第4話 良い霊能力者なんですね……

あらすじ:咲子さきこによって案内された事故物件は、思っていた以上に綺麗な部屋だった。ただし、瑠香るかが発見した変色した盛り塩、崩れ去ったそれだけが異様な雰囲気を醸し出し、瑠香は住まう事を拒否していたのだが。神名という男の登場によって、ここに住むと宣言してしまった瑠香なのだが――


――


 十八時四十五分、良心よいこたちが内見を始めて既に三十分が経過しようとしていた。室内の見学はもっぱら完了している。お風呂もトイレも洗面台の下も全部チェック済みだ。ではなぜ動かないのか、それは玄関先で延々と語っている子犬の様に尻尾をぱたぱたと振った女がいるからだ。


「……あ、やっと終わったのかな」


 ふんふんふふーん♪ とニコニコ笑顔で戻ってきた瑠香だったのだが、その後玄関を閉めると途端にその場に崩れ去った。そして何を思ったのか突如として泣き始めるではないか、一体彼女になにが起こっているのか。もしかしたら憑依なのか? 良心に戦慄が走る。


「……る、瑠香ちゃん? 何で泣いてるのかな?」


「ふえええええぇん……だって、あんなかっこいい人と仲良くなったの初めてなのに、アタシ、ここに住むなんて嘘ついちゃったから……。大体、ここが事故物件なのがいけないんっすよ! 普通の家だったら即入居なのに! もう、頭に来るなぁ!」


 笑顔で戻ってきて泣き始めて怒り始めた。喜怒哀楽が激しすぎる。

 けれども、良心はそんな瑠香の両肩に手を置くと、優しくこう言った。


「瑠香ちゃん、嘘じゃなくしちゃえばいいんだよ」

 

 入居しろ、私と一緒に。


「……やっぱり、それしかないっすよね。うわあああああああぁん! 嫌だよぉ! 怖いの苦手なんっすよアタシ! お化け屋敷とか絶対に入らないし、怖い映画も見ない様にしてるのに! なんで最大級に怖い事故物件に住まないといけないんですか! でも、でも……神名君かっこいいッ!」


 人間、三大欲求には勝てないものだ。睡眠欲、食欲、そして、性欲だ。恐怖という感情は潜在的なものであり、克服しようと思えば出来てしまうもの。瑠香の愛情が勝れば、事故物件に住まうという恐怖も打ち勝つ事がいつかはできるのであろう。多分。


「ここに住んでればお金も稼げるし神名君ともお近づきになれるし、一石二鳥じゃない。あきらめよ、瑠香ちゃん。そしてお祝いしよ、二人の新居に」


 新居 (事故物件)に対してお祝いなど出来るはずがなく。「うわああぁん!」と泣きながら良心の腹にボディブロウを決めた瑠香は、そのままの足で一人どこかへと居なくなってしまったのだが。


 翌日、栄久戸えくと理容美容専門学校の教室にて、いつもの茶色い制服に身を包んだ瑠香は涙ぐみながら良心へと「一緒に住むわよ……ちくしょう」と同居生活へとOKを出したのであった。


 お昼。


 専門学校には食堂が存在せず、外食するか教室で持ってきたお弁当を食べるかしか選択肢がない。普段は職員室へと行き、電子レンジを借りてレトルトを食す良心も、新居祝いという事で瑠香を連れての外食となった。


 「お、珍しいじゃん、良心が外食なんて」と絡んできた少々ヤンキー風味の女の子が一名。綺麗に染め上げた銀色の髪は、理容ではなく美容の世界に行けばよかったのでは? と思わせる程に綺麗に染め上がり、メイクもばっちり決めているギャル系の女の子だ。


 陣頭院じんとういん菜豆奈なずな、最近十九歳になった数少ない理容の女生徒の一人。外食時までダサイ制服を着ている訳にはいかず、彼女は薄出の肩だしTシャツにダメージジーンズを穿いた今風の女の子だ。


 良心は白いTシャツの中央に『煩悩』と書かれたTシャツを着ており、綺麗目の菜豆奈と並んで歩くとどうしても浮いてしまう存在に。隣にいる瑠香だってフリルの付いた真っ白な可愛らしいワンピースにパンツスタイルなのに、良心だけ煩悩である。


 洋風レストラン『ポルタイスト』へと足を運ぶ三人。店内はお昼時宜しくにぎにぎと賑わっていて、店員に案内され座席に座るなり、「今日はお祝いだから」と、良心は注文用のタブレットからポチポチと注文した。


 次々に届くナポリタンやフライドポテトを舌鼓しつつ、菜豆奈は瑠香へと問いかける。


「そんなにイケメンなの? その神名って男」


 菜豆奈が問うてきたのは、瑠香が惚れた神名という203号室の男だ。

 事故物件に住んでも構わないと思わせる程のイケメン、ある意味命がけの恋愛。

 

「やっばいんっすよ、超イケメンなんす。聞いてて耳に心地いい声だし、細いし大学生だし。そのうち髪の毛切らしてって言ったらいいよって! きゃー! 早くあの家に住んだ方がきっと良いっすよね。ふふっ、あ、ね、良心さん、今日申し込みに行きませんか?」


 注文したピザを口に頬張りながら、良心は首を縦に振った。


「うん、いいよ。というか、もう申し込んである」


「え?」


「だって、同居人の名前は後からでも追加できるし。最悪、私一人でも住むつもりだったし。今日の外食のお金だってどこから出てると思う? 来月の家賃だよ? もう私には引っ越す以外に道が残されてないの」


 退路を断つ、背水の陣を地で行くタイプの女、若林良心。それはそうであろう、七万五千円の家賃が三千円になるのだから、簡単計算七万二千円のお金が浮くという事だ。いつになく豪勢なランチには、それなりの理由があったということ。


 ピザの次に届いたナポリタンをクルクルと回しながら、良心は続けた。


「鍵の交換費用も出してくれるみたいだし、本当めちゃくちゃリーズナブルなんだ。書類も出来る限り昨日の内に揃えちゃったし、引っ越しの手配もしちゃった」


「あはは、早いな良心は。そんで? そこってなんでそんなに安いんだ? やっぱあれ?」


 誰しもが察しがつく、それ程までに知れ渡っているのがあれ、つまりは事故物件という固有名詞だ。二〇〇五年に登場した島テルという事故物件サイト、これにより誰でもいつでも心理的瑕疵物件は確認が出来る様になってしまった。

 

 そのサイトの信頼性は高く、自分の住んでいるアパートが事故物件ではないか? 近隣に事故物件は存在しないか? そんな検索をする人が今もなお後を絶たない。咲子が言っていた「今は何でも出て来ちゃう」の一つが、この小島テルのサイトの事を指しているのだろう。

  

「そ、事故物件って奴」


「お~、マジか、一人死んでるって奴だろ?」


「それがっすね菜豆奈ちゃん、一人じゃないんっすよ。十人も死んでるんす、十人も」


「住人が十人いる、なんちて」


 テーブルに突っ伏しながら嘆いていた瑠香の脇で良心が何か言っていたが、二人は無視してそのまま会話を続けた。


「十人はやばいな、来月には十二人になってるかもしれないんだろ?」


「え? なんで増えるの?」


 僅かな沈黙、疑問を飛ばした良心に対して、瑠香が「アタシ達のことっす」って一言。


 可能性としては無くはない、住むだけでもヤバイのに、それを撮影してお金にしようとしているのだから。不謹慎レベルで言ったら、菩薩が罪人を救う為に蜘蛛の糸を垂らして、少し上がって来たら笑いながら落としてしまう様なレベルだろう。救いようのない、死者でさえもお金に換えてしまうビジネス。世も末だ。


「あら、いらっしゃい……今回は更にお一人増えたんですね」


 スマイリーハート不動産に務める小岩井咲子、彼女が笑顔で出迎えるのは菜豆奈も含めた可愛らしい女の子三人組だ。既に契約の話は進んでおり、今は良心の保証人である両親の信用確認をしているところなのだとか。


「まぁ、問題ないでしょうね。早ければ来週にはお引越しが可能になりますよ。それで、そちらの関口瑠香様は同居なさることに決まった、という事で宜しいのでしょうか?」


 三人へとウェルカムコーヒーを出しながら咲子が問うと、「はぁ」とため息を吐いてから、観念しましたとばかりに、瑠香は鞄の中から二枚の紙を取り出して咲子へと手渡した。


「残念ながら決めてしまいました。住民票の写しと学生証のコピー、これで大丈夫っすか?」


「ええ、契約者様は若林様ですので、関口様はこれで問題なく同居が可能になります。オーナーの沢田様への報告も先程済ませまして、女の子が住んでくれるってお喜びになられてましたよ」


 喜ばれると何故だか嬉しいもので。良心と瑠香は顔を合わせて少しだけ照れ笑いをした。


「今日は内見ってのは出来ないのか? アタシも見てみたいんだけど」


 二人の後ろで眺めていた菜豆奈が、突如として内見が出来ないかを提案してきた。

 腕組みして少々怖い顔をしながら見ているその目を見て、咲子は少々言葉を詰まらせる。


「一応ウチって実家がお寺やっててさ、アタシも子供の頃からお祓いが出来る様にってそれなりに修行とかしてたんだわ。クラスメイトが危険な目に合わない程度にお祓いが出来ればなって思ってるんだけど――――あ、これ無理だわ」


 お祓いが出来る、その言葉を聞いた瑠香が「ぜひ!」とお願いしてヘブンズガーデン栄久戸へと向かうも、菜豆奈はその部屋が視界に入った段階で足を止めた。 


 良心も瑠香も咲子も、菜豆奈が何を見て足を止めたのかは分からない。けれども彼女はそれまでの人とは違う、実家がお寺の霊能力者なのだ。


 普通の人には見えない何かが見える人、それが陣頭院家の長女として生まれ育った菜豆奈なのだが、その彼女の顔がみるみる青ざめていくではないか。ふつふつと脂汗が浮かび上がり、菜豆奈の猫の様な釣り目な瞳にはうっすらとだが涙が溜まる。

 

「……わりぃけど、アタシにはあれは祓えない」


「え、マジで言ってるんですかそれ!?」


「瑠香も一緒に住むんだよな……まぁ、なんていうか、ご愁傷様だな」


 とめていた足をくるりと返して、菜豆奈は瑠香へと哀れみの瞳を向けると、そっと手を合わせた。そして良心を見てこう言ったのだ、カメラはどこにどう設置してもOKだと。それは言い換えれば、どこにどう設置しても映るという事だ。


 夕陽に消える菜豆奈を見て、咲子はこう言った。


「良い霊能力者なんですね……」


「全然良くねぇですよ! 煽るだけ煽っていなくなっちゃったじゃないですか! 良い霊能力者っていうのはきちんとお祓いとかしてくれるですぅ! 無責任にか弱い子羊を放置したりはしないんですぅぅぅ!!」


 瑠香が地団太踏んでいるのを、良心がぎゅっと抱き締める。


「ううん、瑠香ちゃん、菜豆奈ちゃんはきっと本当に良い霊能力者なんだと思うよ」


「なんなんですか良心さんまで!」


「瑠香ちゃん、自分じゃ太刀打ちできない相手に無理して挑むなんて、それは勇気じゃない、無謀って言うんだよ。つまり菜豆奈ちゃんは、自分の霊能力がどこまで通用するか理解してるって事だよ。そして無理はせずに退却した……素晴らしいよね」


 ぐっと寄せた肩に力が込められる。瑠香が見上げた良心のなんと素晴らしい笑顔か。


「……私達、そんな素晴らしい霊能力者が退却した場所に挑まねぇといけねぇんですが?」


「お墨付きだね、これで間違いなく動画投稿有名人間違いなしだよ!」


「そんなお墨付きいらねぇんですよぉぉ! うわぁぁん!」


 しゅっと繰り出されたボディブロウを『パシ!』と受け止めて、良心と瑠香はヘブンズガーデン栄久戸を前にしてキャッキャウフフと子猫の様に戯れる。それはまだここに住まう状態ではない安堵からくる遊戯の様なものなのだろう。


 そして訪れるのだ。

 ヘブンズガーデン栄久戸103号室。


 陰鬱な雰囲気を醸し出している扉を、二人で開ける運命の日が。


――

次話「事故物件へのお引越し」

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