第22話 とある冒険者

 ザックにとって、オクト・テンタクルとは気に入らない男だった。


 ザックは強くカッコイイ冒険者たちに憧れる一人の少年だった。まだザックが十代のころ、彼は仲間たちと供に数多くの依頼をこなしていた。

 いつか、Aランク冒険者やSランク冒険者たちになることを夢見ていた。

 だが、現実は非情だった。


 冒険者を始めて八年目、彼らは未だにCランク冒険者だった。

 冒険者は若手が台頭しやすい職業だ。寧ろ、遅咲きの冒険者は殆どいない。その最大の理由は、身体能力の衰えにある。

 一般的に、二十代前半までは人の身体能力は成長していき、早ければ二十代後半から衰えが始まると言われている。

 故に、三十後半から四十代の冒険者は一部の実力者を除き、殆どいない。

 いたとしても、全盛期程の実力は出せない。

 そのため、ランクがC以下の冒険者は大抵二十代で冒険者を辞める。冒険者を続けるより、他の職を探した方が命の危険も無い上に、お金を貰えるからだ。


 冒険者を始めて八年たって尚Cランクだったザックはいわゆる才能がない側だった。

 既に年齢も二十五歳。

 人によっては衰えが始まる年齢だ。それでも、真面目に冒険者をしていたおかげか、ザックはまだ動ける方だった。


 早く成長しなくてはという焦りと、もう無理なんじゃないかという諦め、その境目の中でザックたちは揺れ動いていた。

 そして、ある日のこと、ザックたちは無謀な依頼に挑戦し、失敗した。

 その日、ザックたちは現実を知った。


 それと共に、ザックの心は荒んでいった。

 才能がある若手が全て憎かった。羨ましかった。新人が台頭してきたという話を聞くたびに、イラつきが抑えられなかった。

 ある時、ザックは一人の新人と喧嘩した。喧嘩と言っても、ザックから一方的に突っかかっただけだが。

 そして、その喧嘩にザックは勝利した。

 相手は若手有望株だった。


 才能ある新人に勝利した瞬間、言いようもない快感をザックは感じた。


 才能ある若者を自分が倒した。将来はAランク冒険者間違いなしと言われている奴を、才能がない自分が倒したのだ。


 その快感に酔いしれたザックは、その日から新人潰しを始めた。

 まだ冒険者になりたての新人に突っかかって、戦う。そして、勝利して金品を無理矢理巻き上げる。

 才能があろうと所詮は新人、経験値の差で簡単に勝利出来た。

 そして、新人を倒すたびに彼はこう吐き捨てた。


『俺如きに負けるなんて、お前才能ないな。冒険者やめた方がいいぜ』


 気持ちよかった。

 その言葉で新人たちの歪む表情を見るのが。


 だが、ザックの些細な楽しみは一人の男によって潰された。

 いつもの如く、新人冒険者に突っかかるザックだったが、その日は相手が悪かった。

 その新人冒険者はスキル持ちだったのだ。

 成すすべもなく、八本の触手にザックは倒された。


 その新人冒険者こそ、オクトだった。


 オクトが冒険者になってから、ザックの新人潰しは悉くオクトによって阻まれた。

 特に、女性冒険者に絡むときは確実にオクトに邪魔をされた。

 オクトを忌々しく思ったザックはオクトのことを調べた。そして、オクトの目的が「ハーレムを作ること」ということを知った。

 それから、ザックはオクトの悪評を広めた。


 セクハラタコ男や邪王の生まれかわり、人の皮を被ったテンタクルモンスター。なんかヌルヌルしてて気持ち悪い。


 オクトのスキルが、人々が忌避する触手を扱うということもあり、悪評は瞬く間に広がった。

 一時期は殆どの人がオクトを嫌うほどだった。


 これで、忌々しい奴の夢は絶対に敵わない。ざまあみろ。


 ザックはそう思った。

 だが、オクトは全く折れなかった。嫌われているということを意も介さず、街の人がダメならと街の外へ依頼をこなしに行き、女の子を救う。

 そして、アプローチをかける。


 毎日、毎日、飽きもせずにそれだけを繰り返していた。

 オクトを嫌う冒険者はオクトを「馬鹿な男」、「性欲の権化」と口汚くオクトを罵った。

 だが、ザックにはオクトの姿が眩しく見えた。


 ある日、ザックはオクトに疑問を投げかけた。


「何故、そこまで頑張るのか? ハーレムというのは、一部の選ばれた男にしか成せないことだ。お前のような気持ち悪い触手野郎では、絶対に叶えることは出来ない」


 返って来た言葉は、実にシンプルだった。


「諦めたくないからだ」


 それだけ告げて、オクトは街の外へ向かった。


 その言葉を聞いたザックは漸く納得した。

 何故、自分がオクトの姿を眩しく思ったのか。

 何故、自分が新人潰しをして気持ちよくなっていたのか。

 何故、自分が未だに冒険者を続けているのか。


「ああ……そっか。俺は、まだ諦めたくなかったんだな……」


 ポタポタと水滴が地面に零れ落ちる。

 目元を拭い、ザックは駆けた。


 街中を駆け回り、オクトの噂を流したのは自分だ、あいつは悪い奴じゃない。

 必死にそう言いまわった。

 そして、その日から再び依頼を真面目にこなし始めた。


 度重なる新人潰しのせいでザックの冒険者ランクは降格処分を受けていたが、それさえも受け入れ、一から自分を鍛えなおした。

 ザックの周りは「今更、遅い」とか、「年齢を考えろ」とかいろいろと言ってきた。

 それがザックのことを思っての言葉だと、ザックは十分理解している。

 それでも、諦めたくないのだ。諦められないのだ。


 その思いをオクトに伝えると、オクトは、


「知るか。あ、そこの彼女! 一緒にお茶しない?」


 と言って、走り去って行った。

 悩む暇があるなら、行動しろ。そういうことだと思ったザックは三十歳までは冒険者を続けると決めた。

 それでダメだったら本当に諦めよう、と。


 覚悟を決めてからの日々は、嘘の様に充実していた。

 依頼を失敗することもあったし、新人潰しをしていたせいで悪い評判が広まっていた分、仲間も出来なかった。

 それでも、自らの成長を実感しながら、次々と新しい依頼に挑戦するのは楽しかった。

 若い頃は忌避していた薬草や花などの採取依頼もたくさん受けた。

 採取依頼をこなすことで、見えてきたものもあった。モンスターが避けるスポットがあることや、戦闘を避ける方法も身に付けた。

 自分が近距離より弓矢の扱いに長けていたということにも気付けた。


 気付けば、ザックは採取依頼限定ではあるが、Bランクの依頼をこなせるようになっていた。

 そして、採取依頼をこなす内に知り合った商人の娘とも仲良くなり、今では恋仲である。


 ザックはいつも思い出す。

 もしあの日、オクトに声をかけなければこうなってなかっただろう、と。

 だからこそ、オクトには感謝している。

 屑だった自分を止めてくれたことと、夢を諦めない姿を見せてくれたことに。


***********



 森の中をザックは駆け抜ける。

 走っている最中に、何度も木の枝が顔に当たったのだろう。顔は傷だらけで、額には汗を滲ませている。

 息も荒い。

 それでも、足が止まる気配は一切ない。


 オクトを死なせない。

 助けを呼ぶ。

 ザックの頭の中にはそれだけしかない。そして、それを必ず果たすと胸に誓っている。


 走り続けてどれくらいの時間が経ったかは分からないが、森の中にザックは複数の明かりを見つけた。

 この森に発光する生物はいない。

 即ち、その光は人間であることを示していた。


「誰か! 誰か助けてくれ!!」


 光に向けて走りながら声を出す。

 すると、明かりを持った集団が足を止める。これ幸いと、そっちに急ぐ。

 徐々に、灯りが近付いてきてその姿が明らかになる。


「どうしたんですか?」


 ザックの方に真っ先に駆け寄って来たのは、アリエスだった。

 その姿を見て、ザックは安堵の表情を浮かべる。だが、直ぐにアリエスの身体に縋りつく。


「オ、オクトが……! オクトが、一人でデーモン・テンタクルとあの白い変な奴と戦ってるんだ! あいつ、俺とこの女を助けるために囮になったんだよ! 頼む……! クズだけど、悪い奴じゃないんだ! あいつを助けてくれ……!」


 必死の願いだった。

 オクトの評判はよくない。はっきり言って、オクトのために命を投げ捨てるような冒険者はこの街にはいないかもしれない。

 それでも、勇者ならという希望がザックにはあった。


 そして、その希望は叶う。


「オクトはどこに?」

「森の奥の洞穴だ! 今は入り口が岩で塞がれてる。真っすぐ行けばきっと着――」

「ありがとうございます!」


 ザックが言い終わる前にアリエスは走り出していた。

 アリエスの思いに呼応するかのように、聖剣が輝きを放ち、道をオクトの居場所を指し示す。

 気付けば、アリエスの姿はあっという間に見えなくなっていた。


 その場に残されたのはザックと、アリエスと供に森に入っていた冒険者たちだけ。


「お、俺たちも勇者様を追いかけるぞ!」

「「お、おう!!」」


 冒険者たちの多くはアリエスが向かった先に慌ててついて行く。

 だが、数名はその場に残りザックとリーゼの手当てを軽くしてから街まで連れて行った。


(オクト、死ぬなよ……)


 街に着くまで、何度も何度もザックは森の方を振り返った。

 風に揺れ、木々がざわめく。空には大きな満月が一つ、夜の闇の中で戦う冒険者たちを照らしていた。


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