第11話 虚構と現実

 ゴルドーに解放された頃には、外はすっかり暗くなっており、月も空に高々と浮かんでいた。

 アリエスと別れてから大分時間が経っているせいか、ギルド内の酒場にもアリエスの姿は無かった。

 いつもならギルド内にある酒場で美女を口説くところだが、今日はしない。

 何て言ったって、アリエスが宿屋で俺を待っているのだから。


 足早にギルドを出て宿屋に向かう。

 早く帰らねばアリエスのお風呂タイムが終わってしまうかもしれない。


「今戻ったぞ!」


 俺たちが泊まっている部屋の扉を勢いよく開けて、部屋の中に入る。部屋の中ではアリエスがすうすうと寝息をたてて気持ちよさそうに寝ていた。


 目の前に美少女が寝ている。

 それも、とびきりの美少女だ。お風呂上りなのだろう。

 薄着な服の隙間から脇や太ももが見えるし、ほんの少し服をめくればへそだって見えそうだ。


 腕組みをしてアリエスの周りを歩きながら考える。


 さて、どうするべきだろうか。

 普通、寝るのであれば掛け布団をかけて寝るはずだ。しかし、アリエスは何故かかけ布団をかけず、見てくださいと言わんばかりに無防備な姿を晒している。

 これはつまり、襲ってくださいというサインか?

 いや、落ち着け。純粋に気付いたら寝てしまっていたパターンかもしれない。今日はかなり疲れも溜まっていただろうし、その方が有力。


 ……まあ、どっちにしてもアリエスが無防備な状態で寝ていることに変わりはない。


 くくく。隙を見せたな、アリエス。

 この世界は弱肉強食。獣となる男の前で隙を見せる方が悪いんだぜぇ?


 八本の触手を出し、アリエスの衣服にゆっくりと触手を近づける。

 その瞬間、背後から何かの気配を感じた。


「ふっ!」


 咄嗟に左に飛び、そのなにか――光り輝く聖剣を睨みつける。


「まあ、お前なら来ると思っていたぜ」


 聖剣は何も答えない。ただ怪しく光ったままこちらに鞘の先を向けてくるだけである。


「敬愛する主人の幸せを願えないとは悲しき剣だな。まあ、いい。俺の夢を邪魔する奴は、たとえアリエスの剣でも許しはしない」


 俺が八本の触手の先を聖剣に向ける。それと同時に、聖剣も光を少し強める。

 先に動いたのは俺の方だった。

 八本の触手を同時に聖剣に向けて飛ばす。その触手たちを聖剣は光を放ちながら防いでいく。


 たかが剣とバカにしていたが、やはり伝説の剣と言われるだけはある。見事な動きで俺の触手たちの猛攻を凌いでいる。

 だが、剣は所詮剣だ。使い手がいてこそ真の力を発揮する。


「ひゃっはあ!! 貰ったああああ!!」


 手数の多さで徐々に聖剣を押していき、そして遂にその剣を捕らえた。

 聖剣は必死に触手から脱出しようとしていたが、八本あるうちの半分の触手で簀巻きにすると、ようやく大人しくなった。


「くくっ。残念だったな。まあ、そこで大人しく見ておくがいい」


 聖剣にそう告げてから、アリエスに近づく。

 割と騒がしい音が出ていたにも関わらず、アリエスはまだ寝ていた。

 呑気な奴め。まあ、俺にとっては好都合だ。


「それじゃ、失礼しまーす」


 小声でつぶやき、触手でアリエスが着ているシャツの端を掴む。そして、ぺらりとめくる。

 すると、アリエスの可愛らしいおへそが露わになった。


 ……ふむ。きめ細やかな肌、少しへこんだおへそ。お腹周りには無駄な肉が一切ついておらず、抜群のプロポーションだ。


 上から見下ろしたり、横から見たり、下から見たりと様々な角度からアリエスの身体を楽しむ。

 ある程度、アリエスの身体を見つめ終わった俺は遂に決心する。

 アリエスの身体に触れよう。

 問題はどこに触れるかだ。

 例えばここで胸に触れるとしよう。その場合、アリエスが目覚めれば俺は一切言い訳出来ずに性犯罪者扱いされてしまう。

 万が一アリエスが目覚めたとしても言い訳が使える場所。それは、ずばり脚だ。


『オ、オクト! 何してるの!?』

『マッサージさ。アリエス、疲れてたからな!』

『そっか! なら仕方ないね!』


 脳内シミュレーションもばっちりだ。

 これなら問題ない。


 どんどん上がる心拍数を抑えるべく、深呼吸を一つする。それから、目を大きく開けて触手をアリエスの足に伸ばす。

 そして、その触手がアリエスの足に触れた。


「んっ……」


 一瞬、アリエスの口から艶めいた声が漏れる。

 起きたか!?

 慌ててアリエスの顔を見るが、瞳は依然閉じられたままで、暫くすれば再び寝息が聞こえて来た。


 危ない危ない。

 それじゃ、じっくりと楽しませてもらおう。


 ゆっくりとアリエスの足を撫でる。


 うむ。素晴らしくすべすべの肌だ。勇者として旅を続けていれば肌のケアなど出来そうもないものだが、何か秘密があるのだろうか。

 見た目の割に筋肉もしっかりついている。若干、ふくらはぎが張っているが、恐らく今日の戦いのせいだろう。

 さてさて、ふくらはぎも楽しめたし、お次は太もも……。


「オクト、何してるのかな?」


 突然、俺の触手が掴まれる。

 まさかと思い、顔を上げるとそこには笑顔を浮かべて触手を握りつぶさんばかりの勢いで掴むアリエスがいた。


 ま、まさかアリエスが起きていたなんて……!

 いや、落ち着け。大丈夫、こうなることも俺は事前に予測していた。シミュレーション通り動くんだ。


「マ、マママッサージさ! ほら、アリエス疲れてただろ? 決して、いやらしい気持ちとかは無かったぞ!」

「ふーん。その割には、マッサージらしい動きは少しも無かったよね。それに、足のマッサージをする前に人の身体をジロジロと見つめる必要あるの?」


 アリエスはジト目で俺を睨みつける。

 その言葉に俺の額から冷や汗がダラダラと流れ落ちる。


 ま、まさかバレていたのか!?

 いや、アリエスは起きていたんだ。そのうえで俺を泳がしていた。全ては、アリエスの手のひらの上だったんだ!


「今日、美人な冒険者から話を聞いたけど、オクトってセクハラ魔らしいね。まさかとは思ってたけど、さっきの様子を見る限り本当だったみたいだね」

「なっ!? くっ。アリエス、初めから俺を嵌めるつもりだったのか!」

「違うよ。最初は本当に寝てた。でも、騒がしい音がしてるから目を覚ましてみればオクトと聖剣が戦ってたから、まさかと思って寝たふりを続けてたんだよ。聖剣は邪悪な気配に反応する。その聖剣がオクトからボクを守ろうとしたってことは、オクトがボクに邪なことを考えてた他でもない証拠でしょ」

「ぐぬぬ……」

「案の定、オクトはボクの足をいやらしい手つきで触ってニヤニヤしてた……。ボク、オクトのこと信じてたのに……。オクトのエッチ」

「ぐはっ!!」


 頬をほんのりと赤く染めるアリエス。

 ぶちぎれられるかと思ったが、まさかの照れ。その反応には流石の俺も悶えざるを得ない。


「オクト、こういうのよくないよ。嫌がる女性だって大勢いるんだよ。それに、そういうのはやっぱり好きな人とやるべきっていうか、結婚する人とやらなきゃ……」


 純粋無垢なアリエスは怒ると言うよりは俺を叱るようにそう言う。その口調は優しく、甘いと言わざるを得ない。

 そして、バレてしまった以上、俺が本性を隠す理由は無くなってしまった。


「やれやれ、アリエスは優しいな」

「オクト?」


 俺の雰囲気が変わったことを察してアリエスが不安げに俺の顔を見つめる。


「アリエス、教えておいてやる。世の中には、正攻法じゃ掴めないものがあるんだよ」

「だ、だからって、無理矢理なんてよくないよ!」

「お前に何が分かる!」


 アリエスがビクッと身体を震わせる。


「触手で女の子をこねくり回したいという俺の気持ちがお前に理解出来るのか!?」

「そ、それは……」

「どいつもこいつも、俺が正々堂々と触手でこねくり回させてくださいと言っても、『それはちょっと……』と断る! この世界で触手は、余りにも女性から忌避されている! そんな世界で触手と女性の絡みに夢を見た俺の気持ちを誰が理解できる!?」

「確かに、理解できないけど……」


 アリエスにターンはやらない。

 アリエスに教えてやらねばならない。この世界の不平等を。


「正攻法が無理なら、邪道を歩むしかない。俺だって、セクハラなんてしたくない! だが、誰も触手を受け入れてくれないという事実が、ストレスが俺を鬼にした。恨むなら世界を恨むがいい」


 そこまで言い終わった俺は息を切らしながらも、口を閉じる。

 それから改めてアリエスを見た。アリエスは表情を引きつらせていた。それも一瞬で、直ぐに顔を横に振って真剣な表情になる。


「オクトの気持ちは分かった。でも、セクハラしてもオクトの心は満たされないんじゃないの?」

「そんなことはない! アリエス、リトユキという冒険者に関する話を知っているか?」

「し、知らないよ」

「その男はSランク冒険者だ。二つ名はハーレム王。生まれつきの体質故にラッキースケベを連発するという伝説の冒険者だ。ラッキースケベだって周りから見ればセクハラだ。俺はその冒険者を見て学んだのだ。セクハラをすることで女性の気を引ける。そして、それによりハーレムが出来上がっていくことを! いわば、セクハラとは未来への投資だ!」


 ちなみにリトユキとは、とある物語に出てくる主人公の名前だ。その物語は俺のバイブルになっている。


「それは……わかんないけど……。で、でもセクハラに効果があるならオクトは今頃モテモテじゃないとおかしいじゃないか!」

「ぐはああああああ!!!」

「ええええ!? オ、オクト!?」


 アリエスのたった一つの口撃。

 それがおれの身体に直撃し、俺はそのまま壁に叩きつけられた。というより、身体が勝手にそうなるよう動いていた。

 俺の動きにアリエスは困惑していた。


「オクト! しっかりして! オクト!」


 アリエスが俺の肩を揺らす。


「アリエス……俺は、間違っていたというのか……? 頼む、間違っていないと、そう言ってくれ……」

「あ、ごめん。それだけは無理。だって、普通に間違ってると思うもん」

「かはっ……」

「オクト? え、オクト……? 嘘だよね! しっかりしてよ! オクト! オクトオオオオ!!」


 さよなら、俺のバイブル。

 世界は物語のようには甘くなかったぜ……。

 アリエスに肩をもたれ、俺は静かに瞳を閉じた。

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