第20話 ホワイトアウト

「オクト!」

「ザック!? お前、逃げたんじゃ……」

「いいから! あれを投げろ!!」


 あれ、事前にザックに渡されていた玉だ。

 その玉を腰にある、持ち物を入れている袋から取り出し、イカルゲに投げつける。

 その玉がイカルゲに触れ、はじけた瞬間、火の勢いが増した。


 なるほど、油か。


「よ、よし! うまくいった! オクト、さっさと逃げるぞ!」


 後ろからザックが走り寄ってくる。


「ザック……」

「おっと、礼は後にしてくれよな。今はここから脱出――」

「てめえ! よくもさっきは囮にしてくれたな!!」

「ええ!? いや、でも、こうして助けに来たじゃねーか」

「うるせえ! 置いて行かれた時、死ぬほぞ絶望したんだぞ!」

「いや、まあそうだけど……」


 怒る俺にザックが申し訳なさそうな顔を浮かべる。

 まあ、この辺にしておいてやろう。


「よし、逃げるぞ」

「お、おう! 切り替え早いな……」

「俺が女を持つから、お前はあいつらの足止めを頼む」

「おう! 任せ……今、何て言った?」

「いや、だから俺がこの女性を助けるために逃げるから、お前は命がけであいつらを足止めしろって」

「え? あいつらを?」


 ザックが指さす先には、燃え上がるイカルゲとこちらを睨みつけ、今にも飛び掛からんとする二体のデーモン・テンタクルがいた。


「ひゃひひひっ! アツイ! アツイ! アツイィィィ!!」


 しかも、イカルゲは炎に燃えて大人しくなるどころか、ますますテンションを上げている。

 やはりドMか。


「ザック。お前なら大丈夫だ! 信じてるぞ!」

「おいぃぃぃ!! ふざけんなって! あんなバケモンども相手に出来るか! 逃げるなら一緒だろ!? 百歩譲って足止め役がいるとしても、それはお前の方だろ!」

「やだよ。あんなイカれた奴、相手にしたくないだろ」

「俺もだよ!!」


 二人で言い合いをしている内に、足音がこちらに近づいてくる。

 足音のする方に顔を向けると、そこには顔の上下が入れ替わったイカルゲがいた。


「ひええええ!! 入れ替わってるうううう!!」


 震えあがる俺にザックが「落ち着け!」と声を上げる。


「よく見ろ! 入れ替わってるんじゃない! あいつ、身体をあり得ないほどのけぞらせてるだけだ! まるで火に炙られるイカみたいだぜ……はっ! そうか! 奴の能力はイカ!!」


 正体を見破ったと言わんばかりにドヤ顔を浮かべるザック。

 そんなザックの言葉を肯定するようにイカルゲは笑う。


「ひゃひっ。ご名答。僕のスキルは『イカ』。最強で最高の能力さぁ」


 こんなことを言うのはどうかと思うが、くそどうでもいい。

 そんなことより逃げる方が大事だ。足音を出さぬように、ゆっくりと後ずさりする。だが、直ぐにザックに手を掴まれる。


「オクト、何処へ行くつもりだ?」

「いや、逃げようかなって」

「何言ってるんだ。イカとタコは永遠のライバルとってもいいほどの因縁深い相手じゃないか。あいつもお前との戦いを望んでいるし、その女性は俺に任せろ」

「嫌に決まってんだろ! 因縁なんて、人間が勝手に作り出した妄想じゃねーか! タコ代表として言わせてもらうが、俺は別にイカをライバルだなんて思ってない!!」

「酷いなぁ、オクトくん」


 突如、下から響く声。

 恐る恐る、下を向くと、そこにはイカルゲの真っ白な顔があった。


「僕は君を特別に思ってるよぉ」

「「ぎゃあああああ!!」」


 俺とザックの悲鳴が重なる。

 その瞬間、身体がふわりと宙に浮き、ザックと供に傍に会った洞穴に投げ込まれる。


 ま、まずい! リーゼの身体が床についちまう!


「うおおおお!!」


 リーゼの身体が地面に激突しないように、リーゼと地面の隙間に身体を潜り込ませる。

 その直後に、背中に鈍痛が走る。


「ぐえっ」


 変な声は出たが、何とかリーゼを受け止めることに成功したらしい。いやー、よかったよかった「ぁぁあああ」……ん? なんか、声が聞こえるような……。


「あべしっ!!」


 次の瞬間、頭にとてつもない衝撃が走る。

 痛みに悶絶していると、俺の目の前に股間を抑えながらうめき声をあげるザックの姿があった。


 ま、まさか……こいつの股間が俺の頭に直撃したのか……?

 何とも言えぬ気持ち悪さに、思わず顔を顰めていると、背後から獣のような唸り声が聞こえた。


「ガアアアア!!」


 振り向くと、そこには拳を振り上げるデーモン・テンタクルの姿が二つ。


「やっべえ!!」


 慌てて触手でザックとリーゼの身体を抱え、前に転がる。振り返ると、さっきまで俺がいた場所に拳が二つ振り下ろされていた。


 ひ、ひええ……。


「ひゃひっ。ひゃひひひっ。オクトくん、デーモン・テンタクルの恐ろしいところはね、デーモンが持つ生物の体内に寄生する性質を持ってるところなんだ。特に、人間の負の感情を好むデーモンはその感情を増幅させることで力を発揮する。この二人はねぇ、オクトくんに対して大分負の感情を抱いてたよぉ。君には凄く厄介だろうねぇ」


 ニチャアと気持ちの悪い笑みを浮かべるイカルゲ。


 ふっ。大方、『○○くんがお前のこと嫌いって言ってたぜ。かわいそー』という言葉で精神攻撃をしたかったんだろうが、俺には通用しない。


「やれやれ、やはり俺が魅力的だから男には嫉妬されちまうらしい」

「いや、それだけはない」

「お前、もう動けるのかよ」

「動くしかないだろ。見る限り、逃げ場はないみたいだしな」


 ザックがチラリと背後に目を向ける。ザックの視線に合わせて、俺も振り向くと、背後にはいつの間にか壁が出来ていた。

 よく見ると、その壁がうねうねと動いている。どうやら、この壁は触手で出来ているらしい。


「ひゃひっ。逃がさないよぉ。僕を火炙りにしたその男は殺す。女は苗床になってもらわなきゃねぇ。そして、オクトくんは偉大なるあのお方復活のための器になってもらうよぉ」


 俺とザックの前には、薄ら笑みを浮かべるイカルゲと巨体を揺らす二体のデーモン・テンタクルがいた。

 どう考えても分が悪い。

 負けるビジョンしかない。かといって、後ろは触手の壁、逃げるにはデーモン・テンタクル二体とイカルゲを突破しなくてはならない。


「俺はこんなとこで死ぬわけにはいかねえんだ! これでも食らいやがれ!!」


 ザックが雄たけびを上げ、火矢を放つ。


「「ガアア!!」」

「おっと」


 デーモン・テンタクルは火矢を触手であっさりと叩き落とした。

 だが、イカルゲはやけに大袈裟に火矢を避けた。


 そういえば、イカルゲは火を浴びた時、身体をこれでもかとのけ反らせていた。そう、まるで火に炙られるイカのように……。

 はっ! そうか!

 奴はイカ! 聞いたことがある。何でも、イカの身体には温めると収縮する繊維がぎっちり詰まっていると。

 なら、この空間に火を起こすことが出来れば、イカルゲを戦闘不能に出来るんじゃないか?


 勿論、それでもデーモン・テンタクルは残る。だが、デーモン・テンタクル二体は明らかにこの狭い洞穴で動きづらそうにしている。

 倒すことは出来なくとも、横を走り抜けることは可能だ。


 いける!


「くっ……やっぱり、俺程度の攻撃じゃ意味がねえのか……」


 何やら打ちひしがれているザックの傍に駆け寄る。


「おい、ザック。完璧な作戦を思いついたぞ」

「な、なんだと!? あいつらを倒せるっていうのか!?」

「倒せるかどうかは知らんが、少なくとも死ぬことは無くなるぞ」


 俺の言葉を聞いたザックが生唾を飲み込み、希望を見たかのように期待の眼差しを俺に向ける。


「とりあえず、デーモン・テンタクルは無視だ。俺が奴らの気を引くから、お前は洞穴の入り口付近、イカルゲが立っている周りに油をぶん投げろ。そして、準備が出来たら火を点けて、俺が合図をすると同時にリーゼを抱えて洞穴の外に走れ」

「そ、それで上手くいくのか?」

「上手くいかなきゃ、死ぬだけよ」

「……そうだな。お前を信じるぜ」


 ザックが覚悟を決めた表情を浮かべる。


 よしよし。後は、俺がデーモン・テンタクル相手に時間を稼ぐだけだな。リーゼという守らねばならん相手がいるのが面倒だが、攻めを一切考えなければ守り抜けるはずだ。


「そんなゆっくり話してていいのぉ?」

「「ガアアアア!!」」


 イカルゲの声が響いたかと思えば、次の瞬間、俺とザックに二体のデーモン・テンタクルの拳が迫る。


「ひっ!!」


 ザックが顔を青ざめ、頭を抱える。

 そして、俺とザックの頭上に拳が振り下ろされ、洞窟内に轟音が鳴り響く。


「ひゃひっ。ひゃひひひひっ。流石、オクトくんだねぇ」


 嬉しそうなイカルゲの声が響く。

 その言葉の通り、俺はデーモン・テンタクルの二つの拳を八本の触手で受け止めていた。


 いってえええ……!!

 以前、遭遇した奴らより遥かに強い。寄生されてる奴らがAランク冒険者のせいだろう。

 奴らめ……。人から同期の女の子を奪うわ、厄介なモンスターに寄生されるわで面倒ごとばかり起こしやがる。


「ザック、いつまでも腰抜かしてないでさっさと動け。お前に全部かかってんだからな!」

「お、おう!」


 ザックに声をかけると、慌てた様子でザックは急いで立ち上がり、腰から弓矢や玉を取り出し始める。


「んー? 何かするつもりかなぁ?」

「まあな」

「へー。それは、楽しみだねぇ」


 ニタニタと余裕の笑みを崩さずに、他人事のような態度をとるイカルゲ。その様子を見る限り、戦闘にはどうやら参加して来ないらしい。

 真意は分からないが、相手がデーモン・テンタクル二体だけなら、こちらとしても好都合だ。


「さて、じゃあオクトくんがどれだけ僕らの触手くん相手にやれるか見せてもらおうかなぁ」


 イカルゲがそう呟き、触手でデーモン・テンタクル二体を叩く。その叩きに反応し、デーモン・テンタクルたちが動き始めた。


「「コロ……ス……! オクト、コロスゥゥ!! 」」

「なんで、俺の名前は憶えてんだよ!」

「「ユウシャ……! スキル……! ウラヤマシィィィ!!」」

「お前らには女がいるじゃねえかあああ!!」


 デーモン・テンタクルと化した二人の冒険者の触手たちが俺に襲い掛かる。その触手を八本の触手で必死に捌く。

 数はあちらが有利。だが、こっちは生まれた時から二十年間この触手と付き合ってきたんだ。

 ゴミ箱に上手く投げ入れられなかったチリ紙をゴミ箱に入れる時も、腰を上げないと届かない位置にあるものを取る時も、木登りする時も、いつだってこいつが傍にいた。

 ものは使いようだ。

 ただの触手も、極めれば最強の武器となる。


「見せてやる……! これが、俺の新たな必殺技!」


 数多のセクハラを繰り返し続けたことで見えた希望の光。


『気付かれなければ、どうということは無い』


 この言葉を胸に、俺は触手を振るい続けた。毎日、毎日、この世の美女たちへの感謝を込めて、ただ振るう。

 鞭の先端は音速を超えると言われている。

 やがて、俺の触手は音速を超えた。だが、それでは意味がない。

 誰にも気付かれない。そのためには、世界を欺く必要がある。


 世界を置き去りにしろ。反応することも、視界に納めることすら許さない不可視にして、絶対の一撃。


 そして、酒場で男たちに絡まれた日。

 遂に俺は至った。


「食らえ……!! 生命の原点たる欲望の一つが生み出した、絶対の一撃。この触手は、時間さえ超越する!!」



 神の絶頂ホワイトアウト



「「アーッッッ!!!」」


 不可避の一撃がデーモン・テンタクルの急所を撃つ。

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