第3話 はいっ! ここに住む関口瑠香です!

あらすじ:不動産屋であるスマイリーハートに向かった良心よいこ瑠香るか、そこで出会った咲子さきこによって案内された物件こそが、学校から一番近い事故物件、ヘブンズガーデン栄久戸えくとという小奇麗なアパートだった。十人が亡くなったという曰く付きの物件だが、果たして室内はどうなっているのか――


――

 

 咲子が開いた扉、目の前は暗く、かろうじて廊下のフローリングが視界に入るのだが、そこから奥はまさに文字通り漆黒。玄関入って直ぐの土間、靴を脱ぐ場所ですら暗くておぼつかない程だ。


 電気は勿論まだ通っていない、咲子は手にした懐中電灯を灯らせると、そのまま室内へと向かってゆっくりと壁伝いに歩いていく。その足取りには恐怖は感じられず、多数あるであろう空き物件と同じ速度だった。良心と瑠香もそれに続いて「お、お邪魔しまぁす……」と小声で言いながら咲子の後に続くのだが。


「ひぃっ!」


 突如、瑠香が何かを見て飛びのいた。


「何!? どうしたの瑠香ちゃん!?」


 瑠香が驚いたもの、それは入室して直ぐ右手にある洗面台の鏡に映る自分の姿だった。薄暗くて何も見えない中に突如としてうごめく自身を見て、瑠香は驚いたという訳だ。


「あはは、ビビり過ぎだよ瑠香ちゃん」


「だって、だって、ここ十人も死んでるんっすよ⁉ 怖がらない方がおかしいんっす!」


「でもさ、私のお父ちゃんがよく言ってたよ? 死んでる人間よりも、生きてる人間の方が怖いってね。だから、そんなに怖くないかもよ?」


「……それは、この状況では通じないですよぉ」


 目の前にあった電気のボタン、それを瑠香が押しても点灯するはずが無く。カチリ、カチリという音のみが暗闇の中に響き、安堵を求めたはずなのに、むしろそれは瑠香の恐怖心を増してしまうギミックの様にも聞こえてしまった。


 ぶるっと震えた後に懐中電灯の明かりについて行くと、咲子が室内のカーテン部分へと手をかけていた。室内のカーテン代わりに厚紙が垂れ下げられおり、それは窓の大きさよりも遥かに大きくて、長い。通常多少小さいくらいの厚紙を駆けるのが主流なのだが、この大きさは異常だ。


 普通のカーテンの様に左右に広げる事ができず、咲子はしゃがんで何とか捲り上げようとしているのだが、一人では上手くいかず。それを見て良心は近づき「手伝いますよ」と声を掛けた。


「ありがと、ちょっと大きすぎるわねこれ」


「あはは……本当、もう少し小さければ外の光も入るのに――って、うわ、凄い! 眩し!」


 捲り上げた瞬間、漆黒だった室内が一瞬で光に包まれてしまった。時刻は既に十八時を回っているが、夏の日差しはまだまだこれから、これでもかってくらいに部屋を照らし上げてくれて。


「……うわぁ! すっごい良い部屋じゃない! ねぇ瑠香ちゃん、これでもまだ怖い!?」


 良心に言われ瑠香も周囲を見たのだが、瑠香は良心の言葉を否定できずにいた。明るい1DKは玄関まで日差しが届いていて、咲子が窓を開けると一直線に気持ちのいい夏風が、こもっていた室内の空気を綺麗に浄化していく。


 明るくなって初めて分かったことだが、室内の壁やカーテンレール、エアコンに至るまで全てが新品同様に新調されていて。咲子の説明がなければ、ここで十人が死んだなんて思う事が出来ない程に綺麗な室内に、瑠香も良心も息を飲んで瞳を輝かせた。


「ベランダにも人工芝が敷かれてるんですね! 窓も綺麗、物干しも固定されてて便利だ!」


「えぇ、このアパートはまだ築十五年、駅も近いしスーパーもあります。駐車場も月五千円で用意できますし、本当にお得な物件なんですよ。ちなみに、ここら辺でこの内容なら相場は月十万円です、そこに管理費も含めて十万五千円ってとこです」


 掃き出し窓に寄り掛かりながら、咲子さんは腕を組んだ。


「それを敷金礼金無しの月々の家賃三千円って! 凄くないですか!?」


「でも、それだけヤバイって意味でもあるんすよね」


 異常である、十万五千円が三千円とは薄利多売にも程がある。

 いや、利益は間違いなく出ていない、損益多売が正しい言葉だろうか? 


「この値段設定にはね、実は隠れた条件もあったの」


「隠れた条件?」


 良心と瑠香が咲子へと視線をやると、咲子は一枚の紙を取り出してきた。

 氏名は書かれていないが、この部屋に入居した日と性別が書かれている一枚紙。


 家主によってはこういった情報を知りたいという場合も存在する。自分の物件がどういった層に求められているのか、その場合、どの様にアピール、宣伝すればいいのかを参考にするのだ。


「実はね、今までこの部屋には男の人しか住んでなかったの。女の子で事故物件に住みたい、しかも扉は勝手に開いちゃう様な家には住みたいって思わないでしょ?」


「……それは、まぁ、思わないですよね」


「でもね、男の人が住むと直ぐに出ていくか、お亡くなりになってしまうか。管理人としてもこれ以上の被害者は出て欲しくないのよ。もしかしたら女の子が住めば変わるかもって期待も込めてのこの家賃なの」


 だったらタダでもいいのでは? そんな事を言いそうになった良心ではあったのだが、それは強欲が過ぎるというものだ。三千円、共益費無し、敷金礼金無し、駐車場も五千円追加でいつでも可能とあっては、これ以上を求めるのも申し訳ないと思うのが普通だろう。


「……あ、もしかしてここってwifiもあるんですか?」


「ええ、ありますよ。無料wifi導入済みです。パスワードは入居時に鍵と一緒にお渡しいたします。他にも浴室や物置を見学なさってはいかがですか? 全て最新設備ですよ」


 最新設備、なんと甘美な響きか。良心と瑠香は宝物を探す様に室内の探検を始めた。良心の恐怖心は完全に消え去り、とてとてと探しては「うわ! 綺麗!」と叫んでいるのだが、瑠香の方はまだおっかなびっくりと言った感じだ。


「物置って結構奥まであるんですね! 布団も入りそうだし、衣類も沢山入りそう!」


 掃き出し窓がある1DKの1、南側に広がった十畳程度の大きな一間は、掃き出し窓からベランダに出る事も可能な使い勝手のいい造りなっている。


 窓を背にして左側が玄関やキッチンへと繋がる廊下であり、右側に良心たちが見ている物置が存在する。手前に折れて左右に開く折れ戸を開けると、上部にはハンガーを引っ掻けるパイプがあり、下には引き出しまで存在する。そして良心の言う通り、布団が収納できる程の奥行まであるのだ。


「あ、瑠香ちゃん見て見て! ここのリモコン、お風呂の状態も教えてくれるみたいだよ! それにインターフォンも録画できる奴じゃん! 凄くない!? これ実家より設備いいよ⁉」


「キッチンもIHの良い奴でしょ? ここのだったら火力が足りないなんて事もないわよ?」


 咲子さんが近くに来て、キッチンの方へと足を運んだ。


「システムキッチンに上下に収納あり。IHコンロにおまけに食器洗浄まで付いてるの」


「うはぁ~っ! ヤバイよこれ! やっぱりここに住んでもいい!? ねぇ瑠香ちゃん!」


「え、いや、アタシは別に……」


 何故か決定権を委ねられていた瑠香は、一歩引いて自身は無関係をアピールしたのだが。

 ふと、視界に入ったモノに興味を示し、その場にしゃがみ込む。 


「何すか? これ――」


 瑠香がしゃがみ込んで見たもの、それは真っ黒に黒ずんだ何か。

 位置的にはキッチンを少し過ぎた辺りにある、トイレと入室時に驚いた洗面台がある辺り。

 

 ちょんと瑠香が人差し指で触ると、それはぽふん、と崩れ去ったのだが。

 真っ黒に黒ずんだものが崩れ、中から出てきた白いものを見て、瑠香の背筋が一瞬で凍る。


 ――盛り塩だ。

 それがこんなにも真っ黒に変色しているなんて。


 それまでの明るくて気持ちの良い室内から、ああ、やはりここは人が死んだ事故物件なんだと一瞬で現実へと引き戻されてしまう。盛り塩が変色し崩れ去った、ただそれだけなのだが、瑠香が頬をひきつらせるには十分すぎる破壊力があった。


「……ね、ねぇ、良心さん、ここ」


「ねぇ! お風呂も全自動だよ⁉ 保温も全部勝手にやってくれるんだって! 凄くない!? 洗濯機は家のを持って来ればいいし……うん、決めた! 私、ここに住む!」


「え、やめた方がいいですって! これ見てください良心さん! 盛り塩ですよ⁉ それがこんなに黒く変色してるなんておかしいっすよ! 確かにお風呂も洗面台も全部綺麗ですけど、でも、やっぱりヤベェですよここ!」


 必至の形相で止める瑠香の肩を掴んで、良心は微笑んだ。


「ヤベェ方がいいの、忘れちゃった? 私は心霊動画を投稿する動画配信者になるの。調べたけど、もう他にやってる人達がいるのよ。でもね、全然少ないの。だからチャンスなんだよ。瑠香ちゃん、これは私達に与えられたチャンスなの。考えてもみて、私達が動画配信やろうって考えて、瑠香ちゃんがアドバイスしてくれて、そしてこの部屋に辿り着いた。ここまで僅か一日よ? これを天啓と言わずして何という! 瑠香ちゃん! ここに住もう! そして一緒に有名になろうよ!」


 満面の笑みを浮かべた良心だったのだが、瑠香は彼女の言葉を聞き逃さなかった。


「……え、ちょっと待って、良心さんの野望にアタシ含まれてません?」


 良心は舌をぺろっ出しながらサムズアップした。

 

「や、やですよこんな家!」


「大丈夫だってぇ、前々から瑠香ちゃん言ってたじゃない。早く実家出たいって。通学だけで電車で一時間半でしょ? ここならぁ――」


「――徒歩二十分ですね。自転車を使えば更に半分になるでしょう。駐輪場も無料です」


「さ、咲子さんまで何でアタシにお勧めしてくるんすか!」


 ずいっと迫ってきた良心は、瑠香の事を壁ドンした。


「それにね、二人で動画撮った方が効率もいいしチャンネルの伸びもいいの。瑠香ちゃん可愛いし、マスク付けて撮影したら相当伸びるよぉ? 動画収益もちゃんと半分にするから」


「ア、アタシは協力しないっすよ⁉ 実家の床屋を継ぐって決めてるんすから!」


「んもう、しょうがないなぁ、ここの家賃私が払ってあげるからさぁ」


「三千円じゃないっすかそんな金額で威張らないで下さい!」


「贅沢言わない! 家賃も無い! 学校まで歩いていける! 最新設備! お風呂大きいし綺麗! これ以上の物件はないの! ほら、ここで決めないと女がすたるよ!?」


「――っ! すたっていいっす! 勝手に開く玄関の家なんかに住みたくな――」


 開き切った扉の先から覗く顔が一個。

 さらさらとした前髪を風に遊ばせる美男子の登場に、瑠香はそれまでの言葉を止めた。


「あ、小岩井咲子さんこんにちは……あれ、ここに住む人が決まったんですか?」


「あらあらこれは203号室の神名かみな様、お騒がせして申し訳ありません」


「いえいえ、ずっと下が空き家なのも気がかりだったので。これでようやくこの部屋も落ち着くかもしれませんね。あ、君達がここに住む子? 二人で住むの?」


 神名は一言で言えば美男子だ、二言で言えばイケメンだろう。瑠香と同じ金髪にした髪は、インナーカラーで青にも染め上げていて。細いのに男らしい大きい肩幅に、高い身長。


「いやぁ、私は住みたいって言ってるんですけどね、この子が――」


「はいっ! ここに住む関口瑠香です! 神名さん、宜しくお願いします!」

 

 気持ちの良いくらいの大嘘をぶっこいた瑠香に対して、「えぇ……」と良心は呟いたのだが。恋愛脳におかされた瑠香はそんな事おかまいなしだ、ぱたぱたと近づき、ご職業はなんなんですかぁ? と猫なで声で問いかけ始め、そのまま逆ナンパモードへ。


「……尻尾が見えるね」


「そうね、ぱたぱたと嬉しそうに振ってるわね」


 青春の一コマ。

 何もなければ爽やかなワンシーンなのであろう。


 ここが、事故物件でなければ。


――

次話「良い霊能力者なんですね……」

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