第5話 オクトの評価

 シーナに連れられて冒険者ギルドに入ったアリエスは、直ぐに奥の部屋へと通された。

 少し緊張しながらアリエスは案内された部屋の椅子に腰かける。


「ここで少し待っていてください。もう直ぐギルドマスターが来ますので」

「あ、はい」


 シーナの言葉に頷き、アリエスは部屋の中を見渡す。

 部屋の中にはふかふかの長椅子が二つとその間にテーブルが一つあるだけで、それ以外は特に何もない質素な部屋だった。

 見る場所に困ったアリエスは横目でシーナを見る。

 空色の髪に深い蒼色の瞳。坦々とした喋り方がクールで有能な女性という感じがする。


「どうかしましたか?」

「あ、いや、綺麗な人だなと思って……」

「そうですか。ありがとうございます。ところで、オクトさんとはどのような関係なのでしょうか?」

「オクトはボクがデーモン・テンタクルに襲われてる時に助けてくれた恩人です」

「デーモン・テンタクル? あの人はまたそんな一大事を平然と……」


 アリエスの言葉を聞いたシーナがため息をつき、額を抑える。それを見て、アリエスも渇いた笑いを浮かべる。

 デーモン・テンタクル。それはSSランクに指定されているモンスターだ。本来、討伐するにはSランク冒険者を複数人用意し、事前の準備を入念にしたうえで相対する必要がある。

 勇者と呼ばれているアリエスは邪王の血を引くテンタクルモンスターに特効を持つ聖剣を持っているため太刀打ちが出来る。

 だが、天恵持ちとはいえ、一冒険者に過ぎないオクトが戦えるような相手ではないはずなのだ。


「でも、話に聞いていたよりは小型でしたし、そこまで強くありませんでしたよ」

「そうですか。ですが、悪魔の森にデーモン・テンタクルが出たというのはやはり問題ですね。まあ詳しいことはギルドマスターが来てからにしましょう」


 シーナがそう言い終わるとほぼ同時に部屋の扉が開き、扉を超える背丈の大男が部屋の中に入って来た。


「いてっ……。あー、マジでこの部屋の扉低いぜぇ」

「いえ、ギルドマスターの身体が大きいだけかと」

「そんな冷たいこと言うなよ、シーナ」


 へらへらと笑いながら男はアリエスの前にある椅子に座る。

 金色のモヒカンにトゲトゲの肩パッド。そして、ジーンズに上半身はベルトが巻かれているだけで、はち切れんばかりの筋肉を惜しげもなく披露していた。


「あんたが勇者か。俺はギルドマスターのゴルドーだ。よろしく」

「あ、ボクはアリエスです。よろしくお願いします」


 ゴルドーが差し出した手にアリエスも握手で応じる。

 

「それにしても、勇者は男だって聞いてたんだが随分と細い体してんなぁ。腰つきとかは殆ど女と変わらねーだろ。ちゃんと飯食って――ぶへらっ!!」


 顎に手を当てジロジロとアリエスの身体を見つめるゴルドーの顔にシーナが水をぶっかける。


「ギルドマスター、セクハラですよ」

「あー、悪い悪い。ところで、水ぶっかけるのはやめてくんない? 俺、オクトじゃないんだけど」

「失礼しました。セクハラと言えばあの男でしたので、つい癖で」

「癖なら仕方ねーか」


 ガハハ! 豪快に笑うゴルドー。

 見た目通り豪胆で気前のいい男だ、とアリエスは思った。


「あの、良かったらこれ使ってください」

「お、すまねーな!」


 ポタポタと顔から水を滴らせるゴルドーの姿を見かねてアリエスがスカーフを渡すと、ゴルドーはそれを受け取り濡れた顔と頭を拭った。

 それから、一息つき改めてゴルドーはアリエスの顔を見つめる。


「さて、勇者がこの街に来たってことは何らかの脅威がこの街に近づいてるってことか?」

「はい。今日、悪魔の森でデーモン・テンタクルに遭遇しました。その場に居合わせたオクトと討伐しましたけど、まだ森の中から微かに邪悪な気配を感じます。もしかしたら、まだ別個体のデーモン・テンタクルがいるかもしれません」

「デーモン・テンタクルか。これまた厄介なモンスターが出たもんだなぁ」


 アリエスの報告を聞いたゴルドーは宙を仰ぎ、ため息をつく。

 だが、ゴルドーはギルドマスターとしてこの街を守る義務がある。即座に対処法を頭の中で数パターン導き出す。


「あんたはいつまでこの街に滞在できる?」

「長くても五日ですね……」


 申し訳なさそうにアリエスは視線を下げる。

 本来、勇者としてアリエスが街の平和を取り戻すことが一番だ。だが、アリエスには邪王討伐という何より重要な役目がある。

 仲間も集める必要があるし、何より邪王の復活まで残された時間が短く、先を急がなくてはならない。


「十分だ。悪いが、この街にいる間は悪魔の森でデーモン・テンタクルが他にいないか調査してもらってもいいか?」

「それくらいなら問題ありません! 元々、邪悪な気配の出所は調査するつもりでしたから!」


 アリエスの返事を聞き、ゴルドーはホッと胸を撫でおろした。


「そうだ。うちの冒険者からも何人かサポート要員として冒険者を出そう。どんな奴がいいか、希望があれば教えてくれ」

「希望ですか……」

「ああ。生憎うちにSランク冒険者はいないがAランク冒険者はそれなりにいる。天恵持ちも数人いるしな」

「ちなみに、アリエスさんが出会ったオクトさんはAランク冒険者ですよ」


 ゴルドーの言葉にシーナの補足が入る。

 デーモン・テンタクルとの戦いを目の当たりにしていたアリエスはオクトがSランク冒険者だろうと予想していたため、シーナの言葉に少しだけ驚いた。

 実際、オクトはSランクになれるだけの実力はある。それはギルドマスターのゴルドーも認めていることだ。

 だが、Sランク冒険者は所属している冒険者たちの代表、顔とまで言われるほどの存在だ。それ故にあらゆる面で融通がききやすくなる。

 セクハラ男として名を馳せるオクトにそのような特殊な権限を与えることは、街中が総意で反対した。

 結果、オクトは実力がありながらも、素行を正さない限りはAランク冒険者という縛りを作られたのである。


「そうなんですね。だったら、オクトを連れていってもいいですか? テンタクルモンスターはどれも一筋縄ではいかない強敵です。オクトの実力はボクも知ってるので、彼なら同行をお願いできます」

「オクトか……。まあ、あんたは男だから恐らく大丈夫だろう」


 ゴルドーの言葉の意味をアリエスは理解出来なかった。


「女性だと何か問題があるんですか?」

「いや、オクトは実力は高いが女好きなんだ。正直、男のあんたのお願いをあいつが聞いてくれる可能性はほぼない。断られるかもしれないということを頭に入れておいてくれ」

「分かりました」


 とてもではないが、ゴルドーの言葉をアリエスは信用することが出来なかった。

 現にオクトは男を名乗るアリエスのピンチを助けてくれた。アリエスと一人の少年のために勇敢にデーモン・テンタクルに立ち向かう姿は、アリエスにとって正しくヒーローだった。

 英雄色を好むというし、オクトが女好きというのは本当かもしれない。だが、男のお願いを断るような人には見えなかったのだ。


「話は聞かせてもらったぜ!」


 突然扉が開く。それと供に中に入って来たのはオクトだった。


「アリエスのパートナーの役割、俺が受け持とう!」

「オクト! 本当?」

「おう、勿論だ。あの森で出会ったのも何かの運命だろう。アリエス、よろしく頼む」


 満面の笑みでアリエスに握手を求めるオクト。それに応じるアリエス。

 その二人の様子をゴルドーは口をポカンと開けて眺めていた。


「さて、それじゃパートナーになったことだし早速風呂に行こうぜ! 疲れをしっかり取らないとな!」

「あ、そうだね。汗かいてたし、お風呂に行きたかったんだ」

「おっさん、話はもう終わりだよな! アリエスは連れていくぜ」

「お、おう……」


 未だに混乱しているゴルドーに確認を取ると、直ぐにオクトはアリエスの手を引き部屋を出て行った。

 残されたのは、呆然とオクトが出ていった部屋を見つめるゴルドーとしかめっ面のシーナだけであった。


「さ、さっきのオクトだよな……?」

「ええ」

「あいつ、男の手を自分から引いていったぞ。しかも、一緒にお風呂に行こうって、あんなに笑顔で……。まさかアリエスが女ってことは……?」

「……無いはずです」


 何事もはっきりものを言うシーナでさえ、僅かに言いよどんだ。オクトが男と仲良くすることはある。

 だが、あれほどまでに積極的に関わりにいくことは、オクトとの付き合いが長いシーナとゴルドーでさえ見たことが無い。

 寧ろ、オクトのあのテンションの高さは完全に女性を相手にする時のそれだった。


「なあ、シーナ。もし仮に、アリエスが女だったとすると、アリエスは王女ってことになるよな?」

「そうですね」

「王女にセクハラした冒険者ってどうなる?」

「現国王陛下は自身の娘に甘いと噂です。軽く見積もっても、牢に幽閉されることは間違いないかと。それと、セクハラの度合いにもよりますが、場合によっては管理不行き届きでその冒険者が所属する冒険者ギルドのギルドマスターも何らかの処罰を下されるかもしれません」


 シーナの言葉にゴルドーが表情を青くする。

 もし、アリエスが女性だった場合、あのオクトが手を出さないはずがない。更に、アリエスとオクトはこれから二人きりで過ごすことが多くなるだろう。しかも、人目の付かない森の中で。


「は、ははは! まあ、アリエスは男だからな! 杞憂だな!」


 そんな未来はあり得ないと笑い飛ばすゴルドー。


「そうだといいんですがね」


 シーナの呟きは宙に消えていった。



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