第7話 世界の秘密

 湯船に浸かり、アリエスは「ふぅ」と一息ついた。その胸には豊満とは言えないながらも、一目でわかる程度の確かな膨らみがあった。


「もう、オクトには困ったよ……」


 ため息をつきつつ、この街に来てから知り合った一人の男のことをアリエスは頭に浮かべる。

 宿屋の前で落ち込んでいたかと思えば、部屋の中に入った途端に元気になり、一緒にお風呂に入ろうと言ってきた。

 何とか断って、一人で湯船に浸かることが出来たが、オクトは今後もアリエスをお風呂に誘うだろう。


(ボクが女だって言う訳にもいかないしな……)


 そう、アリエスは女である。

 それにも関わらず、男を名乗っている理由は彼女のお父さん、現国王にある。

 アリエスには兄が一人と姉が一人、妹が二人いた。

 そんな中、アリエスは天恵「勇者」を持って生まれた。

 その時点でアリエスが朝から晩まで剣術に魔法、対人戦やテンタクルモンスターとの戦い方を学ぶ日々を過ごさねばならないことが確定した。

 しかし、アリエスは女の子だ。周りの女の子たちは可愛らしいドレスで着飾り、アクセサリーを付けたり、花や蝶に囲まれたりしながら過ごす。

 国王は悩んだ。

 きっとアリエスは「自分だけどうしてこんなに頑張らなくてはいけないのか」と悩むに違いない、と。

 アリエスが男だったらまだ良かったかもしれない。国王の周りには騎士団長の息子や宰相の息子など、幼いころから剣術に政治、魔法について必死に学ぶ男子が大勢いる。

 だが、女の子でそういう子は殆どいない。


 三日三晩、国政を全て宰相に丸投げして悩みに悩んだ国王に天啓が下る。


 アリエスが男じゃないならアリエスを男ということにすればいいじゃない。

 我、王だし。我がアリエスは男って言ったら逆らえる奴いないじゃん。


 こうして、国王はアリエスを男ということにした。

 更に世界の三大国が集まる会談で、「アリエスに関する規約」を取り決め、残る二大国にも承認させた。

 この話は賢王と褒めたたえられた国王マルクスの唯一の失敗と語り告げられることになる。

 更に、この件に関する暴君ぶりから国王マルクスを『暴君(笑)』という市民を大勢いたとか。


 かくして、アリエスは男として育てられた。

 アリエスが女性であることを知っているのは今や彼女の家族と、三大国の一部の上層部だけである。


 オクトに女であることをバレないようにするためにはどうするべきか。

 アリエスが頭を悩ませていると、扉の外から何やら邪悪な気配を感じた。すぐさま、アリエスは目つきを鋭くし、いつでも動ける体勢に入る。

 しかし、暫くすると「ゴン」という鈍い音と供に邪悪な気配は霧散した。


(気のせい……? そういえば、森から帰ってくる途中にもこんなことがあったし、ボクを誰かが尾行してるのかも。それに気づいたオクトが倒してくれたのかな? とにかく、早めにあがろう)


 気配が無くなったとはいえ、何かがあったことに間違いはない。

 アリエスは湯船から上がると、タオルで身体を拭く。そして、胸をサラシで巻いてから服を着て、扉を開ける。

 しかし、扉は開き切らず、途中で何かにぶつかる。足元に目を向けたアリエスは悲鳴を上げた。


「きゃあああ!!」


 アリエスの視線の先、そこには素っ裸のまま俯きになって床に倒れているオクトの姿があった。

 国王である父親以来の男の裸にアリエスは顔を真っ赤にする。


(な、なんでオクトが裸に……!? あ、でも意外と筋肉ついててがっしりしてる……って違う!)


 一先ず、近くにあったタオルをオクトの下半身にかけて、オクトの身体を起こし、肩を揺らす。


「オクト! しっかりしてよ!」

「……ぅ。ア、アリエスか……?」

「うん。こんな姿になっちゃうなんて、一体何があったの?」

「へっ。どうやら俺はへましちまったらしい。情けない、誰もいないと思って警戒を怠っちまった」


 オクトは心底悔しそうにそう言った。

 その言葉を聞いた後、アリエスは辺りを見回す。何者かが襲撃した形跡は殆どないが、一か所だけ、アリエスがお風呂に入る前と後で違う部分があった。


(聖剣の位置が変わってる……)


 聖剣、それは勇者しか使うことの出来ない剣だ。その剣は邪悪なるものを切り裂き、世界に光をもたらすと言われている。

 聖剣については様々な伝説があるが、その中の一つに聖剣は自立し、勇者の手を離れている時であっても勇者を守るというものがある。

 アリエスも過去に何度か聖剣に命を救われたことがある。


(きっとあの邪悪な気配の主だ。聖剣はボクを守るべく動いた。オクトはのんびりしているところで不意打ちをくらったんだ……)


 実際はオクトの邪悪な気に反応した聖剣が勇者であるアリエスを守るべく、オクトをぶっ飛ばしただけである。

 歯噛みしながらも、アリエスはオクトの身体を優しくベッドに寝かせる。


「オクト、巻き込んでごめん……。ここで待ってて」


 既に邪悪な気配は無い。

 だが、オクトが倒されてから時間はそう経っていない。

 まだ敵が近くにいると考えたアリエスは、オクトを置いて街に出た。


 世界中に邪王の手先たるテンタクルモンスターは数多く存在する。

 そして、彼らは皆勇者を恨んでいる。だからこそ、勇者であるアリエスは同じ場所に留まらない。

 そして、テンタクルモンスターに対抗できるだけの力を持ったものでないと仲間にもしない。


(オクトにきちんとこうなるかもしれないと伝えなかったボクの責任だ……。でも、オクトほどの手練れでもあんな無様な姿にされちゃうなんて、きっと恐ろしい敵に違いない)


 その日、アリエスは辺りが真っ暗になるまで街を駆け回ったが、結局邪悪な気配の主は見つからなかった。



***********



 俺の名前はオクト。

 理由あってAランクだけど、実力は実質Sランクというロマンあふれる系の男だ。


 昨日の夜、アリエスの身体をじっくりと見て、アリエスの本当の性別を確かめようとしたところを聖剣に邪魔された。

 俺とアリエスの恋路を邪魔するとは、あんな剣、最早聖剣ではない。邪剣である。


「オクト、大丈夫? やっぱり、今日の調査はボクだけで行くよ」

「アリエス、安心してくれ。昨日は不覚を取ったが、同じ轍は踏まない。次こそは必ず……!」


 アリエスの裸体をしっかりとこの目に拝めてやるぜ!

 決意を固め、アリエスの目を真っすぐ見つめる。すると、アリエスは少し気恥ずかしそうに微笑んだ。

 対照的に聖剣からは恐ろしく強い圧を感じる。


「無茶はしないでね」

「いや、無茶しなければ勝てない相手だと昨日認識した。次は全身全霊で挑む。俺とアリエスのためにな」

「そっか……。ボクに出来ることがあったら遠慮なく言ってね」

「なら、一緒にお風呂に入ってくれ」

「……ごめん、もう一回言ってもらってもいい?」

「一緒にお風呂に入ってくれ」

「オクト、やっぱり今日は休みなよ。自分では分からないかもしれないけど、大分おかしいこと言ってるよ」


 アリエスが心配そうに俺の顔を覗き込む。可愛い。

 だが、ぶっちゃけアリエスが一緒にお風呂の入ると言えば、流石の聖剣邪剣も何も出来ないだろう。

 即ち、アリエスがお風呂に入ると言えば何もかもが丸く収まるのだ。


「いや、俺は何もおかしくない。それより返事をくれ」

「もう……昨日も言ったけどお風呂はダメだよ」

「そうか」


 肩を落としてアリエスの反応を見るが、アリエスは申し訳なさそうにするものの返事を変える気はなさそうだった。

 まあ、これは仕方ない。

 それにアリエスのお風呂を覗く作戦については考えてある。それは今夜にでも披露するとしよう。

 一先ず、今日はアリエスの目的にしっかりと付き合って信用を勝ち取らねば。

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