第12話 ○○なら絶対いい人見つかるよ

「で、何か言うことは?」

「すいませんでした」


 腕組みをして仁王立ちするアリエスの前で、俺はひれ伏していた。

 あの後、目を覚ました俺からリトユキという空想上の人物の話を聞いたアリエスは露骨にため息をつき、俺を睨みつけていた。


「はあ、物語の主人公と同じようにすればモテるってバカすぎるよ。そんな訳ないじゃないか」

「いや、でも……」

「でももだってもない!」

「はい」

「オクトは優しいし、顔だってそんなに悪くないよ。それに誰かを守れる強さがあるじゃないか。普通にすれば絶対にモテるよ」

「触手で撫でまわしたいっていう欲望があっても?」

「……」


 おい、何故黙る。


「まあ、世界は広いしそういうのが趣味って人もきっといるよ!」

「ちなみにアリエスはどうなんだ?」

「ボ、ボク? ボクは……ちょっと遠慮したいかなぁ」

「やっぱりそうじゃないか! 自分は無理なのに無責任にモテるなんて言うな! 俺がモテると思うなら、それを言うアリエスが俺と付き合ってくれよ!」

「ご、ごめん……」


 俺の言葉を聞いたアリエスが申し訳なさそうに視線を下げる。

 よし、アリエスの心に罪悪感を植え付けることに成功した。攻める時は今だ。


「謝るくらいなら、アリエスの姉妹を紹介してくれ」

「……え?」

「俺がいい男だと思うならアリエスの姉妹を紹介してくれよ」

「え、嫌だよ」


 申し訳なさそうな表情から一転、アリエスの顔から色が消える。

 そして、恐ろしく冷たい目でそう言った。


「オクトだけは絶対に紹介しない。オクトみたいなセクハラ魔をボクの大切な姉妹に近づけるわけにはいかないよ!」

「くっ! やっぱり、アリエスだって俺のことをそうやって避けるんだな!」

「セクハラ魔を大切な家族に近づけたいと思うわけないでしょ! とにかく、絶対に家族は紹介しないから! それと、今後は女の子の同意が得られない限りセクハラは禁止! もし、セクハラしたら本当に怒るからね!」


 アリエスは「いい?」とジト目で俺に詰め寄って来る。

 そのアリエスの強烈な圧に俺は頷くことしか出来なかった。


「じゃあ、早く寝るよ。明日も一緒に森に行くんだから」

「え? い、いいのか?」


 アリエスの予想外の言葉に、思わず俺はそう聞き返してしまった。

 すると、アリエスは呆れたような表情を浮かべながら、ため息をつく。


「オクトみたいなセクハラ魔はボクが見とかないと何するか分からないからね。それに、ボクたちは仲間なんでしょ」


 アリエスはそっけない表情を浮かべながらもそう言った。

 その言葉に、俺の中の汚い心が浄化されていく。


 こんなにも純粋無垢で慈愛の精神に満ちたアリエスの寝込みを襲うという卑怯な手を使うなんて、俺の心は知らぬ間に汚れきっていたらしい。

 まだ、やり直せる。少なくとも、アリエスは俺にやり直す機会をくれるといっているのだ。

 気付けば俺の目からは涙が零れ落ちていた。汚れ切った俺の体内から涙と供にその汚れが流れ落ちていく。


 汚れが無くなれば残るのは、澄んだ水の如く綺麗な心だ。


「アリエス、ありがとう。俺、目が覚めたよ」

「オクト……うん、これからはセクハラなんてしちゃダメだよ」

「ああ。これからはセクハラなんてせずに、正々堂々と同意を得てからアリエスの身体に触れるよ」

「……は?」

「さあ、アリエス! 俺たちは仲間だ! 仲間としてアリエスの身体に触らせてく――ぶへっ」


 万歳して飛び上がり、そのままアリエスの身体に覆いかぶさろうとしたところで、アリエスの回し蹴りが俺の顔面を捕らえる。


「オクトの馬鹿!! 変態!!」


 アリエスの回し蹴りを食らった俺は、床の上に仰向けで倒れる。


「ふっ。黒か……意外性があって、ベリーグッド」

「オ、オクトのエッチ!!」


 最後に見たのは、光り輝く聖剣の鞘だった。



********



 翌日の朝、朝ごはんを食べ終えた俺とアリエスは今日も悪魔の森の調査に来ていた。

 昨日と比べると悪魔の森は霧が殆ど無く、天気が晴れなことも相まって森の中といえども十分な明るさがあった。

 これならば、奇襲を食らうことは殆どないだろう。


「なあ、アリエス。そんなに距離置くことないだろ?」

「……ふん!」


 プイッとそっぽを向くアリエスを見て、俺はため息をつく。

 今、俺とアリエスの間には間に人が五人分くらい入れるほどの隙間があった。

 昨日は手を繋いでいたというのに、人間関係とは一日でここまで変わるものなのだろうか。


「アリエス、ここはモンスターが蔓延る危険な森だ。単独行動はよくないぞ」

「そうだね、今もボクの前方に危険なモンスターがいるよ」

「何だと!? ど、どこだ!?」


 振り返り、アリエスの視線の先に目を向けるがモンスターの姿は見えない。


「おいおい、何もないじゃないか。ビビらせないでくれよ」

「……鏡を見ればきっと君にも見えるよ」


 鏡を見れば見える?

 何だそのモンスター。現実にはいないのに、鏡を見たら姿を現すモンスターとかいるのか……?

 いや、今はそんなことはどうでもいいか。


「モンスターがいるなら猶更危険だ! やっぱり近づくべきだろ! ほら、アリエスおいで。怖いことはなにもないよ。俺の触手でアリエスの全身を包み込むだけさ。触手の鎧があればアリエスが傷つくこともないぞ」


 八本の触手を大きく広げ、アリエスに微笑みかける。

 だが、アリエスは自らの身体を腕で隠しながら、より一層目つきを鋭くする。


「そう言って、ボクの身体に触れる気なんでしょ!」

「当たり前だろ!」

「ほら見ろ! やっぱりボクの目の前にモンスターがいるよ! オクトという名の変態モンスターが! いい加減気付いてよ、この鈍感!」

「気付いてたよ! 気付いてて敢えて気付かないふりしてたんだよ! そっちこそいい加減諦めろよ。男なら腕や太ももの一つや二つ触らせてくれたっていいだろ!」

「嫌だって言ってるじゃん! 無理矢理言い寄るのもセクハラだよ!」


 ギャーギャーと二人で言い合いしながらも森の中を進んでいく。

 俺たち二人はかなり騒がしくしているにも関わらずモンスターたちが出てくる気配はない。

 結局、その日モンスターが出ることは無く、日が沈み始めると共に俺たちも街へと戻った。



**********



「大体、オクトはね、もっと周りの人の気持ちを考えるべきだよ!」

「はい……」


 街に戻り、ギルドで夕食を食べているとお酒を飲んでいるわけでもないのに、アリエスは俺に説教しだした。

 きっかけは、俺が酒場で料理を持ってきた可愛らしい女性に正々堂々と「胸を揉ませてもらえませんか?」と言ったことだが、何故怒られないといけないのだろう。

 ちゃんと俺は反省を生かして、同意を得ることを意識しているというのに。

 アリエスがいることもあり、俺たちの存在は酒場内でも一際目立っている。そんな中、アリエスに説教される姿を見られるのは屈辱でしかない。

 見せもんじゃねえぞ! と周りに眼を飛ばすが、その瞬間アリエスに「ちゃんと話聞いてるの?」と怒られる。


 くっ……! まさか、アリエスがこんなに束縛強めだったなんて……。


「とにかく、いきなり女性にああいうことを言っちゃダメだよ! あれを言うだけでセクハラになるんだからね!」

「同意を得ようとすることもセクハラになるのかよ?」

「当たり前でしょ! 見ず知らずの男にあんなこと言われても気持ち悪いだけだよ!」

「ぐぬぬ……」


 唸っていると、アリエスが突然席を立つ。


「あれ? 帰るのか?」

「違うよ。ちょっと、席を空けるだけ」


 アリエスはそう言うとトイレがある方へ向かっていった。

 なんだ、トイレか。それならそうと言えばいいのに。


 トイレへ向かうアリエスの後ろ姿を眺めながら、手元にある肉をフォークで突き刺しかぶりついた。

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