第2話 あ、これ、マジですね。
あらすじ:
――
スマイリーハート不動産に現れた珍客、入ってくるなり事務所の一番奥にいる所長にまで聞こえる程の大声で「事故物件ありますか!?」と叫ぶ女の子が現れた。
スマイリーハートに務めること十年、
近寄ればこの女の子、黒く長い髪はキラキラと艶めいていて、頬の張りも十代のそれと何ら変わらない卵肌だ。何故か腰に巻き付く様に引きずられている女の子は綺麗な金髪だが、色白でやはりこちらも可愛い。
ふぅ……と一息ついて、咲子は黙ったまま二人を見る。
四角い眼鏡の中にある物言わぬ咲子の冷たい瞳を見て、瑠香は良心の手を引っ張った。
「な、ないっすよね、そんなの。ほら、良心さん帰りましょうよ、迷惑かけちゃいますから」
瑠香が必死になるにも関わらず、咲子は眼鏡をクイッと直しながらこう言った。
「ありますが、何か」
「ほら良心さん、お店の人もこう言ってることですし、早く……え、あるんすか?」
嘘でしょ、といった表情の瑠香に対して、良心は「ヨシ!」と小さくガッツポーズを決めた。
どこの世の中に事故物件があると言われて喜ぶ人間が……と思うかもしれないが、事実、事故物件を選択して住む人たちは存在する。家賃が安いというのが一番の理由だが、中には何か撮影出来ればなと契約し、実際に住む事は無く、カメラのみを設置している人だって存在するのだ。
事故物件は金になる、こんな歪んだ事実が世間一般に広まったのも、心霊現象と呼ばれるものが、偏にエンターテイメントとして認識されているからなのであろう。
人は恐怖を娯楽として楽しむ一面を持つ生き物だ。ジェットーコースターしかり、お化け屋敷しかり、安全安心が確約された場所で味わう恐怖は娯楽なのだ。そして心霊物件動画は、中世のコロッセオの様なものなのだろう。
凶悪な猛獣と命を懸けて戦う戦士たちを見て、愉悦に浸る。根本的なものはそれと同じだ。
心配し大丈夫ですかとコメントを残しながらも、本当に何か起こるのではないかと期待する。
もう一度言おう、事故物件は金になる。世も末だ。
「はい、こちらが心理的
ぽんと出された一枚の紙、それを良心と瑠香の二人はじぃっと見つめる。
「……あの、備考欄にある同居人ありってどういう意味ですか? 既に誰か住んでいるとか?」
「ああ、それ。お化けいますって書かれてたら嫌だろうなってウチの所長がね」
可愛い昔ながらのお化けのマークと共に書かれた『※同居人あり』というおぞましい言葉。
つまりは見えない同居人という事だ、家賃も共益費も管理費も支払わない、厄介な同居人。
「あの、ちなみにここって何人くらいお亡くなりに……」
「……普通は言わないんですけどね。今は調べたら何でも出て来ちゃいますし、そもそも事故物件をご希望の様ですから、端的にご説明いたします。まず玄関、ここでは強盗に襲われて刺殺されてしまった十八歳の男性がおりました。次に浴室、湯船で手首を切って二十二歳の男性がお亡くなりになっております。湯船はまさに血の海だったとか。次いでキッチン、ここでは心筋梗塞でお亡くなりになった二十歳の男性の方がおります。そこから南の部屋、室内中央、炬燵の中で病死した男性が一名、彼は発見まで時間が掛かってしまい、シミが床に残ってしまう程でした。その部屋の窓側、カーテンレールを利用した
「ちょ、ちょっと待って下さい! 一体何人この部屋で死んでるんすか!」
つらつらと述べられただけでも八名が死んだ事になる。
これはヤベェ物件だと良心の表情も少々青ざめているが、叫んだ瑠香はもっとだ。
「全部で十名ですね」
「じゅっ、十名!? この部屋物置以外全部誰か死んでるってことっすか!?」
「物置の中で病死していた男性もおりましたよ?」
「物置にもいたー! 完全コンプリートじゃないっすか! 逃げ場ないです良心さん! やめましょう! この部屋ぜってーやべぇ物件です!」
「で、でも、家賃三千円って凄くない!?」
十人が死んだ部屋でも金を取るのか、答えはYESだ、商売を舐めたらあかん。
「こんな部屋タダでも住みたくないっすよ!」
「えぇ、でも……ちなみにお姉さん、この部屋に住んでた人っていたんですか? 調べた所、何人か住めば心理的瑕疵物件は告知義務が無くなるとかありましたよね?」
良心の言っている通り、心理的瑕疵に誰かが住まえば、次の住居者への告知義務は発生しない。他にも三年間誰も住まなければ、同様に告知義務が消え去るものとしての判例が存在する。
「そうですね、ただこの物件に関しては退去される方が全員『あの部屋に誰かいる』だとか、『男の悲鳴が聞こえる』だとかおっしゃられておりました。なので所長とオーナーとで常時掲載する様にした方が良い、との判断がゆえの掲載になります。どうでしょうか? 一度内見に向かいましょうか?」
霊媒師やお坊さんといった、見える系の方でないと判断が出来ないのだが。
「あ、これ、マジですね」
室内に入室する前の段階、アパートの外、ヘブンズガーデン
学校帰りとはいえまだ明るい六月の陽気が嘘みたいに消え去り、底冷えしてしまいそうな程の寒気が全身を支配する。セミの鳴き声が物悲し気に聞こえてきたかと思うと、ふいに訪れる静寂に耳が痛くなってしまうほど。
「築十五年の二階建てのアパート、南向きですので洗濯物の乾きも良いですよ。洗濯機も室内装設置可能ですし、室内もリフォームが完了してあります。外壁も綺麗に再塗装されておりますから、ぱっと見はとても綺麗で超お得な物件となっております」
言葉だけにするととても綺麗で温かみのあるはずのアパートなのだが、なぜだか第一歩を踏みとどまらせる何かを感じさせてくる。少なくとも瑠香はそう感じているようだ。良心の腕にしがみつきながら、顔を青ざめキュロットからのぞく足がぷるぷると震えている。
「お部屋は一階の103号室になります。お隣の102号室は空き部屋になっておりますから、テレビや音が鳴る物はこちら側に置いておいた方が無難でしょうね。104号室には新婚さんがお住まいになっております、お子様もいらっしゃいますが、既に三歳、賑やかかもしれませんが、夜泣きの心配はないでしょう」
淡々と説明しながら咲子は鞄から鍵を取り出すと、鍵穴へと差し込み僅かに右へと傾けた。
「あ、あと一点、これもセールスポイントですが、ここの玄関のみ電子錠となっております。オートロックと呼ばれる鍵ですね」
「あ、だから完全に倒すんじゃなくて、傾けるだけで良かったんですね! 凄い、超お得物件じゃないですか! オートロック完備、学校からも近い、そして安い! 一階だから階段も無いですし、良いとこずくめ! 私、ここに住みます!」
「ちょちょちょちょっ! まだ室内見てないよ良心さん! 判断が早すぎるっす!」
瞳を輝かせた良心一人では、既にこの段階で契約成立していたかもしれない。本来女の子の一人暮らしなのだから、一階ではなく二階の方が防犯上好ましいのだが、良心はそれまでそういった経験が皆無だったのだろう。
むしろ階段を上がらなくてもいい、最高! とまで瑠香へと伝えているのが現状だ。
そんな良心の腕にしがみ付きながら、瑠香が申し訳なさげに咲子へと問う。
「あの、咲子さん」
「はい」
「先程ここの玄関のみオートロックと言ってましたが、他は違うんですよね」
「そうですね」
「……あの、理由って」
その部屋のみ電子錠というのは通常有り得ない。なぜなら不公平だからだ。同じアパートに住まう上で、あの部屋だけオートロックなんですよと言われたら、じゃあウチもオートロックにしろとクレームが発生してしまうのが普通の考え方だろう。
だがしかし、103号室に限っては例えオートロックであってもクレームが発生しない。
なぜなら――
「開いちゃうんですよね、サムターン錠だと勝手に」
「……は? 開いちゃう?」
「はい、鍵も扉も勝手に。それを見たオーナーさんが、この部屋だけは電子錠にするって通達を出したんです。結果、それまで扉にぶつかりそうで怖かったから助かりますという、アパートの住民からお褒めの言葉を頂けたみたいでして」
「違う! そこ褒めるとこじゃないよ! 勝手に開く扉がおかしいんだよ! やっぱりダメですよ良心さん! この部屋は止めましょうッッ!!!」
泣き叫ぶ瑠香だったが、良心は一言。
「室内見ないで決めるのは早すぎるって、瑠香ちゃんさっき言ってなかった?」
揚げ足を取ってさも凄いだろうとニヤける良心。揚げ足を取られてムカついたのか、瑠香は良心の可愛らしいお腹に「うわぁぁん!」と泣きながらボディブロウを一発叩き込んだ。
――
次話「はいっ! ここに住む関口瑠香です!」
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