第9話 未知との遭遇
勇者。
それは人々を救う救世主。
それは邪悪なるものを打倒する英雄。
世界中の人々の希望であり、人々を苦しめる邪王たちの宿敵。
故に、勇者は勝たねばならない。どんな時だろうと折れてはならない。諦めず、最後まで世界のために、人々のために戦い続ける。
そして、必ず勝利を掴み、世界に平和を取り戻す。
それが勇者だ。
(助けなきゃ)
兄でもない、オクトでもない、自分に救える命があるのだから、その命を救わなくてはならない。だって、それが勇者なのだから。
その強迫観念に駆られたアリエスは、目の前の男を見た途端走り出す。
その目に周りは見えていない。
「もう大丈夫です。安心してくださ……え?」
だからこそ、目の前にいた助けるべき人の姿が霧散した瞬間、アリエスの脳はフリーズした。
そして、それはアリエスの命を狙うものにとって最大の好機となる。
「きゃああ!!」
突如、アリエスの身体を足元から生えてきた触手が縛り上げる。
思わず、悲鳴を上げるアリエス。
(せ、聖剣を……!)
聖剣の力で触手たちを振り払おうとするが、触手の力は凄まじくそれさえ許されない。
「ひゃひひ」
甲高い声が洞窟内に響いたかと思えば、アリエスの頭上から一人の男がアリエスに飛び掛かる。
動けないアリエスにその男の攻撃を防ぐ手段はない。
だが、この場にはアリエスを守る男はいた。
「勇者の首、もーらい――ひゃひ!?」
男の手がアリエスの首に触れようかという時、深紅の触手が男の身体を捕らえ、そのまま洞窟の壁に叩きつけた。
「てめえ、誰の許可を得てうちのアリエスに触れようとしてんだ」
「オ、オクト……ごめん、助かったよ」
「謝る必要はないぜ、アリエス。最初に言っただろ、俺はアリエスのヒーローだって」
そう言いながら、オクトはアリエスを縛る触手たちを八本の触手を使い器用に引きちぎる。
引きちぎられても、触手たちはアリエスの身体に纏わりつこうとしてくるが、アリエスのガードマンと化したオクトの触手に阻まれていた。
「オクト、後は任せて」
アリエスがそう言って、聖剣を地を這う触手たちに向けて一振りする。その一太刀を浴びた触手たちは苦しそうにうねうねと動きながら消滅した。
「ひゃは。ひゃははは! そーだ、そーだぁ。勇者には仲間がいたんだよねぇ。余りに勇者の罠にはまる姿が滑稽すぎて、忘れちゃってたよぉ」
その言葉と供に、オクトに投げ飛ばされた男がアリエスたちに近づいて行く。
聖剣の光がその男を照らし、その姿が露わになる。
「……っ」
「白いなぁ」
その姿を見て、アリエスは顔を顰め、オクトは思ったことを口に出した。
その男の全身は真っ白だった。手足からは十本の触手が生えており、その目は顔から出るほど大きい。
そして、頭の先端は尖っていた。
「ひゃひっ。こんにちはぁ、オクトくん」
男は薄ら笑みを浮かべながらオクトの方を見る。
その一言に、アリエスがオクトの方に顔を向けた。
「オクト、知り合いなの?」
「いや、俺の知り合いにあんな気持ち悪い男はいない。きっとストーカーだ。アリエス、気を付けろ」
「う、うん」
オクトの言葉を聞いたアリエスが改めて聖剣を男に向けて構える。
アリエスは感じていた。目の前の男から感じる寒気がするほどの強烈な邪悪な気配を。
(昨日見たデーモン・テンタクルなんて比じゃない……)
アリエスは生唾を飲みこみ、男の一挙手一投足に集中力を傾ける。
「ストーカーねぇ。まあ、いいよ。それより、オクトくぅん。君に提案があるんだ」
「俺に提案?」
「うん。ねえ、君、僕らの仲間にならないかい?」
「なら――」
「僕の仲間になれば、世界中の美女が君のものになるよぉ」
男の言葉を聞いたオクトが固まる。
そして、ゆっくりと考え込み始めた。
「オ、オクト! 騙されちゃダメだよ! あいつの邪悪な気配、きっと邪王の手先だよ!」
予想外のオクトの反応に焦り出したのはアリエスの方だった。
やたら真剣な表情で考え込んでいるオクトに必死に呼びかける。
「あ、ああ。そうだよな。おい、男。悪いが、そんな確証のない話に頷くわけには――」
「確固たる証拠があればいいのかい?」
男の言葉にオクトは再び口を閉じた。それからチラリとアリエスの方を見る。
アリエスは両こぶしを胸の辺りに掲げて、「頑張れ」といった表情を浮かべている。
その姿を見て、オクトは決意した。
「一先ずその証拠とやらを見せてもらおうか!」
「オクトォ!?」
アリエスが慌ててオクトに詰め寄る。
「な、何言ってるのさ! ダメだよ、ダメ! あんな怪しい誘いノータイムで断らなきゃ! 少しでも隙を見せると、あいつらはしつこく付きまとってくるよ!」
「落ち着けアリエス」
「で、でも……」
「これは情報収集だ。もしかするとあいつが出す証拠が重要なヒントになるかもしれない。安心しろ、最後にはちゃんと断る。あいつの提案が魅力的で迷っているなんてことは絶対にない」
オクトは若干早口でそう言った。
それを聞いて、アリエスはやや不安そうにしながらもオクトを信じ、引き下がった。
それを見てオクトは満面の笑みを浮かべる。
そして、やけに高いテンションで全身真っ白男の方を向く。
「さあ! その証拠とやらを見せてもらおうか!!」
「ひゃひ。きっと、オクトくんならそう言うと思ってたよ。なら、これを見てよ」
そう言うと全身真っ白男は指をパチンと一鳴らしする。
それと共に洞窟の壁が男の方に蠢きだす。否、壁が動いているのではない。壁に張り付いていた大量の触手のような生物が動いていた。
「ひっ」
その光景を見てアリエスは小さな悲鳴を上げる。
対照的にオクトは何が起きるのかと期待に目を輝かせる。そして、大量の触手たちが男の下に集まった。
集まった触手たちの内の一匹、一際大きくそして宝石の様に輝く真紅の触手を男は人撫でして微笑む。
「どうだい? オクトくん。偉大なる邪王様の血を引く、テンタクルモンスターたちさ。どれもこれも可愛いだろ? この子なんて、オクトくんの触手の色と似てて、とーってもお似合いだよぉ。オクトくんは人間の女が嫌いだから、街で「女の敵」って言われたりしてるんだろ? でも、この子たちなら大丈夫。オクトくんを裏切ったりしないし、この子たちもオクトくんの触手は大好きだって言ってるよぉ」
そして、男は再度「どうだい? 僕らの仲間にならないかい?」とオクトに問いかけた。
オクトの隣で話を聞いていたアリエスは、眉を顰めながらオクトの方に顔を向ける。
「オクト、まさかと思うけど……オ、オクト!? なんで泣いてるの!?」
オクトは泣いていた。
目を開け、虚無顔で静かに涙を流す姿はちょっと怖いとアリエスは思った。
「オクトくん。泣くほど喜んでくれるなんて、僕も嬉しいよぉ」
全身真っ白男もオクトに感化されたのか目の端に涙を浮かべていた。
その光景を見たアリエスの胸に不安が押し寄せる。もしや、あの男の言う通りオクトは本当に触手が大好きなのかもしれない、と。
しかし、その心配は杞憂だった。
「くそがあああああ!! 淡い希望抱かせやがってえええええ!!」
オクトは突然、叫びだした。
「アリエス! やってくれ! 塵も残らないくらい盛大に!」
「え、で、でも……いいの?」
「馬鹿野郎! あいつらは邪王の手先だ! さっきも俺たちを襲ってきたんだぞ!」
「そ、そうだね!」
オクトの言葉に返事を返した、アリエスは聖剣に力を込める。それと供に聖剣の輝きはより一層強くなる。
「あれぇ? この中にはオクトくんの気に入る子はいなかったかぁ」
「誰が触手を好きになるか! 期待させやがって、てめえは絶対に許さん!」
「ひゃひひ。それは残念。今日は挨拶のつもりだけだったから、この辺で帰らせてもらおうかな」
「逃がさないよ!」
「テンタクルモンスターちゃん、勇者とオクトくんの足止めお願いねぇ」
真っ白男がそう言うと同時に、触手たちが一斉にアリエスとオクト目掛けてとびかかる。
「ホーリー・フラッシュ!!」
その触手目掛けてアリエスが聖剣を振るう。その光は触手たちを飲み込んだ。
「ひゃひひ。僕の名前はイカルゲ。じゃあねぇ、勇者ちゃんにオクトくん」
「待てやぁああああ!!」
「ひゃひ、ひゃひひひひ」
イカルゲを名乗った男の怪しげな高笑いが洞窟内に広がる。そして、その高笑いは徐々に遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。
「くそったれがああああ!! 上げて落とすは大罪だあああああ!!」
洞窟内にオクトの悲しき叫びだけが残っていた。
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