第10話 化けの皮

 イカルゲがいなくなった後、オクトとアリエスは触手たちを何とか倒した。そして、洞窟の端の方に転がっていたザックを拾い、洞窟を出た。

 オクトとアリエスが聞いた悲鳴はザックのものだったらしい。

 洞窟から出た時には既に日が沈み始めていて、触手を倒すために何度も聖剣を振るったアリエスは肉体的に、異常なほど触手たちに付きまとわれ続けたオクトは精神的に疲れていた。


「ぅ……こ、ここは? ひっ! しょ、触手! た、助けてくれ――むぐっ」

「うるせえ、少し静かにしててくれザック」


 ザックの口にオクトは触手を突っ込んだ。

 暫く口を動かしていたザックだったが、オクトとアリエスに気付き、落ち着きを取り戻したのか、大人しくなる。

 そうなったことを確認してから、オクトはザックの口から触手を引き抜いた。


「オクトと、そっちの人は昨日ギルドにいた人か。助けてもらったみたいだな。ありがとう」

「気にしないで下さい。それより、よろしければ何が起きたのか教えてもらってもいいですか?」

「あ、ああ」


 ザックは今日、一人で薬草採取の依頼をこなしていた。奥地に行くつもりは無く、街に近い位置で薬草を取っていたが、突然辺りに霧が立ち込めてきた。

 何かがおかしいと思い、直ぐに引き返そうと思ったが。怪しげな笑みが聞こえてくると同時に触手に身体を縛られて、洞窟の中へと引きずり込まれた。

 その時に発した悲鳴をオクトとアリエスが聞いたという訳である。


「触手に縛られた時はオクトかと思ったけど、どうやら違うみたいだな」

「当たり前だろ。理由なく男にちょっかいかけるかよ」

「まあ、言われてみればそうだな。ところで……えっと……」

「ボクはアリエスだよ」

「それで、アリエスさん、大丈夫ですか? この男に何か変なことされてませんか? 太もも触られたり、服の下に触手を入れられたりとか……」

「え? な、無いけど……」


 アリエスの返事にザックは言葉を失った。

 あのオクトがこんなに可愛らしい子に手を出していないはずがない。何かがおかしい、と。


「おい、オクト。お前、もしかして女の子への興味をなくしたのか?」

「そんなわけないだろ! 俺は! 人間の女の子が! 大好きだ!!」

「そ、そうだよな……」


 ザックの言葉をオクトは食い気味に否定する。

 よほど、先ほど洞窟内で起きたことが忘れられないらしい。


「二人で何話してるの?」

「あ、な、何でもないよアリエス」

「そうなの? なら、いいんだけど」


 アリエスに話しかけられ、オクトは慌てて感じのいい笑顔を浮かべる。

 それを見てアリエスは不審がるような素振りを見せつつ、前を向き、街に向けて歩き始めた。

 アリエスに続きオクトとザックも歩き始める。

 暫くして、ザックの中にとある疑問が思い浮かぶ。


「あの、アリエスさん」

「なにかな?」

「アリエスさんって、女の子ですよね?」


 まさかとは思いつつザックは前を行くアリエスに問いかける。


「ボ、ボクは男だよ!」

「ば、バカな……」


 衝撃の事実に驚きながらザックはオクトの方を見る。オクトは静かに頷いた。


「そ、そうか。それはすいません」

「ううん。気にしないでよ」


 アリエスの笑顔を見てザックはホッと一息つく。

 それと同時にオクトがアリエスに手を出していない理由に納得する。


(いや、でも待て。アリエスさんが男なら、何故オクトはアリエスさんとパーティーを組む?)


 その疑問に辿り着いたザックは改めて二人の様子を見る。

 二人は好きな食べ物の話をしていた。しかも、オクトから話を振っている。アリエスと話している時のオクトは笑顔で、心底楽しそうだった。

 それを見て、ザックは一つの結論に辿り着く。


(そうか……そういうことだったのか……。オクト、お前……女にモテないからって、美男子にも手を出そうとしてるんだな!)


 オクトは「女の敵」と女性に噂される程の男だ。

 恐らく、この街で女性と付き合うことをオクトは半ば諦めているのだろう。だから、オクトはアリエスという美男子に手を出すことにした。

 セクハラしていない理由は、まだオクトの中で性別の壁がどうしても引っかかってしまっているから。

 ザックはそう結論付けた。実際、ザックにとってはそれでオクトの行動に全て説明がついた。


「オクト、俺には手を出さないでくれよ」

「は? 何キモいこと言ってんだ」


 オクトに冷たい視線を向けられ、ザックは安堵の表情を浮かべた。そして、キモいと言われて笑顔を浮かべるザックを、オクトは変態だと認識した。



******



 冒険者ギルドに戻ってきたオクトとアリエスは今回の顛末をギルドマスターに報告した。

 報告を受けたギルドマスターはオクトにギルドマスターの部屋に残るよう伝えた。オクトは心底嫌そうな顔をしていたが、流石にギルドマスターに逆らうことは出来ず、渋々部屋に残った。


 一方、解放されたアリエスは一人で冒険者ギルドの酒場にいた。

 アリエスはお酒を飲まない。飲んでみたいと思ったことはあるが、何時敵が現れるか分からない以上、飲むわけにはいかないと自制していた。

 一人で頼んだ料理と飲み物を楽しみながらオクトを待っていると、アリエスの傍に二人の美女と言って差し支えない冒険者がやってきた。


「ここいいかな?」

「は、はい」


 二人組の冒険者の内の一人、褐色で肌の露出の多い格好をした美女はそう言うと、アリエスの前の席についた。

 そして、もう一人の大きな帽子を被った魔法使いらしき格好の女性も席に着く。


(す、凄い……)


 目の前の二人の冒険者は席に着き、お酒を注文する。その間、アリエスの目は二人のたわわに実った胸に釘付けになっていた。


「あら、そんなに熱い視線を送られちゃうと照れるわね」

「あはは。勇者と言えど年頃の男の子ってことだねー」

「す、すいません!」


 二人の冒険者に揶揄うような口調でそう言われ、アリエスは恥ずかしくなり視線を下げる。

 そして、自分の胸を見て少しだけ肩を落とした。


(うう……同じ人間なのに、天と地の差があるよ……)


 落ち込むオクトを見て、二人は可笑しそうに笑った後、自己紹介をした。

 褐色の露出の多い格好をした黒髪の方がシャーナ、魔法使いの格好をした茶髪の美女がリラと名乗った。


「ボクはアリエスです」

「うん、知ってるよー」

「ええ、あなた、有名だもの」

「「何て言ったって、あの――」」


 勇者だから。

 アリエスはその言葉が続くと思っていた。それと同時に、ああ、またかという思いが少しだけ湧いてくる。

 だが、その期待はいい意味で裏切られた。


「「オクトの新しい被害者候補だもの」」

「へ?」


 予想外の言葉にポカンと口を開けるアリエス。


「え? え? オクトの被害者ってどういうことですか!?」


 暫くの間固まっていたアリエスだったが、ハッとしたような顔で二人の美女に詰め寄る。

 アリエスの言葉を聞いた二人は目を見開く。


「え? もしかしてオクトが「女の敵」とか「次期邪王」って呼ばれているセクハラ男って知らないの?」

「セッ……あのオ、オクトが!?」


 シャーナの言葉を聞いたアリエスは再び固まる。

 アリエスにとってオクトは、ピンチの場面を助けてくれた心優しき冒険者だ。そんなオクトがセクハラ男と言われてもアリエスには到底信じることは出来なかった。


「あー、この反応を見る限りまだ知らなかったっぽいねー。まあ、オクトって最初は大人しいもんね。大体、早くて一日か二日でセクハラしだすけど」

「それって本当なんですか?」

「ええ。ちなみに私もセクハラをされた一人よ。シャーナもされているわ。きっと、この街の殆どの女性冒険者はオクトの被害者のはずよ」


 リラはグラスに入った葡萄酒に口を付けてから、坦々と告げる。

 信じられないと思いながらも、アリエスには確かに思い当たる節がいくつかあった。

 オクトはアリエスとやけに手を繋ごうとしていたし、お風呂だって異常なほど一緒に入りたがっていた。

 冷静に考えると、いくら男相手とはいえ少しおかしい。


(でも、ボクは男だってオクトに伝えてる……。なら、どうして?)


 オクトが疑問に思っていると、シャーナがポツリと呟く。


「それにしてもオクトがまさか美男子を狙うようになるなんて、ちょっと意外だったなぁ」

「その話、詳しく教えてもらってもいいですか?」

「ん? そのまんまの意味だよ。勇者のアリエス君が男の子ってことは有名な話じゃん?」

「はい」

「だから、冒険者の間で話題になってるの。オクトは女性に避けられすぎてて、遂に美男子にまで手を出すようになったって」

「え゛……」


(じゃあ、オクトがやけにボクと手を繋いで笑顔だったのも、ボクを助けてくれたのも、全部下心があったってこと?)


 それを知り、アリエスは肩を落とした。

 オクトの言動はともかく、アリエスはオクトとの時間がそこまで嫌では無かった。勇者としてではなく、アリエスという一人の人間として自分を見てくれるオクトを好意的にすら思っていた。

 だが、それはどうやら嘘だったらしい。


「あ、あの、一つ聞きたいんですけど……」

「ええ、何でも聞いてちょうだい。私たちでよければ何でも聞くわよ」

「オクトが嫌われてる理由って、オクトの天恵のせいじゃなくて、セクハラが原因なんですか?」


 アリエスが問いかけると、リラとシャーナは互いに顔を見合わせた後困ったような笑みを浮かべる。


「そうね、少なくとも私たちが彼を避けている理由は過度なセクハラね」

「やっぱり、そうなんですね」


 リアの返答を聞き、アリエスは俯いた。

 つまり、オクトは嘘をついていたのだ。その事実がアリエスの胸をキュッと締め付ける。

 それと同時に、どうしてそんな嘘をついたのかという疑問が頭に浮かぶ。


「でも、そんなに怒らないであげて」


 だが、その疑問はリラとシャーナの次の言葉で霧散する。


「そうそう。オクトはセクハラするし、女の敵って言われるようなクズだけどさ、悪い人じゃないんだよ」

「ええ。正直に言えば、私とシャーナはオクトをそこまで嫌っているわけではないわ。彼は私たちの命の恩人だしね」

「命の恩人?」

「うん! 私たちがこの街に来て最初の頃かなー。割とこの街の治安ってよくなかったんだよね。挫折した冒険者が新人を苛めて楽しんでたり、力のある冒険者がそれを援助してたりって感じで中々に無法状態だった。でも、その力を持ってる冒険者をオクトが倒してくれたんだよね。まあ、代わりにオクトが女性冒険者にセクハラするようになっちゃったけど……」


 その話は不思議とアリエスもすんなりと受け入れられた。

 やはりオクトは悪い人ではないのだろう。だが、それならば猶更何故セクハラをするのかが分からない。

 アリエスからすれば、セクハラなどというものは女性を傷つけるだけの最低な行為だ。

 オクトにとって、セクハラとは女性を苦しめてでもやめられないことなのだろうか。


(考えても分からないや……。なら、オクトに聞いてみるしかないよね。うん、そうしよう。それに、オクトがセクハラ行為をしているなら見過ごせないしね)


 アリエスは一つの決意を固めた。

 その後、二人の美女に身体をべたべたと触られたり、絡み酒に付き合ったりしてから、アリエスは宿屋に戻った。

 ただでさえ、肉体的に疲れていたのに、美女の相手で精神的に疲れたアリエスはお風呂に入った後、気付けば眠りについてしまった。

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