第21話 タコとイカは似たもの同士
「ひゃ、ひゃひ……?」
イカルゲの余裕の笑みが引き攣る。
彼の目の前には、甲高い叫びを上げ宙を見上げて動かなくなった二体のデーモン・テンタクルがいた。
(な、何が起きたんだ……? オクトくんが触手を振るい、辺りが一瞬光ったかと思えば、次の瞬間には僕のペットたちが悲鳴を上げていた。いや、それよりもだ……! 何故、僕のペットたちはあんなに恍惚とした表情を浮かべている……!?)
まるで、強烈な快感に襲われたかのような、そんな表情だった。
その現象を起こした張本人であるオクトは肩を上下に揺らし、息を荒くしている。
オクトが放った「ホワイトアウト」は、云わば敵の急所を光の速度ではたく、もしくは突くというだけだ。
痛みさえ感じる暇すら与えぬその一撃は、相手を一時的に昇天させることが出来るという強力なものだ。
その分、消費するエネルギーも尋常ではない。
だが、この瞬間確かにデーモン・テンタクル二体は動きを止めた。
「オクト! いけるぞ!!」
「よし! ザックやれ!!」
イカルゲが狼狽えている隙に、オクトの声に合わせザックが火矢を放つ。
またか、と思いつつ。イカルゲはその火矢を躱した。
「何度やっても無駄だよぉ……?」
「はっ。狙いはお前じゃねえよ」
ザックの狙い通りという表情に、イカルゲは慌てて後ろを振り向く。そこには、いつ間にか出来た油だまりと、そこで火種となっている火矢があった。
「あつっ! くっ……やってくれたねぇ……!」
気付けばイカルゲの周りにも油が撒かれている。オクトの動きに注視していたイカルゲは、すっかりザックが作り出した罠にはまっていた。
油を伝い、火が洞窟内に広がる。
そして、イカルゲの前には火の壁が出来ていた。
「よし! これで、あいつは閉じ込めた! オクト逃げるぞ!!」
「おう!」
リーゼを抱え、走り出すザック。
そして、その後ろに続くオクト。
その二人を見てイカルゲに初めて焦りが生まれる。
「いつまでボヤッとしてるんだい? 早く動きなよぉ」
「「ガ!?」」
苛立つを込め、イカルゲが未だに快感に酔いしれるデーモン・テンタクルたちを触手で鞭打ちにする。
それにより、デーモン・テンタクルたちが動き始めた。
「ま、まずい……! でも、洞窟の出口は直ぐそこだ! オクト急ぐぞ……オクト?」
洞窟の出口付近、辺りが火で包まれている場所を抜けようとしたところでザックはオクトの足音が聞こえないことに気付いた。
振り返ると、そこには足を止めるオクトの姿があった。
「お、おい! オクト何してんだ! 早くこっちに来――ぐあっ」
ザックがオクトを連れ出そうと一歩洞窟内に戻ろうとした瞬間、オクトが触手を飛ばしザックを洞窟内から押し出した。
「な、何すんだてめえ!!」
勢い余って洞窟の外に弾かれ、倒れたザックが文句を言おうと身体を起こす。
だが、突如洞穴入り口の天井が崩壊し、岩がザックとオクトの間に降り注ぐ
「……頼む」
ザックが最後に聞いたのは崩れ落ちる岩を背に、火の中へと姿を消すオクトの声だった。
暫くして、崩壊が終わり、静けさがその場を包み込む。
座り込んだまま呆然としていたザックだが、洞穴を塞ぐ岩を見て、何が起きたのかをようやく理解した。
「ふ、ふざけんな! オクト!! おい、お前の夢はどうするんだよ……!!」
岩肌を叩くが、岩はびくともしない。
「くそっ! こんな岩なんか……!」
小さな岩をどかし、何とか洞穴の中に戻ろうと足掻くザック。
だが、背後から聞こえたうめき声で、ザックは冷静さを取り戻した。
(そうだ。ここには、リーゼがいる)
オクトから託された女性。
そう、オクトは最後に「頼む」とだけ言った。それは、リーゼのことを指すのだろう。
唇を一度噛み締めてから、ザックは入り口が塞がった洞穴に背を向け、リーゼを背負って走り出す。
(……ちくしょう! まだ、お前には恩を一つも返せてないのに!)
ザックの目には涙が溜まっていた。
それでも、足を止めるわけにはいかない。
オクトを助けられる人物がいるとしたら自分ではないことを、十分に理解しているから。
**********
ホワイトアウト。
昇天した人間が白目を向くところを見て、思いついた技名だが、見事に決まった。
疲労も尋常ではないが、おかげでデーモン・テンタクル二体の動きを止めることが出来た。
そうこうしている内に、ザックの方も準備が終わったらしく、洞穴の内部に火がつく。
俺の予想通り、イカルゲは明らかに火を避けている。
流石は俺。あまり知られていないが、タコは非常に賢い生物だ。脳だって九つある。
即ち、スキル「タコ」の俺も天才ということだ。
「へっ! バーカバーカ! お前の脳みそ細長いー!」
イカルゲに挑発するが、何やら考え事をしているようで俺の声は聞こえていないようだった。
くそっ。ちゃんと聞けよな。
「オクト逃げるぞ!」
ザックに言われ、俺も洞穴の外へ走り出す。
こんなところにいつまでもいていられない。早く逃げないとな。
ついでにザックに先を行かせて、盾にするという完璧な作戦だ。ふっ。俺の頭脳が恐ろしいぜ。
「いつまで寝ているのぉ?」
そうこうしている内に、イカルゲによってデーモン・テンタクル二体が起こされたらしい。
だが、もう洞穴の出口は目前。
逃げるが勝ちとも言うし、この勝負、俺たちの勝ちだ!!
そう思い、一際炎が多きな洞穴の入り口を抜けようとした瞬間、俺の足が止まった。
あ……あちいいいい!!
は!? なにこれ? 熱すぎるんだが、ザックこんなところを通り抜けたの?
いやいや、ザックが通れるなら俺だって通れるはず……!
あっちいいい!!
無理無理無理。なにこれ? 熱すぎるって……。
なんで、こんなに熱いんだ? てか、熱さ以上に身体が火を恐れているのか、一歩も足が動かない。
そんな、イカルゲじゃあるまいし、俺が火を恐れているなんて……ん? イカルゲ?
そういえば、あいつのスキルはイカ、そして、俺のスキルはタコ。この二つって、確か……。
か、海洋生物……!!
くっ……しまった!
まさか俺の弱点がイカルゲと同じだなんて……。
「おい! オクト何してんだ!」
前方から聞こえた声に顔を上げると、そこには手を伸ばすザックの姿があった。
そ、そうだ! ザックに引っ張ってもらおう! 助けてくれ、ザック!!
急いでザックに触手を伸ばす。
そして、ザックの腕に触手が触れそうな瞬間、火の粉が俺の触手に触れた。
アッツ!!!!
「ぐあっ!」
思わず、触手を振るうと、その触手がザックに直撃した。
……あ。
「GAA!!」
更に悪いことは重なり、デーモン・テンタクルが洞穴の上部を殴りつけた。
それにより、洞穴の天井が崩れ始め、岩が俺とザックの間に降り注ぐ。
あ、終わった。
洞穴に取り残されることが確定した俺に出来ること、それはたった一つしかなかった。
「ザック! おい、絶対助けに来いよ! 誰か呼んでくれよ! 直ぐにだぞ! 頼む!!」
洞穴の入り口の崩壊音が鳴り響く中、必死に叫ぶ。
頼むから、伝わってくれ……!!
塞がった入り口の前で立ち尽くしていると、背後から足音が近づいて来た。
振り返ると、そこにはニタニタ笑うイカルゲと、恨みがましく俺を睨みつけるデーモン・テンタクルたちがいた。
「ひゃひひっ。どうやら逃げ遅れちゃったみたいだねぇ」
岩が崩れ落ちたことで、多少火は弱まったが、それでもまだ僅かに残っている。
背後は火、最早逃げ場はないと言っていい。
「オクトくん、今ならまだ許してあげるよ。さっきの一撃は見事だった。僕でさえ、あれほどの一撃は使えない。やっぱり、君こそ邪王様復活の器に相応しい。邪王様の器になれることは凄く光栄なんだよ。君の意思は消えるかもしれないけど、実質、君が邪王様になるようなものさ。世界をその手に納めたくないかい?」
イカルゲが俺に触手を伸ばす。
「そんなにいいことなら、お前がなれよ」
「あはは。嫌だよ。僕には僕のやりたいことがあるからね」
「そうかよ。俺も嫌だ。俺がどう生きるかは、俺が決める。世界が欲しくなったら、自分で手に入れる。邪王の力なんざいらないね」
「ひゃひひっ。それでこそ、テンタクル家の血を継ぐものだ」
断られたにも関わらず、イカルゲは嬉しそうに笑う。そして、一度目を閉じてから、突如無表情になった。
「なら、殺すね」
その言葉と供にイカルゲが触手を俺に向けて放つ。
間一髪、横に跳んで躱すが、躱した先にはデーモン・テンタクルたちが待ち構えていた。
あ、死んだわ。
「「GAAAAA!!」」
そして、俺の身体は触手に飲み込まれた。
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