第24話 決着
死んだはずの男の復活に、アリエスは勿論、デーモン・テンタクルたちでさえ呆然としていた。
その隙にオクトは、未だに気を失っているイカルゲの身体を投げ飛ばし、アリエスを拘束するデーモン・テンタクルの触手を引きちぎる。
そして、アリエスの身体を抱えた。
「オクト……生きてたの?」
「まあな」
「で、でも、胸を貫かれて……」
「タコには心臓が三つある」
「え……?」
オクトの言う通り、タコには心臓が三つあると言われている。
その理由はタコの身体にある。タコには触手が八本ある。更に、その触手はほぼ筋肉で出来ており、タコの全身は殆どが筋肉で出来ている徒言ってもいい。
筋肉を動かすために必要なものは大量の酸素だ。
運動すると息が荒くなるのも、筋肉を動かすために酸素が必要であり、呼吸数が増えるためである。
そして、心臓は血液と共に全身に酸素を送り込むという重要な役割を担っている。
だからこそ、タコは、全身の筋肉を自由自在に扱うために、全身に酸素を送る心臓が三つも必要というわけである。
「なら、一個くらい潰れても大丈夫だろ」
「そ、そうなの?」
「知らね」
「え、ええ……」
実際のところ、大丈夫ではない。
心臓三つで自由に扱えていた身体が二つで自由に扱えるはずがないのだ。
オクト自身、先ほどから頭痛に目まいと貧血と思われる症状が出ている。全身に血が巡り切っていない証拠だ。
八本の触手を自在に扱うことはもうできないだろう。
それでも、触手数本ならまだ扱える。
「アリエス、遅れて悪かった」
「あ……」
アリエスの頭にオクトの手が触れる。
いつ以来だろう、こうして誰かに頭を撫でられるのは。
誰にも甘えず、ここまで来た。いや、甘えられる相手がいなかったと言い換えてもいいかもしれない。
アリエスの周りに寄ってくるのは、何時だって助けを求める人たちだ。勇者に期待をし、救ってくれと願うアリエスよりも弱い人だ。
だが、少なくとも目の前にいるこの男はアリエスが甘えられる相手なのだと、再度アリエスは理解した。
普段なら我慢できたかもしれない。
だが、今のアリエスはイカルゲによって一時的にただの女の子に変えられている。
だからこそ、アリエスは目の前のオクトに縋りついた。
「……バカ。死んだかと思った。怖かった」
「死なねーよ。少なくとも、夢を叶えるまではな」
「……うん」
アリエスを優しく抱き留めるオクト。
貧血のせいか、通常時より頭が働いておらずセクハラをする元気も無いようだった。
「「GAAAAA!!」」
そんな二人目掛けて、デーモン・テンタクルたちの拳が振るわれる。
その拳をアリエスを抱えたまま、オクトは横に跳んで躱す。それと同時に地面に転がっていた聖剣を掴み取る。
「アリエス、触手ととどめは任せた」
「うん!」
アリエスの身体をおろし、その手に聖剣を握らせる。
先ほどまでは弱弱しい表情だったアリエスも、聖剣を握り再び表情を凛々しくする。
勇者として以上に、アリエス・ルミエールという一人の人間として守りたいものを守る。
そのために、もう一度立ち向かう意志を固める。
「「GAAAAA!!!」」
二体のデーモン・テンタクルが同時に触手をオクトに飛ばす。
だが、その触手はアリエスの聖剣によって斬り落とされる。触手がダメならとデーモン・テンタクルたちが拳を振るう。
しかし、たかだか二体のデーモン・テンタクルの計四本の腕ではオクトには手数で劣る。
デーモン・テンタクルたちの拳を捌き切ったオクトは、そのまま二体の身体を縛り付ける。
「「GA!?」」
もがくデーモン・テンタクル。
その力は凄まじく、オクトが二体を拘束できる時間は数秒程度しかなかっただろう。
だが、アリエスにはそれだけあれば十分だった。
「ホーリー・フラッシュ」
聖剣の刀身が輝き、デーモン・テンタクルの背中から伸びる触手が光の剣に斬り落とされる。
「「ギャアアアア!!」」
本体である触手が聖剣で斬られたことでデーモン・テンタクルたちの身体が瞬く間にしぼみ、元々の冒険者の身体に戻る。
そして、斬り落とされた触手たちは暫くの間苦しそうに地面の上をじたばたと這いまわっていたが、やがて動かなくなり、塵となって消えていった。
「ふぅ」
アリエスがホッと一息つき、顔を上げる。
アリエスの目の前にはジッと、ある一点を見つめるオクトの真剣な表情があった。
その表情から、まだ一人残っていることを思い出す。オクトが視線を送る先にアリエスも視線を向ける。
「ひゃひっ……ひゃひひひひ!! 凄い凄い凄いよぉ……」
二人の視線の先には、フラフラとした足取りで立ち上がるイカルゲの姿があった。その頬はほんのりと赤く染まっており、艶っぽい瞳でオクトを見つめている。
「はぁ……はぁ……新しい世界の扉を開いた気分だよ。オクトくんの触手が僕のアソコに触れた瞬間、雷が直撃したかのような衝撃が僕を襲った。もう、忘れられない。忘れることなんて出来ない! 俄然、君が欲しくなったよぉ。オクトくん」
息遣いを荒くしながら、一歩ずつゆっくりと後ずさるイカルゲ。
「でも、今日はこれでお終い。また、会おうね。今度は万全を期して君を迎えに行くよぉ」
「くっ! 逃がさない!」
身を翻し、触手の壁に突っ込むイカルゲ。
アリエスがイカルゲを追いかけるが、触手の壁に阻まれてしまう。
壁を何とか乗り越えた先には、月明かりに照らされる花畑が広がるだけで、イカルゲの姿は何処にも無かった。
イカルゲを逃がしたことで肩を落とすアリエス。
「アリエス、助けに来てくれてありがとな」
そんなアリエスに疲れ切った表情のオクトが声をかける。
だが、アリエスは素直に喜べなかった。
「ううん。結局、ボクはオクトに助けられちゃった――つめたっ!!」
表情を暗くするアリエスの首にオクトが触手を当てる。深夜で当たりの気温が低いせいか、オクトの触手の先端もかなり冷たくなっていた。
「馬鹿言え。俺が戦えたのはアリエスがいたからだ。逆にアリエスじゃなきゃ、あそこで俺は動けなかったね。きっと、ザックのおっさんがアリエスのポジションにいたら今頃、ザックのおっさんの唇はイカルゲに奪われてたぜ」
オクトの言葉でザックが触手と口づけをしている場面を想像したアリエスが思わず笑みをこぼす。
それを見て、オクトも笑う。
オクトの笑みを見てアリエスはオクトの言葉を思い出していた。
『バカ言え、お前の兄貴が勇者じゃこうなってない』
アリエスは女の子であり、勇者だ。
そんなアリエスの肩をオクトが軽く叩き、ある場所を指差す。
落ち込んでいたアリエスだったが、顔を上げるとその目を輝かせる。
「綺麗……」
アリエスとオクトの目の前には、辺り一面に月に照らされて輝くツクヨ草とリリスという花が咲き誇っていた。
青白く輝くツクヨ草と風に揺れ、怪しげに輝く淡いピンク色のリリスの花がいくつも並ぶ姿は幻想的で、思わずアリエスは暫くの間その光景に目を奪われていた。
アリエスが足を止め、目の前の光景に見惚れていると不意にオクトがアリエスに一輪の花を差し出す。
それはリリスの花だった。
「オクト、これは……?」
アリエスが問いかけるとほぼ同時に、オクトの身体がアリエスの身体に寄りかかる様に傾いた。
「わわっ!? オ、オクト……!?」
オクトの身体を受けとめ、その顔色を見てアリエスは目を見開く。
その顔が酷く青ざめていたからだ。
本来、「タコ」の能力を使う時、心臓も三つに増えている。そうしなければ、十全に「タコ」の能力を扱えないからだ。
だが、今回オクトは心臓を一つ潰された状態で無理に「タコ」の能力を使い続けた。
その結果、オクトは重度の酸欠状態になっていた。
酸欠状態で、意識が朦朧とする中、オクトは差し出したリリスの花をアリエスの髪に飾る。
「……悪い。俺はバカだから、これくらいしか思いつかない」
「オ、オクト……? 何を言ってるの?」
アリエスには分からない。
オクトが何を伝えようとしているのか。
それでも、オクトの言葉を最後まで聞かなくてはならない。それだけは分かった。
「やっぱり、アリエスは綺麗だな」
オクトはそう言うと、静かに瞳を閉じた。
安らかで、穏やかな笑顔だった。
********
「アリエスさん!! 大丈夫ですか!?」
オクトが瞳を閉じてから直ぐに、アリエスの背後から声がかかる。それは、アリエスを追いかけていた街の冒険者たちだった。
「う、うん。ボクは大丈夫。それより、オクトをお願い。呼吸はしてるけど、意識を失ってるみたい」
「あのオクトがですか!? ……ん? こいつ、やけに穏やかな表情してますね。まあ、いいか。とりあえず、こいつ連れて行きますね」
「うん、お願い」
「任せてください」
そう言うと冒険者の男はオクトの身体を背負う。そして、花畑を後にしようとしたところで、アリエスが背を向けたままということに気が付いた。
「あれ? アリエスさんはまだ帰らないんですか?」
「うん。後から帰るから、先に戻っててよ」
「そうですか。それじゃ、俺はこれで。……それにしても、意外にオクトの身体、ヌルヌルしてないんだな」
冒険者の男はそう言ってから、花畑を後にする。
花畑で一人になってからアリエスは目の前に並ぶ花を見ながら、冒険者ギルドを出る直前に言われたシーナの言葉を思い出していた。
*********
「泣いている女の子にどれだけのことが出来るか」
「……え?」
「オクトさんはそう言って、悪魔の森へ向かって生きました。何故その言葉を残したのかは分かりませんが、どうかオクトさんがしたことをその目で見てあげてください。お願いします」
シーナはそう言うと頭を下げた。
「分かりました」
「ありがとうございます」
どこか安心したような表情を浮かべるシーナ。その表情を見て、アリエスは少しだけ羨ましいと思った。
「オクトと仲が良いんですね」
「そうですね。まあ、オクトさん担当の受付嬢ですので」
そう言うシーナの表情はどこか誇らしげに見えた。
*********
「泣いている女の子に出来ること、か」
シーナから聞いたオクトの言葉を思い出し、オクトに飾られたリリスの花を優しく撫でる。
変態で、かっこつけで女好き。
だけど、紛れもなくアリエスのヒーローだった。
「本当、厄介な男の人に出会っちゃったなぁ」
そう呟くアリエスの表情は、言葉とは裏腹に嬉しそうだった。
花畑に風が吹き抜ける。
アリエスの金色の髪と共に、リリスの花がゆらりと揺れた。
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