ゆりかごの店

うつりと

天野絢斗

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プロローグ

風の故郷に咲く、ミモザ



はじめに。



この物語は、以前、私が飲食業に従事していた頃、仕事の時だけでなく、様々な場面で経験した仕込みの方法、調理や接客の技法、ワインと料理を合わせるセオリーを、私が持つ独自の感性や世界観で見ていた、飲食業という仕事を哲学的でありながら、理論的に。そして、私なりに人間の精神性を大切にして書いた作品となっております。


また、この作品には架空と実在を含めて、様々な調理法や下処理の方法が多く登場します。

そのため専門的な調理技術名や、料理用語、仕込みの理論のほか、サービスやワインに関する専門知識や技術、用語などが多用されます。


それらは、物語の最後に「本日の解説」として、各専門技術等の用語や、なぜその技法を料理人が食材に施すのかという理由などを、私なりの考えをもとに解説するコーナーを設けております。


なお、架空の調理法は、なぜ登場させたのかという理由や、その意図の説明がございます。


説明が長くなり、申し訳ありませんでした。

それでは作品本編を、ごゆっくりお楽しみください。


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ゆりかごの店。


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プロローグ 

風の故郷に咲く、ミモザ



日本のある地方に、土地の大部分が森林で覆われ、一部だけが海に面しているという、肥沃で広大な自然に恵まれた笠岩という街がある。


街を見下ろすかのようにそびえる錦宝山(しほうざん)は、ここに生きる人々の誇りであり、この街の象徴だ。


冬場は、この山から体が悴(かじか)むほどの風が吹き、春や夏は海からの凪や浜風が潮や磯の香りを街に運んでくる。

また同じ時期、山の近くでは若葉や青葉が薫る、優しいそよ風が街の人々を愛で、撫でるように吹いている。


そして秋には、宛てもなく自由気ままに吹いては、冬の寒さを連れてくる木枯らしが山の木々を揺らしている。


笠岡は、1年を通して風が止むことがないため、風の故郷とも呼ばれている。


市街地から車で30分ほど離れた、郊外にほど近い場所に、遠くに海を望む小高い丘がある。

そこで営業する1軒の創作イタリア料理店が、この物語の舞台だ。



店名は「トラットリア・ミモザ」(以下、ミモザ)という。

この店には、毎日のように料理人やサービススタッフたちの笑い声が、絶えることなく響いている。



店名の由来は春に咲き、甘く芳しい香りを漂わせる、黄色いミモザの花だ。


「この香りは、嗅いだ人の心を和ませる」


そんなイメージを抱いた、ミモザの料理長、真中聡が「訪れるゲストだけでなく、共に働くスタッフたちや、飲食業を支えてくれるすべての人に寄り添える、ゆりかごや、故郷のような店でありたい。」という、願いと信念がこの名前に込められている。


店の外観は、築200年以上は経っていると思われる古民家を改装した、どこか懐かしい面影を残した店構えだ。


ミモザでは日々、料理人たちは腕を振るい、サービススタッフたちは、訪れたゲストたちを楽しませるため、時にその磨り減った心に寄り添い、癒すために、日々、ともに研鑽を積んでいる。



また、この店の特徴は2つある。


1つは、リピーターであっても、新規来店のゲストであっても、どんなゲストが来店しても、提供するのはコースのみであること。


また、真中の方針で、お客様からリクエストがあった場合のみ、同じ料理を出すが、それ以外は決して同じ料理を出さない。

そのため会計時の顧客データの収集は、毎日欠かさず行っている。


そしてもう1つは、真中が持つ秘密とも言える、ある理由からこの店には、どこを探してもレシピがなく、セオリーもほとんど存在しない。


その理由は、物語のどこかに隠れているかもしれない。

いずれタネ明かしはするが、その時まで考察していただけるとありがたい。



しかし、同じ料理を出さないという信念をもっている真中だが、その思いとは裏腹に、創る料理がかなりの割合で斬新であるため、その印象が強すぎるあまり、ほとんどがリクエストされている。



つまり、訪れるゲストのほとんどが、リピーターなのだ。



好奇心や探求心などが人並み外れて強く、常に新しい料理を創り続け、日々、成長していたいと思う真中ではあるが、それでも料理を作れることがありがたく、幸せだと笑いながら、楽しげにスタッフたちに話している。


そして彼は、食材と、仲間と、ゲストや生産者たちと。そして料理を通して、日々、自分と向き合っている。


リピーターのリクエストに応えつつも、ミモザではその日に入荷した食材の鮮度などの状態に合わせて、同じ料理や食材でも、下処理や調理法、盛り付け方を、変えて提供するスタイルを選んでいる。



そしてミモザの料理人たちは、常識に囚われない、アーティスティックな特異で異彩なオーラを放つ料理を創り、サービススタッフたちは、親友や家族のように、日々、ゲストに寄り添っている。


それは、真中に隠された秘密だけでない。


彼は料理人をアーティストと呼び、サービススタッフをエンターテイナーと呼ぶ。

その呼び方の奥に、レシピを置かず、ほぼセオリーを設けない理由が隠されている。



そして今日も、いつもどおりのミモザが始まる…。




to be continued…



この物語に登場する調理法の一部は実在するものです。

しかし、物語と、登場する都市、人物、団体などは、すべて架空のものであり、フィクションです。


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①トラットリアとは

トラットリアとはイタリア語で、「大衆食堂」を意味します。

つまり、業態名になります。


家族経営をしているような雰囲気のお店を想像していただくと、イメージしやすいかもしれません。


しかし、トラットリアと言っても、格式高いレストランも数多くあります。



本作では真中も、家族で営むイタリア料理店というイメージで、店名であるミモザの前に、トラットリアという業態名をつけた設定になっております。


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本日は長らくお付き合いくださり、誠にありがとうございました。

心より御礼申し上げます。


またのご来店を、心よりお待ちしております。

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