第16話 デート
悪魔の森を出た後、アリエスとオクトは冒険者ギルドの酒場で昼食を取っていた。
そして、昼食を取り終え、アリエスが再び悪魔の森へと向かおうと街の外に出ようとすると、オクトがアリエスの手を掴んだ。
「どこ行こうとしてんだ?」
「え? いや、悪魔の森の調査をしなきゃ……」
「それなら今日の昼からは休みだ」
「や、休み?」
「これ見ろ」
そう言うと、オクトはアリエスの前に一枚の紙を突き出す。
そこには『勇者アリエスは今日の昼から休むように』と丁寧にギルドマスターの朱肉付きで書いてあった。
「な、なにこれ?」
「うちのギルドマスターが休めってよ。元々、アリエスが悪魔の森を調査してたのはうちのギルドマスターが正式に依頼したからだ。依頼主が休めって言ってんだ休め」
「でも、こうしてる間に被害が出てるかもしれないし……」
「知らねーよ」
「し、知らないってそんなの無責任だよ!」
「じゃあ、勇者は一生働かなきゃいけねーのかよ? 邪王が倒される日までずっとずっと戦うことを強制されなきゃならないのか? そんな世界くそくらえだ」
「だけど……」
説得して尚、休むことを渋るアリエスにオクトは半ばキレていた。
結果、この男は最悪の手段を選択する。
「うるせえ! 黙って休め! さもないとお前が女だって全員にばらすぞ!」
「なっ!?」
脅しというカードをきるオクト。
正直、それは完全な悪手だった。仮に、オクトがそれを言いふらしたとしても直ぐに国家権力によって無かったことにされる。
更には、オクトもただでは済まないだろう。
だが、それはアリエスが女の子を脅して無理矢理自分の命令に従わせる最低な男を見捨てることが出来ればの話だ。
「うぅ……わ、分かったよ」
「それでよし。じゃあ、ついてきてくれ」
アリエスの言葉に満足げな笑みを浮かべたオクトはそのまま、とある家の前に来て、その家の扉をノックする。
数回のノックの末に家主であるシーナが顔を見せた。
「よ」
「オクトさん? どうしたのですか? 私は今日休日なんですが……」
「シーナの服貸してくれ」
「……すいません、もう一度聞かせていただいてもいいですか?」
「シーナの服貸してくれ」
改めてオクトの言葉を聞いたシーナは、アリエスの方に視線を向ける。
それに対してアリエスは首を横にぶんぶんと振る。
「……あの、私の服で何をするつもりですか?」
「服は着るもんだろ」
「遂に、女装癖に目覚めたんですか?」
「いや、俺は着ねーよ」
「オクトさん、知ってますか? 女装をしたところで性別は変わらないんですよ?」
「あたりまえだろ」
オクトは怪訝な顔でシーナを見つめている。
その目をするのは私の方だとシーナは内心毒づいていた。
(それにしても、これはどういうことでしょう。オクトさんが着ないのであれば、アリエスさんに着せて楽しむつもりかと思いましたが……)
そこで一度、シーナはアリエスに視線を向ける。アリエスはオクトの発言に慌てる素振りをみせているが、「迷惑だよ」と言うばかりで、オクトの発言の意図に気付いているように見える。
オクトが着るわけではない、そして、オクトは男に着せようとしているわけではない。
聡明なシーナは一つの仮説に辿り着く。元々、オクトが男のアリエスに優しくしているところから不自然だったのだ。
だが、その仮説が正しいのであれば、今のオクトの発言も、オクトのアリエスに対する態度にも説明がつく。
「訳ありということみたいですね」
「ま、そんなところだ」
「分かりました。お貸しします。代わりに、貸し一つですよ」
「助かる。まあ、今度飯でも奢るよ」
「楽しみにしています」
シーナはそう言うと家の中に戻り、黒のワンピースと黒のハイヒールを持ってきた。
「どうぞ」
「悪いな。後から返しに来るからよ」
「はい」
シーナから服を受け取ると、オクトはアリエスの手を引き宿屋へと向かう。
オクトの意図に気付き始めていたアリエスがオクトに何度か声をかけるが、オクトは止まらない。
そして、宿屋に着くと同時にオクトはアリエスをベッド放り投げる。
「オ、オクト! どういうつもりなの?」
「脱げ」
「なっ!?」
口をパクパクと開閉しているアリエスに対して、オクトはシーナから借りた服を手渡す。
「これに着替えろ。着替えたら部屋から出て来いよ」
そう言うと、オクトは部屋から出て行った。
一人残されたアリエスは手元のワンピースに目を向ける。
オクトの意図は何となく分かる。多分、アリエスに気を遣って女の子として生きてもいいんだと伝えたいのだろう。
だが、それはアリエス自身が否定したものだ。
「オクトには悪いけど、やっぱりボクは……」
オクトに断って、この服も返してもらおう。そう思い、アリエスが着替えることなく部屋の扉のドアノブに手を掛ける。
その時、ドアの外から声が聞こえて来た。
「勇者アリエスは休みだからな。いいか、勇者アリエスは休みだぞ!!」
念押しするようなオクトの声が聞こえる。その言葉にアリエスはハッとし、ドアノブに掛けていた手を放す。
勇者アリエスは休み。なら、ただのアリエスになってもいいのだろうか。
勇者としてじゃなく、ただの女の子として今日は過ごしていいということだろうか。
だが、ここで勇者アリエスを捨てればオクトに甘えてしまう。
「でも、今日だけなら……」
旅に出る時、捨てたはずのもの。でも、それを完全に捨て去ることなど出来なかった。
悩んだ末に、アリエスは今日だけと決めて勇者の装備をその身からおろした。
***********
扉の前でアリエスを待つ、そして遂に扉が開いた。
中から出てきたのは黒のワンピ―ス姿のアリエス。ハイヒールは履きなれていないのか、少し歩きにくそうにしている。
アリエスの色白できめ細やかな肌が黒い服と絶妙なコントラスを生み出している。
「ど、どうかな?」
俺が何も言わないことを不安に思ったのか自信なさげに問いかけてくるアリエス。
非常に可愛い。今すぐ触手で羽交い絞めしたくなる。
「滅茶苦茶可愛いぞ。今すぐにでも、この触手で襲い掛かりたくなるほどだ」
「……なんかオクトがモテない理由が分かった気がするよ」
褒めたはずなのに、何故かアリエスはため息をつき、俺にジト目を向けていた。
何故なのだろうか。
いや、とりあえずそれは置いておこう。とにかくアリエスはやはり可愛いということが分かった。
今日の俺の目的、それは一つだけだ。アリエスに女の子の喜びを教える。
そして、女の子の喜びに目覚めたアリエスは俺に惚れる……という計画だ。
「よし、とりあえず準備も出来たし行くか」
「行く? 行くってどこに?」
「デートに決まってんだろ」
そう言って、俺はアリエスの手を握りそのままゆっくりと歩き出す。
慣れないハイヒールで足元に慎重になっているアリエスに歩調を合わせるように。
********
俺とアリエスが向かった先は街の中でも大きな服屋であった。
「きゃああああ!! 女の敵よおおお!!」
「セクハラオクトが現れたわあああ!!」
俺の姿を見ると同時に、店内にいた一部の女性が店から逃げ出す。人の顔を見て逃げ出すとは失礼な人たちだなと思いつつ、アリエスの手を引き店内に入る。
「こんにちはー」
「あら、オクトちゃん。久しぶりね」
店内に入るや否や、一人の男性が俺の下に歩み寄って来た。彼の名前はガウディ。
この街では、比較的仲の良い人物の一人だ。
「最近、全然来ないから心配してたのよ。オクトちゃんが女好きじゃなくなったって噂もあるくらいだしね」
「まあ、最近はこれといって女性に貢ぐことも無かったしな。それより、今日はこいつの服を買いに来たんだ。店使ってもいいか?」
「いいも何も、もう入って来てるじゃない。まあ、いいわよ。オクトちゃんには、恩があるからね」
そう言うとガウディはアリエスにチラッと視線を向けてから、店の奥に姿を消した。
残されたのは俺とアリエスの二人だけ。
「ねえ、オクト。恩ってどういうこと?」
「ああ、大したことじゃねーよ。ちょっとあいつの悩み相談に付き合ったことがあるってだけだ」
懐かしいなぁ。俺がまだ街に着た頃、この店は大した衣服が揃ってなかった。
如何に服が女性の可愛らしさ、美しさを強調させる重要な役割を果たしているか、ということを熱くガウディに語って、色んなデザインの服を作らせたんだよな。
代わりに素材集めを手伝わされたけど、おかげでこの街の女性は中々に可愛らしい服を身に付けている。眼福だ。
「そうなんだ」
「おう。とりあえず、色々と見て着てみたい服着てみろよ」
「え、う、うん」
俺に返事を返したアリエスだが、辺りをキョロキョロと見回すだけで、服を手に取ろうとしない。
ふむ。あれか、服屋になれていないタイプか。
気持ちは分かる。俺も生まれて初めてちゃんとした服屋に足を踏み入れた時は、どの服がいいのか全く分からなかった。
「あ、これ……」
暫く黙ってアリエスの様子を見守っていたが、ある服の前でアリエスが足を止める。
それはミニスカートだった。
それに気づいた瞬間、俺はアリエスの隣に素早く移動する。
「ミニスカートっていいよな」
「わっ!?」
「女性の美しい足をより強調するための服なんだがアリエスの様にほっそりとしつつもハリのある太ももをした女性には滅茶苦茶似合うと思うぞ」
「は、早口で何言ってるか分かんないよ」
「お、悪い悪い。とにかく、アリエスに良く似合うってことだ。着てみろよ」
「で、でも、こんなに丈が短いと、中が見えちゃいそうだよ」
「それがいいんじゃないか!!」
「へ……?」
思わず声が大きくなった。
突然の俺の言葉にアリエスは目をパチクリと何回か瞬きをしていた。
しまった。これは引かれたか? いや、ここで恐れてはいけない。
アリエスも言っていたじゃないか。セクハラなんて卑怯なことはせずに、正々堂々と女の子に関わるべきだと(言ってない)。
俺の気持ちを正直に言うんだ。
「アリエス、これを履いてくださいお願いします!」
「え、ええ……」
「頼むよアリエス! 俺、見たいんだ! アリエスが可愛い格好をするところを! アリエスの可愛いところが見れたら、俺なんでも一つアリエスの言うこと聞くから!」
何でもという単語にアリエスの耳がピクリと動いた。
「何でもいいの?」
「おう」
「絶対だよ?」
「任せてくれ!」
「……分かった」
俺の真剣な表情にアリエスも遂に頷いた。
やったああああ!!
女の子のミニスカート姿が見れるぞおおお!!
歓喜している俺を他所に、アリエスは「じゃあ、ちょっと着てくるね」と言って、白のブラウスも一緒に持って試着室の方に向かっていった。
その表情は少しだけ楽しそうに見えた。
ウキウキ気分でアリエスを待つこと数分、店の奥からアリエスが姿を現す。
白いブラウスに首元には黄色の紐で出来たリボン。そして、黒のミニスカート。
学生を連想させるような清楚さと年相応のアリエスの可愛さが際立っているように見えた。
「ど、どうかな?」
ミニスカートになれていないせいだろう。スカートを抑えながら、恥ずかし気にアリエスが問いかけてくる。
その頬はほんのりと赤くなっていた。
「すげえ、似合ってる。可愛いよ」
もっと他に言えることがあったんじゃないかと思う。だが、目の前にいる少女の可愛さを表すにはあまりにも言葉が足りない。
想像以上だった。手を出すことさえ躊躇われる。
そんな純粋さと輝きがアリエスから放たれている気がした。
「そうかな?」
「ああ、間違いない」
「そっか……ありがとう、オクト」
「あ、好き」
アリエスが微笑む。
それと共に、俺の口から思いが漏れ出す。
やばい! 告白にはあまりに早すぎる! 早く訂正しなくては……!
焦る俺を見て、アリエスはキョトンとした顔を浮かべてから口元に手を添えて顔を逸らした。
その顔は赤くなっていた。
え? なにその反応? 脈あり? 脈ありなんですか?
「も、もー冗談はやめてよね」
少ししてからアリエスは自分の顔をパタパタと仰ぎながら半笑いを浮かべる。
冗談、それで終わらせるべきか……否、己の気持ちには正直に生きるべきだ。
「冗談じゃない。俺は、本気でアリエスが好きだ」
服屋の店内で真っ昼間に言うセリフではないかもしれない。
だが、言わずにはいられなかった。
「あ、え……」
困惑するアリエスに一歩詰め寄る。アリエスはそれに合わせて一歩下がるが、直ぐに壁にその背をぶつける。
逃げ場はない。
そのままアリエスの顔の横の壁に手をつく。
「アリエス、冗談じゃなく、俺は本気だ」
そして、アリエスの目を真っすぐ見つめる。アリエスの瞳が微かに揺れる。
アリエスの口は動いてはいたが、言葉は出てきていない様子だった。
いける。押し切れる!
このまま押し切ろうと、更にアリエスに顔を近づけたその瞬間、頭を何かで叩かれる。
「いてっ!」
「オクトちゃん! 店内でセクハラをするのはやめろって言ったでしょ!」
振り返ると、ほうきを持ったガウディがいた。
「セクハラじゃない! 愛の告白だ!」
「相手の思考回路を奪う告白は愛の告白とは言わないのよ。大丈夫? 何か変なことされてない?」
俺に説教をしたガウディはアリエスに近寄り、何言かアリエスと会話を交わす。
「大丈夫です」
「本当に? 何かあったら遠慮なく言うのよ」
「はい、ありがとうございます」
アリエスはそう言うと、「着替えるね」と俺に告げて、店の奥へ戻ろうとする。
その手を俺は掴む。
「いや、そのまま行こうぜ」
「え?」
「その格好気に入ったんじゃないのか?」
「で、でもお金は……」
「俺が出す」
「でも、悪いよ」
「無理矢理俺が連れてきてるんだ。それくらい払う」
アリエスにそう告げると、そのままガウディの下へ行き会計をする。
会計の途中、ガウディが意外そうな目で俺を見ていた。
「なんだよ」
「いや、意外よね。オクトちゃんって割と誰にでも言い寄るし、セクハラするけどあんなに情熱的に愛を囁くタイプじゃなかったでしょ?」
「気分だよ、気分。そういう気分になったってだけだ」
「つまり、恋をしたってことね!」
ガウディはそう言うと両手をパンと一鳴らしする。
こいつは何を言っているのだろうか。いや、だが一理あるかもしれない。
「まあ、そういうことにしとくよ」
「そう。さっきは止めたけど、応援はしてるわ」
「どーも。それと、あそこにある靴も貰えるか?」
「ええ、勿論」
店の端にあった黒のショートブーツを買う。そこまでヒールが高くないものだ。
「お待たせ、あとこれな」
「これは?」
ショートブーツをアリエスに渡すと、アリエスは目を丸くする。
「ハイヒールは履きずらそうにしてたろ? 折角の楽しいデートだから、流石にもう少し履きやすい靴の方が良いかと思ってな。それに、あれも借りものだしな」
俺の言葉を聞いたアリエスが意外そうに俺を見る。
「なんだよ」
「いや、オクトて意外と気がきくんだなって」
「好きな子の様子くらい自然と目がいくだろ」
好きな子、その単語に反応してアリエスの頬を僅かに赤くなる。本当に心配になるレベルのチョロさだな。
いや、今まで男として生きてたならこうやって言い寄られることも少なかったのかもな。
「まあ、靴履き替えたら行こうぜ。シーナから借りた服と靴は俺が預かるよ」
「う、うん。ありがとね」
「俺が可愛い子の可愛い姿を見たいだけだ。気にすんな」
アリエスからシーナの服と靴を預かり、あらかじめ持ってきていたバッグにしまう。
そして、二人で店を後にした。
その後は一緒に昼ご飯を食べたり、街の直ぐ隣にある丘へ行き、夕焼けに染まる街を一望したりした。
特別なことはしていない。だけど、行く先々でアリエスは色んな人から女の子として扱われた。
まあ、出会う人の悉くが第一声に「オクトに何かされてないか?」と聞いたのは失礼極まりないと思ったが。
「ねえ、オクトはどうしてボクのためにここまでしてくれるの?」
夕焼けに染まる街を一望した後、街へ戻る途中にアリエスはそう問いかけた。
「アリエスのことが好きだから、それだけじゃ不十分か?」
「オクトはどこまでも真っすぐだね」
「馬鹿言え。真っすぐな男がセクハラなんざするかよ」
「それさえもボクには羨ましくみえるよ。自分の気持ちに正直でさ、凄く羨ましい。ボクはそうは生きれないから」
アリエスが寂しそうに視線を下げる。
それから、アリエスはゆっくりと顔をあげて眩しそうに夕陽を手で遮りながら口を開く。
「オクトの気持ちは嬉しいよ。だからこそ、これでお終いにしよ。ボクは明日から勇者アリエスとして生きていく。オクトとの時間は凄く楽しいのに、何だか胸が苦しくなるんだ。だから、今日でお別れ」
アリエスはそう告げると、俺の前に出て、くるりと振り返る。
「バイバイ、オクト」
彼女は最後にそれだけ告げて俺の下から走り去って行った。
残された俺は呆然とその姿を見つめる。
最後に見たアリエスの微笑みが、目から零れ落ちる一筋の涙が頭から離れなかった。
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