第15話 不穏なストーカー

 アリエスが女の子だと発覚した翌日の朝、オクトは変わっていた。

 アリエスにセクハラをすることは無く、朝からアリエスを「可愛い」ということもない。

 普通と言えば普通の態度だが、逆にその真っ当な態度が不自然だった。

 そのことにアリエスは少しだけ寂しさを感じる。オクトが普通に接してくることは嬉しいことのはずなのに、心の距離が離れてしまったような気がするのだ。


(……仕方ないか)


 アリエスはそう思いながら、今日もオクトと共に悪魔の森の調査へ向かうべく、朝食後に宿屋を出た。


「アリエス、ギルド寄ってくるから少し待ってもらえるか?」

「分かった。じゃあ、待ってるね」


 冒険者ギルドの前まで来て、オクトはそう言い残してギルドの中に入っていった。

 暫くすると、オクトは戻って来た。


「なにしてたの?」

「ん? 休暇申請」

「冒険者って休暇申請とかあるの? 自営業みたいなものだから自由に休んでいいんじゃない?」

「まあ、俺の休暇じゃないからな。それよか、さっさと調査を終わらせよーぜ」


 話はこれで終わりと言うように、オクトは視線を前にし、街の外へ歩き出す。

 オクトの態度に違和感を感じつつも、アリエスは大人しくオクトについていった。



**********



 悪魔の森の調査を始めて三日目、一昨日こそイカルゲという奇妙な触手を操る存在に出会ったが、昨日はテンタクルモンスターは愚か、触手の一本すら見えなかった。

 今日も悪魔の森の代名詞ともいえる霧は薄く、触手が出る気配は無い。


「アリエス、今日は少し奥まで行ってみようぜ」

「珍しいね、オクトがやる気をみせるなんて」

「たまにはな」


 オクトはそう言うと、ずんずんと森の中を突き進む。

 その背中を見ながらアリエスは眉根を下げる。オクトは、今日は何故か手を繋ごうとも言ってこない。


(オクトは改心したのかな? それとも、ボクをもう女の子としては扱わないってことかな……?)


 他でもないアリエス自身がそれを望んだ。

 なのに、アリエスの胸の中はスッキリとしない。心の中に靄がかかったような感覚に襲われながら、アリエスはオクトを追いかけた。


 その後、アリエスたちはイカルゲと出会った洞窟の中を探索したり、デーモン・テンタクルと遭遇した場所の付近を調べたりしたが、触手の一本さえ見つけることは出来なかった。

 オクトがやる気を出したこともあり、昼前にはかなり広範囲の調査が終わっていた。


「んー、不自然なくらいなにもないね」

「そうだな。でも、それっていいことだろ。もうテンタクルモンスターはいなくなったんじゃねーか?」

「でも、宿屋に泊まってる時に確かに邪悪な気配を感じたんだけどなぁ」

「その気配の主ももうこの森からいなくなったんだろ。それより、もう昼時だし森を出ようぜ」

「そうだね……。うん、お昼にしよっか」


 一度、昼食を取るべく森を後にする二人。

 アリエスとオクトがいなくなった後、二人がいた場所に一人の男が現れる。真っ白の長髪に、やけに大きな黒い目をしたその男はオクトが座っていた岩を愛おしそうに青白い手で撫でる。


「ひゃひ。オクトくんの温もりだぁ。ああ、温かいなぁ……。早く、早く君の温もりをこの全身で感じたいなぁ」


 恍惚とした笑みを浮かべながらその男は、あろうことかその岩をぺろりと舐めた。

 そして、身震いする。

 端から見たら、変態、いや、変態を超えた狂人にしか見えない。暫くの間、岩を舐めていた狂人もとい、イカルゲだったが、横を見た時に木々の隙間から四人の冒険者を見つけた。


「ちっ。全然モンスターいねえじゃねえか」

「あーあー、モンスターはいないし、勇者は仲間にならないし最悪よねー」

「本当よ。あんたたちが意気揚々と勇者をなかまにするぜって言ってたから期待したのに、本当ダメな男たちね」

「うるせえ! あの触手野郎のせいだよ。ちっ……気持ち悪い見た目のくせに強い天恵なのがむかつくぜ」


 彼らはオクトに絡んだ二人の男冒険者有する冒険者パーティーだった。その実力はAランクとかなり高い。

 彼らの身に付けている装備や所作からイカルゲは即座に彼らが強者だと判断し、岩の上から彼らの前に跳んでいった。


「うわっ!? な、なんだこいつ!?」

「キ、キモッ! なにこいつ……」


 突然姿を現したイカルゲに、四人は即座に臨戦態勢に入る。成り立てとはいえ、彼らはAランク冒険者だ。

 目の前の男が放つ異様なオーラをその身で感じ取っていた。


「ねえねえ、触手野郎って言ってたよね? それってオクトくん? 僕のオクトくんのことかなぁ? それにキモいって言ったよね? それ、僕の触手のことを言ってるの? ねえ? どうなの?」


 白濁している触手を振りかざし、イカルゲは真っ黒に染まった大きな目で四人を見据える。

 その威圧感に、四人は圧倒されながらも引き下がらなかった。


「なんだよ、てめえあいつの知り合いかよ。触手野郎の友達は触手野郎か。キモい奴同士群れてるってわけか」

「本当ね。てか、あんたもしかしてモンスター? この吐き気、テンタクルモンスターに相対した時のものと同じなんだけど」

「あら、リーシャ奇遇ね。私も感じてたのよ」

「モンスターなら、遠慮はいらねえ。ここでぶっ倒すだけだか……どうなんだ?」


 剣、杖を構え戦闘態勢に入る四人。

 イカルゲを前にして尚、戦闘意欲を失わない辺りが流石Aランクと言うべきだろう。

 そして、そんな彼らを前にしてイカルゲはニタァと口角を吊り上げ目じりを下げる。


「ひゃひっ。ひゃひひひひ。ああ、うん。いいねぇ……。僕は君たちみたいな人が好みなんだぁ。プライドが高くて、自分たちの強さを信じてる。そんな君たちの心をズタボロに引き裂いて、無様に屈服させる……。想像しただけで、触手が疼くよ」


 その言葉と同時に四人の冒険者を濃密な狂気が襲う。


「……っ! どうやら質問の意図を理解できない相手らしい。やるぞ!」

「「「ええ(おう)!」」」


 思わず足が竦むほどの狂気を前にして尚、彼らは戦う意志を失わなかった。

 それは、彼らが触手への恐怖心以上に触手への強い対抗意識があったからだろう。

 オクトといういけ好かない触手男を超えるべく努力してきた彼らだからこそ、立ち向かえてしまった。


「ひゃひひひ! いい! いいねぇ! 久しぶりに楽しい時間を過ごせそうだよぉ!!」


 そして、彼らは思い知る。

 この世界で触手が恐れられる真の理由を。

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