいさ、大事な娘の独り立ちだからね。本当なら父さんは嫌だったんだぞ? だがな、一時間半の通学は確かに遠い。それに良心さんも一緒と聞いていたからね、二人なら安心だと思ってな。ああ、あとは先程瑠香が言っていた通り、学校卒業したら帰ってくるんだから、それまでは父さんも我慢するさ」


 躊躇する事なく支払いを済ませる武三を見て、良心はぽっと頬を赤く染めた。


「……なんで赤くなるんですか、惚れる要素皆無ですよ?」


「え? 何か男らしくない? 私年上の人の方が好きなんだぁ」


「それにしたって父と友達が不倫してるなんてメロドラマにもならねぇっすから、やめて下さい。良心さんの事は好きですけど、お母さんなんて呼びたくねぇです」


「あはは……そこまでは好きじゃないから大丈夫。っていうか私そんなに惚れっぽくないし」


 二人がきゃいのきゃいの言っている間に、佐治が荷物をトラックへと積み込み、トラックの中はまたしても荷物で沢山になっていた。寡黙だが動く男、関口佐治、彼は良心たちが住まう家に来てからも黙々と働いていたのだが。


 そんな彼が帰宅してから僅かに様子がおかしくなっていた、トラックから荷物を下ろす時にぼんやりと部屋を見ていたり、室内に入るときょろきょろと周囲を見まわしていたり。今はすっかり女の子の部屋になってしまった南側の部屋の絨毯の上で、物置を見て硬直している。


「あの、お兄さん……どうかされました?」


 気になったのだろう、良心は作業の手を止めていた佐治へと語り掛けた。

 

「……ん、と、あ、いや、別に」


「大丈夫です、素直に喋ってくれた方が後々役に立ちますから」


 役に立つ、その言葉は心霊現象を撮影し、金に換えようという良心ならではの言葉だ。先日菜豆奈はどこにカメラを置いても良いと言っていたが、少しでも意見があるのならば聞き入れたいというところか。


 しばらく良心を見て口を開いたり閉じたりしていた佐治だったのだが、物置を指さししてこう呟いた。


「……あそこから、物凄い視線を感じるんだ。他にも風呂場とか、キッチンベランダ……。とにかく、この部屋は居心地がとても悪い。大丈夫? ここに住むとか、僕じゃ想像しただけで吐き気がするんだけど」


 沢田も咲子も言っていた、男の人が住むと退居するかお亡くなりになるかだと。真実味が増した佐治の言葉だったのだが、そんな佐治の頭をわしゃわしゃと武三が掴む。

 

「また佐治はそんな事を言っているのか? ああ、すまないね良心さん、ウチの息子どこに行ってもこんな事を言うんだよ。何も無いから、こんな綺麗な家にお化けなんかいる訳ないだろ?」


「そういえばウチのお兄ちゃん、旅行の度に襖の裏とか掛け軸の裏とかチェックしてたっすね。菜豆奈さんと違ってウチは実家がお寺じゃねぇっすから、良心さんも適当に合わせといてください」


 そうなんだと良心は相槌を打つも、この家に関してはどこで何を言っても正解になってしまう最強の事故物件だ。物置から視線を感じると言えば思い当たる節があるし、風呂場キッチンベランダにももれなく何かが存在する可能性が高い。


 結局、佐治の言葉は菜豆奈と変わらない。どこにカメラを置いてもOKという事だ。

 その後も佐治は何かに怯えていたが、作業の手を止める事はなくて。


「それじゃあ帰るからね、電子錠だからって戸締り、油断するんじゃないよ?」


「もう子供じゃないんだから、大丈夫っすよ。ありがとねお父さん、お兄ちゃん」


 十六時、引っ越しの粗方が片付いた武三と佐治は、レンタカーの返却時間というタイムリミットを迎えていた。後ろ髪惹かれる思いなのだろう、何度も振り返っては手を振る父へと、瑠香と良心も手を振り続けていたのだが、佐治だけは二人を見ようともせずに、無言のまま助手席へと乗り込んだのだった。


 部屋に戻った二人は綺麗になった部屋で大きく伸びをして、深く息を吐いた。


「やっぱり男手があると助かるね。引越し業者さんだけじゃ冷蔵庫とか大変だったかも」


「そうっすねぇ……というか、始まるんですね、ここでの生活が」


 オール天然素材の事故物件、死者十名の最強であり最恐の物件での生活。

 けれども今の所は何事の変化もなく。


「暗くなってきたから電気付けるね~」


「あ、お願いするっす」


 ベッドで寝そべってスマホをいじっていた瑠香へと声を掛けてから、良心が部屋の電気を点灯する。まだ日の光が入りはするものの、薄暗くなっていた室内は、ほわっとする白色灯の光を受けて、眩しいくらいに明るくなった。


「あは、やっぱりLEDは明るいなぁ。蛍光灯とは違うよ、四十年くらいもつっていうしね。経済的で助かるなぁ」


「でも、LEDって結局、他の部品が故障して買い替える必要があるとかって言いません?」


「え? そうなの? 詐欺じゃん」


「実際の所は知らないですけどねぇ」


「ふぅん……てもさ、買ったばかりなんだから、いきなり壊れるって事はないでしょ」


 良心が話かけるも、瑠香からは「そうっすねぇ」と気の無い返事が返ってくるばかりで。片づけを一人続行していた良心だが「あ」と一言発すると、スマートフォンを手にして再度瑠香へと声を掛けた。

 

「そうだ、カメラセットしないと」


「え、本当に撮影するんすか? 家賃が浮いただけで満足とかじゃ?」


「だって、それが一番の目的じゃん。家賃浮いたのは助かるけどさ、ハサミとか新しいの欲しいじゃん? 未だに支給された髭剃り使ってるの私くらいのもんだよ? 風船だってパンパン割れちゃうしさ」


「風船が割れるのは良心さんの技術不足――」


「言わないで! 新しい道具購入すれば、きっと私の腕前も上がるから! ほら、瑠香ちゃんも手伝って、一緒に撮影場所決めよ!」


 理容師の学校では風船を顔に見立て、髭剃りの練習をする事がある。風船が割れてしまうという事は、刃が立ってしまっているということだ。割ってしまう生徒も稀にはいるが、良心の腕前は道具のせいにするには少々時期が早い気もする。


 そんな感じでヘブンズガーデン栄久戸103号室が賑やかになっていた頃、隣町に住む若者達が「あー暇、何か楽しいことねぇの?」と、若者特有の暇アピールを周囲に溢していた。


 彼等の頭髪は金や茶に毛染めされ、耳にはピアス穴がいくつも空いていて。六月の熱帯夜をものともせずに道端に座り込みながら、煙草を咥えたりガムを噛んだり。


 時間はあるが金がない、これが学生時代によくある光景だ。

 ならば勉学に励めばいいと考えるのは大人の思考回路。

 

 遊び最優先な彼等の思考回路は、いつだって楽しいを求めている。

 安価で、楽しくて、スリルが味わえたら尚良い。


「近くの心霊スポットも行ったしな、何かねぇかな?」


「あ、ほら、そういえばなんて言ったっけ? 事故物件探せるサイトあったじゃん」


「事故物件? ……たしか、何とかテルだよな」


「そうそう、それそれ、ちょっと調べてみようぜ」


 心霊スポット、事故物件、そういった場所は、若者からしたら無料で楽しめる肝試しの場として最適と考えられている。無論、日本という国はどの土地も所有者がおり、無断で入ること自体が違法なのだが、若者はそういった取り決めで止まる様な事はしない。


 バレなきゃいい、赤信号、皆で渡れば怖くない。

 

「結構どこでも死んでんだなぁ……あ、おい、何かここ、炎のマークでかくね? 十?」


「十って事は十人だよな。は? 十人も死んでんのここ? ――っ、すっげ、首つりに病死に殺人だってよ! 何ここすげぇじゃん! ヘブンズガーデン栄久戸だってよ、近いじゃん行ってみようぜ!」


 楽しいが最優先なのだ、暇が潰せてスリルが味わえれば尚良し。


 タンクトップにハーフパンツ姿の若者三人が軽自動車に乗り込み、ヘブンズガーデン栄久戸へと向かった。ダッシュボードには細長いLEDが紫色に光を放ち、掛かるBGMは重低音が地面を叩き鳴らす。


 死んでいる人間よりも生きている人間の方が恐ろしいとは、よく言ったものだ。心霊スポットで女子二人と出会ってしまった場合、そこから何が起こるのかは想像に難くない。彼等が103号室に辿り着いた時に、そこに住む良心と瑠香を見て何を思い、どのように行動するのか。


 二十一時、一台の軽自動車がヘブンズガーデン栄久戸の前に停車する。住宅街に入った事もり、既に軽自動車から重低音は聞こえてこない。サイドブレーキを掛ける音が聞こえてくると、静かに窓が開き、若者数名が顔を覗かせる。

 

「……着いたぜ、ここがヘブンズガーデン栄久戸だってよ」


「結構新しいアパートじゃんね。他に住んでる人もいるみたいだし」


「でも、103号室は暗いな……カーテン掛かってんのか?」


「わかんね、車降りて近くに行ってみようぜ」


 車から見る限りは、ヘブンズガーデン栄久戸は普通のアパートとなんら変わらない。明るい照明が一階と二階の通路を照らす、二階建てのどこにでもあるアパートだ。彼等がよく行くであろう陰鬱とした寒気がする、物音ひとつで背筋が凍る様な心霊スポットではない。


 普通の家庭が普通に暮らす憩いの場。

 それがヘブンズガーデン栄久戸だ。


 ヘブンズガーデン栄久戸は周囲を囲う塀は存在しない、近くに行こうと思えば目の前まで行けてしまう。しかも103号室は一階だ、僅かに存在する庭を足音を立てない様に進み、彼等は103号室へと忍び寄った。


「(……カーテンだな、誰か住んでるんじゃね?)」


「(嘘だろ? 十人以上死んでんだぞ?)」


「(……とりあえず、近くに行ってみようぜ)」


 小さな声で耳打ちしながら進む彼等は、そのままベランダへと侵入する。

 もし住人でもいれば驚かしてしまえ、いなければ内部探索開始、そんな所か。


「(……見えねぇな)」


 カーテンの隙間から何かが見えないかを覗こうとするも、武三が購入したカーテンが功を奏し、僅かな光りすらも外部へと漏らさない。遮光カーテンとはよく言ったものだ。


 何とか見ようと中腰になり、その後しゃがみこんで中を覗こうとする若者なのだが。


「――――ッ! おい! ヒロ! ダメだ! 上!」


 窓にへばりついたヒロと呼ばれた金髪の男性が言わた通り視線を上へとやると。

 そう、彼は地面に両膝と両肘を付きながら、首だけを曲げ視線を上へとやったのだ。

 普通に考えたら上に何かがあるはずがない。


 しかし――


「……え、あ、足?」


 あるはずの無いモノが目の前にあると、人間とは一瞬硬直してしまう生き物だ。

 俗にいう、頭が真っ白の状態。


 ヒロがしゃがみ込んだ状態で上を見ると、そこには足の裏が存在した。

 靴下も穿いていない、異常なまでに白い素足の足の裏。

 僅かに揺れるその足は、そこにあるのだけどその先にある物が透けて見えてしまって。

 

 身体が硬直したヒロは、そのまま眼球だけをゆっくりと、更に上へとやった。

 くるぶしまで見える真っ白い足は筋と骨だけが見え、とても貧弱そうに見える。

 穿かれているズボンは意外にもシワがなく綺麗なのだが、高級そうには見えない。

 死ぬ間際に穿いた一張羅、そんな印象を与えてくる。


「ひっ、う、うわああああああぁ!」


「これダメだ! ダメだろ! やべぇやべぇヤベェッ!」


 薄く透けた浮かぶ足、それを見ただけで三人組だった若者達の内、ヒロを除いた二人は一目散に逃げだしてしまった。ベランダにいたヒロだけは逃げる事が出来ず、両手両足を使って後ずさり、浮いている足から必死に逃げ惑う。


 だが、そんなヒロの背中に何かが当たる。

 壁しか無かったはずの背中に当たる何か。


 ぐわっと振りむいた先にいたもの、それは、うずくまり体育座りをしている謎の男。

 生きてはいないだろう、つい先ほどまではそこには誰もいなかったはずなのだから。


「――――――ッッ!!!」

 

 こうなってしまっては逃げるしかない、左手でベランダを掴むと、腕力と動く様になった足で地面を蹴り、転がる様にしてヒロは地面へと落下した。


 着地の瞬間に鈍い音が響き、ヒロは「ぎゃっ」と悲鳴を上げたが、目の前にせまるこの世の者ではない何かを視界に収め、頭から血を流し、右肩を押さえながらも脱兎の如くその場から逃げ去る。


 熱帯夜に発現した103号室に住まう同居人たち。

 その時良心と瑠香は何をしていたのか。


 つづく。


――

次話「真っ暗で見えない」

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