第23話 NTR(ではない)
満月が照らす夜の森をアリエスは駆ける。
聖剣が指し示す方向へ、全速力で駆け抜ける。彼女が向かう先、そこに一人の男がいる。
(オクト……! 大丈夫、あのオクトだもん。死んだりしない。きっとあの変なきめ顔で、遅かったなとか言ってくれる……)
押し寄せる不安から逃げるように、足をより一層早める。
そして、遂に森を抜けザックが言っていた洞穴の前に辿り着く。洞穴の入り口は瓦礫で塞がっており、中の様子が見えず、異様なまでの静けさが洞穴の前に広がっていた。
アリエスが聖剣を一振りすると、岩が割れ、塞がっていた入り口に人が通れづだけの隙間が出来る。
それと共に、その隙間から月の光が入り、洞穴の中を照らす。
「オクト! ……っ」
洞穴の中に足を踏み入れたアリエスは、目の前の光景に足を止めた。
「あれぇ? 勇者じゃないかぁ。遅かったね、もう終わったよ」
「うそ……」
アリエスの唇が震え、顔が青ざめていく。
彼女の視線の先には胸をデーモン・テンタクルの触手で貫かれ、口の端から赤黒い液体を垂らすオクトの姿があった。
「いや、いやあああああ!!!」
********
月夜が僅かに入り込む、暗い洞穴の中。
その中で、アリエスは力なく膝を地につける。
(守れ……なかった……)
勇者である彼女が、人の死を見るのはこれが初めてではない。それでも、大切な人の死はこれが初めてだった。
目から雫が零れ落ちる。
それは、アリエスがオクトのことを大切に思っていた何よりの証拠だった。
「あれれぇ? 泣いてるの? 可哀そうに、僕がその涙拭ってあげようか?」
イカルゲが愉快気に声をかけてくる。
その声が耳に入った瞬間、アリエスを今までに感じたことのないほどの怒りが襲う。
「許さ……ない!!」
目に涙を浮かべたまま、イカルゲを睨みつけると、アリエスはそのまま聖剣を持って、立ち上がる。
そのアリエスの前に、一体のデーモン・テンタクルが立ちはだかる。
「そこをどいて!」
アリエスが、そのままデーモン・テンタクルに斬りかかる。
「いいのぉ? それ、元々人間だよぉ」
「……っ!?」
怒りに染まったアリエスの頭に冷や水をかけるように、イカルゲはそう言った。
その言葉でアリエスの動きが止まる。その様子を見て、イカルゲは口の端を吊り上げる。
「今だよぉ」
「GAAAAA!!」
「あうっ」
イカルゲの声に合わせ、デーモン・テンタクルが触手でアリエスを拘束し、そのまま壁にアリエスの身体を叩きつけた。
あまりの衝撃に、アリエスの手から聖剣が零れ落ちる。
更に、デーモン・テンタクルはアリエスの身体をきつく縛り上げる。
「くっ……」
苦悶の表情を浮かべるアリエス。
アリエスは勇者だ。そして、その強さは聖剣ありきの強さでもある。聖剣を失えば、アリエスの戦闘力は半減する。
触手に縛られたアリエスにイカルゲが歩み寄る。
「ひゃひひ。残念だったねぇ。アリエスちゃん。女の子なのに、必死に頑張ってここまで来たのにねぇ」
一部の人間しか知らないはずの情報を知っているイカルゲに、アリエスの目が見開かれる。だが、動揺したのも一瞬だった。
「それがなに? ボクは女だ。でも、ボクは誇り高きルミエール家の血を引く一人の人間だ。アリエス・ルミエールとして、君たちは必ず倒す」
イカルゲの目を真っすぐに見据えるアリエス。その姿を見て、イカルゲは意外そうに声を漏らす。
「へぇ。どうやらボクは勘違いしてたみたいだ。君は、僕たちの敵たる勇者の器じゃないと思っていたけど、そんなことは無かったね。でも、それでこそ堕としがいがある」
イカルゲが目じりを下げ、口角を吊り上げる。
その笑顔を見た途端、アリエスの背筋に寒気が走る。
自分を一人の人間ではなく、性欲のはけ口としてしか見ていないような下劣な視線。
自然と心臓の鼓動が早くなる。
立ち向かわなくてはならない。
だが、手が震える。アリエスの中に眠る女性としての本能が、目の前の存在に対して強い警鐘を鳴らしていた。
アリエスの怯えたような表情に、イカルゲは満足げな笑みを浮かべるとその唇にゆっくりと触手を伸ばす。
「折角、アリエスちゃんは女の子なんだからさぁ、僕からプレゼントあげるよ。きっと、一生忘れられない素敵な思い出になるよぉ」
イカルゲは無邪気な笑顔を浮かべながらそう言った。
そのプレゼントが何かが分からないほど、アリエスは子供ではない。
「い、いや! や、やめろ!」
必死に首を振るアリエス。だが、直ぐにデーモン・テンタクルの触手に首を抑えられる。
「ひゃひひ。いいねぇ、その反応。アリエスちゃん、君の初めては僕の触手だ」
「あっ……やめろぉ!!」
首を抑えられながらも必死に抵抗するアリエス。
アリエスも一人の少女だ。そういうことを考えたことがある。
いつか、好きになった人といい雰囲気の中で、自然とする。少なくとも、こんな暗い洞穴の中で触手に無理矢理されることは望んでいない。
だが、アリエスの抵抗も虚しく、イカルゲの触手はゆっくりとアリエスの唇に近づいて行く。
アリエスを助けてくれる人はいない。
仮にいたとしても、デーモン・テンタクルとイカルゲに倒されるだけだ。
勇者は敗北し、一人の少女が犠牲になろうとしていた。
「待てよ」
その声は洞穴の中でやけに大きく響いた。
まさか。
その思いがアリエスとイカルゲの脳を支配する。
アリエスは僅かな希望を胸に、顔を上げ、イカルゲは焦燥を胸に振り返る。
その瞬間、イカルゲの視界が真っ白に染まった。
「ぎゃひっ!?」
激痛にも似た、未知の快感がイカルゲの全身を駆け抜ける。
そして、イカルゲの頭の中は真っ白に染まり、アリエスに迫っていた触手も動きを止める。
一方、目の前で動かなくなったイカルゲを目撃したアリエスは信じられない光景を前にして何度も瞬きを繰り返す。
死んだはずだった。
少なくとも、アリエスの知っている人間は胸を貫かれたら死ぬはずだ。
だが、アリエスの目の前には立ち上がり、イカルゲに攻撃したオクトがいた。
その表情は完全なる怒りに染まっていた。
「俺、NTR大嫌いなんだよ」
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