第6話 覗き魔VS番剣
俺の名前はオクト。
天恵「タコ」の使い手にして、超強いAランク冒険者だ。
シーナとアリエスに置いていかれた俺は、ギルド内を歩きながら二人の行方を探っていた。
「なあ、シーナと金髪の冒険者を見なかったか?」
「あん? げええ! オクト!」
オクトの顔を見た途端、椅子から転げおちる男の冒険者。人の姿を見て化け物に出会ったような反応をするとは失礼な奴だ。
「な、何の用だよ! 俺はもう新人いびりはやめたぞ!」
そう。俺の目の前にいるこの男は、名前をザックといい、俺がこの街に来たときに、新人冒険者をいじめたり、女の子にちょっかいをかけていた元チンピラだ。
男ならまだしも、女にまで手を出すのは許せない。
そう思った俺が触手で羽交い絞めにして一生忘れられないくらい、その頭に触手の恐怖を叩きつけた。以来、改心して真面目に冒険者として頑張っているらしい。
しかも、最近では護衛依頼で知り合った商人の娘といい感じだと聞いた。
どう考えてもおかしい。何故、こいつにまで人生の春が来ているというのに俺には一向に女が言い寄ってこないんだ。
「ま、まさか俺のサリーに手を出すつもりか! い、いくらお前が強いからと言って俺は逃げねーぞ!!」
「ギャーギャー喚くな。流石に、他人の恋人を寝取る趣味はねーよ。そんなことより、シーナと金髪の冒険者を見なかったか?」
「シーナに金髪の冒険者? それなら、ギルドマスターの部屋に入っていったぞ」
「お、そうか。ありがとな。後、サリーと別れたら教えてくれ。直ぐに奪いに行くから」
「絶対別れねえよ!!」
サリーは黒髪の女の子だ。素朴な印象を抱かせるが、柔らかな笑顔が可愛らしいと有名だった。
別れないのか……。残念だ。
ザックの下を離れた俺はギルドマスターの部屋の前に行く。
部屋の扉に耳をはりつけ、中の様子を探る。
部屋の中にはギルドマスターのゴルドーのおっさん、シーナ、アリエスの三人がいるらしい。
ふむふむ。
なるほど、どうやらアリエスはあのデーモン・テンタクルの仲間がいないか調査するべく、五日間はこの街に滞在するらしい。
そして、アリエスはその調査の同行者に俺を指名した。
これはアリエスの俺に対する好感度はかなり高いと言っていいのではないか。
問題はアリエスが男かもしれない、ということだが、やはり俺の直感と触手はアリエスが女だと叫んでいる。
だから、アリエスは女だ。
そんなことを考えていると、部屋の中から不穏な気配を感じる。
何やら、ゴルドーが俺に対して苦言を呈しているようだ。
俺を虐げ、俺の好感度を下げようとするとは……ギルドマスターのゴルドーこそが悪の親玉だったのか。
どうりで、俺の評判を下げようとする冒険者が多いわけである。このままではアリエスの耳がゴルドーに穢されてしまう。
そう思った俺は勢いよく扉を開き、部屋の中に入った。
「話は聞かせてもらったぜ! アリエスの(人生の)パートナーの役割は俺が引き受けよう!」
俺の登場に動揺しているゴルドーが余計なことを喋れないよう、そのまま素早くアリエスを部屋から連れ出す。
ついでにお風呂へ行く約束も出来たし、完璧だ。
「それじゃ、お風呂に行くか」
「え? 一緒に行くの?」
「ああ。大浴場があるから、男同士裸の付き合いと行こうぜ!」
「え゛……。あはは、ボ、ボク大浴場は少し苦手なんだよね……。こ、個室のお風呂にしようよ! この辺に個室風呂付きの宿屋とかないの?」
目を泳がせつつ、あからさまに狼狽えるアリエス。
大浴場を拒否する。
やっぱり女じゃないか。
「個室風呂付きの宿屋なんて金持ちしか使わないくらい高いぞ」
「お金ならあるからいいよ。よければ案内してくれない?」
王族ならお金はたんまりあるでしょうね。
そもそもアリエスの装備は見るからに上等なものばかり。お金持ちじゃないという方がおかしな話だ。
「まあ、アリエスがいいならいいけどな」
アリエスの言葉に返事を返し、街の中心にある宿屋へ案内する。
その宿屋は平屋建てで、部屋の数こそ十とかなり少ない部類に入るが、一つ一つの部屋が広く、各部屋に個室風呂が完備してある。
その分、お値段も張るがAランク冒険者である俺や王族の子のアリエスからすればそこまで痛手ではない。
「案内ありがとう、オクト。それじゃ、また明日からよろしくね」
「何言ってんだ。今から同じ部屋で寝泊まりするんだぞ」
「え?」
「冒険者同士が協力するには信頼関係が大事だ。同じ鍋のスープを飲むという言葉もある通り、信頼関係を構築するには衣食住を共にしないとな」
「い、いや、でも……五日間だけだし……」
「冒険者を舐めるなぁ!!」
俺の言葉にアリエスがビクッと肩を震わせた。
「その五日間の間に一瞬の判断が生死を分けるような場面が来るかもしれない。そんな時に仲間との信頼関係に綻びがあれば、それだけで俺もアリエスも死んでしまうかもしれないんだぞ!」
「う……」
真剣な俺の表情にアリエスも気まずそうに視線を逸らす。アリエスは真面目で心優しい子だ。
きちんとした理由を掲示し、押し切ることも可能だ。
だが、俺はここで敢えて引く。
「いや、悪い……。そうだよな。俺みたいな触手野郎、信用できるわけないし、一緒にいたくないよな。急に迫って悪かった」
「あ……」
「信頼関係云々って理屈っぽいこと言ったけど、本当は憧れてただけなんだ。仲間と一緒に過ごす楽しい時間に……。じゃあ、また明日な……」
これでもかというくらい悲しそうな顔を浮かべ、声のトーンとボリュームを落とす。
そして、背中を丸くしてトボトボ歩く。
「ま、待って!」
か か っ た !!
まだ振り向かない。否、振り向けない。今振り向けばこのニヤついた顔を見られてしまう。
足を止めて、アリエスの次の言葉を待つ。
「ボ、ボクで良かったら一緒に泊まろうよ。オクトの言う通り、五日間だけの関係だとしても、仲間だもんね」
流石は心優しきアリエスである。
その純粋無垢な心を騙してしまうことに気が引けるが、仕方ない。アリエスが可愛いのが全部悪い。
「い、いいのか?」
余りにも狙い通りの展開に込み上げてくる笑いを必死に押し殺しながら、口を開いたせいか声が震えてしまった。
「うん。ほら、行こうよ」
俺の手を握り、俺の顔を覗き込むアリエス。
ニヤついている顔を見られるわけにはいかないと必死に顔を覆い隠す。
「もう、泣いてるの? ボクがいるからさ、もう悲しむ必要はないよ」
アリエス、チョロすぎ。
いや、本当ちょっと心配になるチョロさだ。こんなに甘い奴が勇者で大丈夫なんだろうか。
多分、悪い奴に騙されるぞ。まあ、悪い奴に捕まるより先に俺がアリエスと付き合うから問題ないか。
その後、ようやくニヤつきを抑えることが出来た俺は、アリエスがこの街にいる間はアリエスと同じ部屋で寝泊まりすることが決まった。
アリエスに出会ってからマジでうまくことが進んでいる。やはり追放されて正解だったか。
俺を追放したことに関して、ダリを許す気はないが、感謝の気持ちくらいは伝えてもいいかもしれない。
ダリ、サンキューな。後、セイラとミアの二人と別れてくれたら文句なしだぞ。
「それじゃ、ボクはお風呂に入るからオクトはのんびりしといてよ。後、絶対に入ってこないでね」
アリエスはそう言うと個室風呂の扉を閉めた。
泣き落としにも挑んだが、アリエスはお風呂だけは許してくれなかった。そんなに見せたくないものがあるのか……。
やっぱり女なんだな。
暫くすると、お風呂から水の流れる音が聞こえて来た。
それとほぼ同時に俺は服を脱いで、浴室の扉に手をかける。
約束? 何のことだ? 俺はただアリエスにタオルを届けに行くだけだぞ。
裸になる必要があるのか、だって? 無性に裸になりたく時があるだろ。今の気分がたまたまそれなだけだ。
「♪~」
そうこうしている内に浴室の中から機嫌よさげな鼻歌が聞こえて来た。
よし、行こう。迷っている時間が勿体ない。
男同士、裸の付き合いとも言うし問題ないよね。
ふひひ。それじゃ、失礼しまーす!
浴室の扉に手を掛ける。そして、勢いよく扉を開こうとした時だった。
「ぶへらっ!?」
突然、頭にとてつもない衝撃が響く。そして、俺の意識は徐々に遠ざかっていく。
最後に俺の視界の端に移ったのは光り輝くアリエスの剣の鞘であった。
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