第16話

 「……何でお前がここにいるんだよ」


 「何でって……いちゃ駄目?」


 「駄目に決まってるだろうが。お前ここの生徒じゃねえだろ」


 「そうだけど、新谷くんがいるんだもん。問題ないよね」


 ……やはりと言うべきか。こいつ、言ってる意味が全く理解出来ねぇ。そんなの全くもって理由になっていないのに奴は気づいていないのか……?

 気づいてないだろうなぁ……うっわ。最悪だわ。


 「新谷くん、私に会えて、嬉しい?」


 「んなわけねえだろ。帰れ」


 「もう、照れちゃって。素直じゃないんだから」


 「…………」


 俺は今すぐトイレに行きたい。そして吐きたい。マジで今首辺りまで吐き気が昇ってきている。


 「それじゃあ、一緒に帰りましょう?」


 「…………」


 俺は携帯を出して、無言で電話のところを押し、110番を打った画面を奴に見せた。


 「警察に通報するぞ」


 「何で?」


 「迷惑だから。ストーカーだから。てか、不法侵入だから」


 「迷惑だなんて……そんな思ってもいないこと言わないでよ」


 「俺は基本的に思っていることしか言わないからな。これは俺の本心だ。帰れ。そして二度と来るな。俺はお前の彼氏じゃねえし、俺には沙耶香という、お前とは比べ物にならないほど素敵な彼女がいるんだ。お前とじゃあ、天と地ほどの差があるほどの、な」


 「そんな、そんな嘘……信じるわけないじゃない。冗談はよしてよ。あなたはずっと私を愛してるんでしょう!?」


 「俺を殺そうとしておいて、何を言うかと思えばまたそんなことかよ!!ふざけんなよ!!」


 俺の頭は恐怖と怒りでおかしくなっていた。今すぐこいつから離れたい。今すぐ沙耶香の元に行きたい。今の俺を突き動かしているのはその二つの気持ちだった。


 「……やっぱり、そうなんだわ」


 「……は?」


 「あの、あの女……沙耶香とか言うあの女のせいなのね……私の……私の新谷くんを……洗脳してるんだわ。きっとそうよ……じゃないとおかしいわ……新谷くんは私のことを愛しているんだから」


 ……全身に鳥肌が立つ。こいつはまだそんなことを言っている。それに洗脳なんて、一番あり得ないだろうが。やはりこいつは狂っている。っていうか、今気づいたけど、山代の母やっぱ失敗してたんじゃねえかよ!?


 「……んぁ?」


 と、その時、携帯が鳴った。

 俺は内容を確認してみる。山代は今下を向いてぶつぶつ呟いている。見るなら今だ。

 見ると、差出人は山代母だった。


 『ごめんなさい。警察をナイフで切って逃走されてしまいました。今そっちに警察が向かっています。後1分だけ待って下さい。本当にごめんなさい』


 ……後1分。その1分があれば、俺のこのトラウにも、決着がつくと言うわけか。

 なんか急展開すぎるけど、やってみるしか───


 「あああああらああああああやああああくううううンンンン!!!!!!ああああああああああああ!!!!!!」


 「う、うわあああああああ!!!!!」


 目の前に、目を爛々と光らせ、ナイフを持ち、狂った山代が、俺に突進してこようとしていた。

 その大声に誰か反応してもいいのだろうが、生憎ここは人があまり来ない場所だ。来るとしても、それはきっとサークル終わりで、かなり先になってしまうだろう。つまり、助けは見込めない。

 

 「くっそ!」


 俺はバーサーカーと化した山代の突進を避けると、奴の方を向いて対峙した。


 「ねえねえどうして避けるのどうして私じゃなくてあの女なのどうして私を求めてくれないのどうして私よりもあのクソみたいな女なのどうして私の言う通りにしてくれないのどうして私の思った通りにしてくれないのどうして私が求めてあげてるのに応じないの何で何で何でどうして私を見てくれないのどうして私が告白してあげたのに断ったのどうしてあなた如きが私の告白を断ったのどうしてあなたの為に手を差し出してあげたのに取らなかったのねえねえねえねえどうしてこの私をおいて別の女と幸せになっているのどうしてこの可愛い私じゃ駄目なのどうしてあなたが選択する側なの何で何で何で何で何でどうして私が選択される側なの普通逆でしょねえねえねえねえどうして私の慈悲を払ったのどうして今も私がこうして求めているのにあなたは応えようとしてくれないのどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ答えてよ答えてよ何であなたが上で私が下になっているの普通あなたが私の言う通りに動く人形のはずでしょうなのにどうしてこうも私の命令に背き続けるのかしらねえねえねえねえねえねえねえ早く早く早く教えなさい教えなさいこれは命令よ早くしなさいねえねえねえねえねえねえねえねえ」


 その、恐ろしいまでの言葉の羅列に、俺は頭と耳が痛くなった。ほとんど聞き出せてはいないが、少し聞き取れたことで分かったことは、結局こいつの根源にあったものは俺への愛情なんかじゃなく、ただ、俺と言う存在に命令したいという支配欲求だった。きっと中学に入ってイメチェンして、チヤホヤされて、自分のことを誤解し続けたままだったのだろう。その心は濁り、腐り、残ったものは支配欲求と、自分が偉いのだという錯覚だけだった。後は、嫉妬、かな。俺よりも人間の心について知っているやつ──例えば幸太郎とか──なら、こんなチンケな分析よりも、もっと精密に、正確に分析してくれるだろう。だが、そんなものは今はどうだっていい。必要なのは、こいつへの憎悪だけだ。

  自分の中にあったその欲望を満たしたいが為に、俺を殺そうとし、俺の友人に心の傷を負わせ、俺たちの友情を破壊したこいつに。だが、そんなことよりも。


 「お前……沙耶香を馬鹿にしたな」


 「沙耶香……そう言えばそんな名前だったわね。私からあなたを奪ったもの。そんな女、クソ呼ばわりして何が悪いのかしら」


 「……俺のことはどうだっていい。ちょっと傷つくけど、そんなの沙耶香を守れると思えばどうとでもない。だがな。沙耶香を馬鹿にする奴は、俺が許さない。あいつは、こんな俺のために頑張ってくれたんだ。こんな、クズみたいな俺を真っ直ぐに好きでいてくれるんだ。そんな、俺の自慢の彼女なんだ。それを、お前は馬鹿にした。だからよ。そっくりそのまま、お前が言った言葉を返してやるさ。悪いがな、俺は例え女で、いざこざがなく、とても仲が良かったとしても、彼女を……俺の沙耶香を馬鹿にする奴は容赦なく、殴るぞ」


 こいつは、もう、トラウマでも何でもない。例えナイフを持っていようが関係ない。

 こいつはここで、







 殺す。




____________________________________


 後半全て、作者の深夜テンション。

 次の日、書いた時の記憶がほとんどないことに恐怖しました。

 皆さんも一時のテンションに身を任せると作者のようにこうなりますよ。気をつけましょう(なりません)。



 8月30日 修正入れました。

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