第8話 法では救えぬ者

 昨日に引き続き悪魔の森に来た俺とアリエスは、霧の中を突き進んでいた。

 手を繋いで。

 森の中は昨日と比べると霧が少ない上にモンスターの気配も殆ど無く、アリエスの白を基調とした金色のラインが入っている鎧がよく目立っていた。

 鎧とはいえ、機動性を重視しているためかブーツと腕、胸の辺りだけが覆われているだけだ。白の上着の袖から除く二の腕や短パンから伸びるすらっとした足は黒のインナーで覆われている。

 一見、鎧の無い部分の防御力が不安に思えるが、アリエスの身に付けているものからは一定の魔力を感じる。

 装備に魔力を込めることで、見た目以上の防御力を実現しているのだろう。アリエスは王族というし、金にものを言わせたに違いない。

 対照的に俺の装備は半袖のシャツと長ズボンだ。一応、シャツの上に胸当てが付いているが、後は何もない。

 これは天恵「タコ」の弊害といえる。手とか足にごちゃごちゃと色々装備すると手足を触手に変えた時に全部邪魔になるのだ。


 アリエスをジロジロ見ながらそんなことを考えていると、アリエスが俺の方を見てきた。

 二人の視線が交差する。するとアリエスは一度、俺とアリエスの手元に目を向けてから困ったような笑みを浮かべた。


「ねえ、オクト。本当に手を繋ぐ必要あるの?」

「迷子になったらどうする」

「でも、いざという時に片手が塞がってるのって割ときついよ」

「大丈夫だ。俺には八本の触手があるからな。手の一つや二つ塞がっていても問題ない」

「ボクは二本しか手がないんだけど……」

「アリエスは俺が守るからいいんだよ」

「も、もう!」


 「そんなこと言われたって、嬉しくないんだからね!」なんて小さな声で呟きながら、満更でもなさそうな表情を浮かべるアリエス。

 やはりチョロい。


「そういえば、アリエスって王族なんだよな?」

「うん」

「そうかそうか」


 王族と言えば、美男美女で有名だ。

 長女のアリエルに双子のアリアとマリア、アリエスの姉妹にあたるこの三人は国中の男が憧れる美人姉妹である。

 アリエスと仲良くなれば、美人姉妹三人ともお近づきになれる。やはりアリエスは俺にとって運命の相手だな。


「オクト、ニヤニヤしててなんか気持ち悪いよ」

「おっと、悪い悪い。きっと、仲の良い姉妹なんだろうなと思ってな」

「うん。アリエル姉様は優しくて綺麗で、ボクの憧れなんだ。アリアとマリアの二人はいつもボクが辛いときに元気付けてくれるんだ。それに、ユリウス兄様も賢くて、強くて凄いんだよ! 優しいし、ボクよりよっぽど勇者らしいんだ……」


 楽しそうに姉妹の話をするアリエスだったが、王族の長男であるユリウスの話になった途端声のトーンが少しずつ下がっていく。


 アリエスの言う通り、ユリウスという男は優秀だ。次期国王だか何だか知らないが、十年に一人の美男子と言われて女子からチヤホヤされてるし、その剣術と魔法はSランク冒険者にも引けを取らないと言われてるらしいし、知力も既に国王と宰相と同程度のレベルらしいし。

 でも、俺からすればアリエスの方が何倍もいい。


「そいつはどうかな。俺はアリエスが勇者で良かったと思うけどな」

「え?」

「ユリウスは確かに優秀だ。だが、何処まで言ってもあいつは次期国王でしかない。いざという時に大勢を助けるために少数を切り捨てられるのがあの男だ」

「そ、それは……」


 俺の目は騙されない。

 数年前になるが、俺が王城に忍び込んだ時、ユリウスに見つかってボコボコにされたことがある。

 俺がいくら「民の幸福を願うなら、俺の幸せも願えよ!! だから、お前の妹と姉を俺にくれ!」と言っても、あいつは「なら、もう少しやり方を考えろ。法すら守れない奴に俺の妹や姉は任せられない」と言って取り合おうとすらしなかった。

 奴はどこまでいっても為政者なのだ。法では救えない弱者を、法というフィルターでしか物事を図れないあいつにどうして救える。


 そんなあいつが勇者? バカも休み休み言え。そんなことになったら、俺は邪王側に寝返っていた。


「だが、アリエスはその少数を切り捨てられない。それは必ずしもいいことと言い切れるわけじゃないが、間違いなく悪いことじゃない。そんなアリエスだからこそ、救えるものがある」

「そう、なのかな……」

「そうだよ。だから、アリエスはアリエスでいいんだ。昨日の少年なんて、その最たる例だろ」

「……でも、あれは結局オクトのおかげだったよ。ボクは理想を掲げるだけで、デーモン・テンタクルに攻撃も出来ずにやられるところだった」

「馬鹿言え。俺一人だったら、あんな少年無視してたっつーの」


 理想を掲げることは別に悪くはない。


 そもそも、アリエスを否定することは、美女に囲まれたハーレム生活を夢見る俺自身を否定することになるからな! 俺は絶対に否定しない!!


「そっか」

「そうそう。それに、お前の兄貴が勇者だったら、俺はアリエスに会えていないからな。アリエスに会えたってだけで、俺はアリエスが勇者で良かったと心の底から思うぜ!」


 何ならこっちの方が大きな理由だ。

 いや、本当にアリエスに会えて良かった。


「……うん、そうだね。ボクもオクトに会えて良かったよ!」


 アリエスがそう言って微笑む。

 どうやら元気が出たらしい。

 ふっ。また一つ好感度を上げてしまったぜ。


「た、助けてくれええええ!!」


 アリエスとの話に一段落がついたと同時に、森の中から助けを求める野太い声が聞こえて来た。


「オクト!」

「左だな。行くぞ」


 アリエスと共に声のした方に走る。

 霧の中を抜けた先で洞窟の前に辿り着く。


「――ぁぁぁ」


 声が少しずつ遠ざかっているが、確かに洞窟の中から声がする。

 アリエスと顔を見合わせた後、俺とアリエスは並んで洞窟の中に入っていった。


「結構、暗いね」


 アリエスの言う通り洞窟の中はかなり暗く、水滴の音が聞こえてくる。歩くたびにぴちゃぴちゃと水音がするため、もしかすると洞窟に潜んでいる奴には既に俺たちの居場所がバレているかもしれない。


「オクト、ボクが前に行くよ。聖剣、照らして」


 アリエスはそう言うと、聖剣を鞘から抜く。

 それと同時に聖剣の刀身が輝きを放つ。その光で洞窟の中が明るく照らされる。

 洞窟の中は思ったより広く、成人男性二人分くらいの高さがあった。


「その聖剣、便利だな」

「うん。でも、この光はボクの魔力を代償に発してるから、あまり長くは使えない。先を急ごう」

「了解」


 邪剣の割には便利な機能がついているなと感心しつつ、アリエスの言葉に頷き、足元に気を付けながら洞窟の奥へと向かう。さっきまで聞こえていた悲鳴が聞こえなくなったことが気がかりだ。

 アリエスもそれを気にしているのだろう。表情に焦りが見える。


 洞窟の奥には広間のような場所があった。かなり広く、アリエスの聖剣の輝きでも洞窟の壁までは照らせない。

 そして、周りからは何らかの生き物の呼吸音が聞こえてきていた。


「オクト……」

「ああ、いるな」


 精神を研ぎ澄ませ、いつ襲い掛かられても対応できるように触手を出しておく。

 そのまま一歩ずつ前へ行くと、聖剣の光があるものを照らした。

 それは一人の男だった。力なく地に膝をつけ項垂れており、表情は見えない。格好からして、恐らく冒険者だろう。

 明らかな囮。


「大丈夫ですか!」

 

 だが、アリエスはその男の姿を見た途端、走り出した。

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